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“話す”、“食べる”幸せを叶えたい――言語聴覚士・白波瀬元道さんのあゆみ

医療法人社団永生会 法人本部リハビリ統括部 白波瀬 元道さん

言語聴覚士は“話す”、“聞く”、“食べる”といった機能に問題を抱える人を支援する専門職です。近年、医療分野にとどまらず介護、福祉、教育などさまざまな領域に活躍の場が広がっています。医療法人社団永生会 法人本部リハビリ統括部の白波瀬 元道(しらはせ もとみち)さんは「言語聴覚士は私の天職、日々の仕事が本当に楽しい」とおっしゃいます。前編となる本稿では、白波瀬さんがこの大好きな仕事に出合うまで、就職して最初の年の忘れられない患者さんとの思い出、そして患者さんやご家族と関わる中で大切にされていることについて伺いました。


“話す”、“聞く”、“食べる”を支援する専門職

言語聴覚士とは、“言葉によるコミュニケーション”や“摂食嚥下(せっしょくえんげ)”といった機能に問題を抱える人を支援するリハビリテーション(以下、リハビリ)の専門職です。

言語聴覚士になるためには、国家試験に合格する必要があります。受験資格を得るには複数のルートがあり、1つは高校卒業後に指定の大学や短大、専門学校で3~4年間学ぶ方法です。ほかに、4年制大学を卒業した人は、指定の大学や大学院、専門学校で2年間学ぶことでも受験資格を得られます。教育学部などを卒業後に言語聴覚士を目指す人もおり、複数の学位を取得している人も少なくありません。


偶然見つけた言語聴覚士の仕事が天職に

今でこそ私は言語聴覚士の仕事が大好きで、まさに天職だと感じていますが、実は強い志を持って言語聴覚士になったわけではありません。高校時代は野球に明け暮れ、化学を学びたかったので化学科がある4年制大学の工学部に進学しました。大学に入ってからはアメリカンフットボールに夢中になり、卒業後は所属していた研究室の教授の紹介で食品メーカーに就職したのです。その後、「小売業」「経営」に興味を抱き、転職しました。忙しくも充実した日々を送っていたのですが、激務とストレスに体は悲鳴をあげていました。ちょうど結婚した時期でもあり「このような生活が続くと、今後、子どもを授かっても家族と過ごす時間がないな」と感じていました。

そんなとき、偶然立ち寄った書店で手に取った本をパラパラと見ていると、当時国家資格になったばかりの“言語聴覚士”という職業が目に留まりました。当初は男性の言語聴覚士が少なかったこともあり、人の前に立って道を切り開いていきたいという思いもあったのかもしれません。直感的に「言語聴覚士を目指そう」と決め、一念発起して受験勉強に励みました。その結果、国立身体障害者リハビリテーションセンター学院(現在の国立障害者リハビリテーションセンター学院)に合格し、その2年後、晴れて言語聴覚士となったのです。


急性期から生活期まで幅広い領域で経験を積む

私が勤務する永生会は、急性期や回復期の医療を提供する病院や外来機能を持つクリニックのほか、生活期を支える介護医療院や介護老人保健施設などなどさまざまな施設を運営しています。就職して最初は永生病院の一般内科病棟に配属され、その後、回復期リハビリテーション病棟に異動、入職後7年目に主任となりました。その後、精神科病棟、介護療養病棟(現在は介護医療院)、整形外科病棟、地域包括ケア病棟などさまざまな領域で経験を積みました。法人本部リハビリ統括部の所属となってからは、南多摩病院、みなみ野病院、永生クリニックや訪問リハビリ、介護老人保健施設など法人内のほぼ全ての施設に何らかの形で関わっています。

提供:白波瀬元道さん


忘れられない思い出「メロンが食べたい」

言語聴覚士になって20年ほど経ちますが、今でも忘れられない患者さんがいます。就職して1年目の冬、一般内科病棟で働いていたときのことです。その人は肝臓がんの終末期で重い嚥下障害があったのですが「どうしてもメロンが食べたい」とおっしゃるのです。誤嚥(ごえん)などのリスクがあったため事前にご家族を含め十分な話し合いを行い、医師や看護師、先輩の言語聴覚士にもサポートしてもらいながら、嚥下機能に合わせて形態を調整したメロンを召し上がっていただきました。患者さんはとても喜んでおられました。

ところが1時間ほど経ったとき、病棟クラークさんから「患者さんが亡くなった」という知らせが届きました。私は「自分が患者さんを殺してしまったのではないか」とひどく動揺しました。もしかしたらご家族に怒鳴られたり訴えられたりするのではないかと生きた心地がしませんでした。そこにご家族がいらっしゃったのですが、驚くことに私のところに来て感謝を伝え握手をしてくださったのです。皆さん泣いておられて最期に好きなものを食べられたことを喜んでくださいました。そのような言葉を聞いて、“嚥下”という機能の怖さとともに、それによってもたらされる喜びや幸せを痛感しました。患者さんの「食べたい」という思いに応えることはご本人の喜びでもありますが、食べているときの笑顔を見ることなどはまわりの人の幸せにもつながるのです。


視点が異なることを忘れずに

安易な「よくなりましたね」は傷付けることも

日々の仕事の中には楽しいことがたくさんありますが、時には難しさを感じる場面もあります。その一つが、リハビリの目標を設定する際に生じる、患者さんやご家族との「視点の違い」です。 患者さんの治療やケアに関する目標は、ご本人やご家族と話し合いチームで設定します。そして、それに基づいて各専門職が専門性を生かした医療・看護・リハビリ・介護を提供します。言語聴覚士は、例えば「アイスクリームを食べられるようになる」「声が出せるようになる」といった具体的な目標に対して、理想と現実の間を丁寧にすり合わせながらリハビリを進めていきます。

入院前までは元気に日常生活を送っていた中で、病気やけがにより障害を負われた方々も多いです。そうした方々は当然ながら、初めのうちは「元気だった頃の状態」を基準にし、そこへ戻ることを目指して回復の度合いを見ていきます。そのため、できないことに目が向きがちです。時間の経過とともに、そうした基準を「障害がある状態」に切り替え、新たな目標を設定し直す方もいれば、それがなかなか難しい方もいらっしゃいます。一方、リハビリを提供する側は「障害がある状態」を基準に回復の度合いを評価し、「よくなりましたね」と安易に声をかけてしまうことがあります。すでに基準を切り替えることができている方であれば問題ないかもしれませんが、そうでない方にとっては、「全然よくなっていないのに……」と不満や違和感を抱かせてしまう可能性もあります。大切なのは、患者さんやご家族と言語聴覚士が「異なる視点を持っている」ことを常に意識し、丁寧な言葉選びと寄り添いの姿勢を忘れないことだと思います。

 

“Nothing About Us Without Us”

臨床においては、患者さんご本人とご家族の意向が異なったり、ご家族の中でも主にケアを担う人、主に経済的な負担を担う人など立場によって意見が分かれたりすることもあります。障害者権利条約によって、“Nothing About Us Without Us”(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)という考え方が知られるようになりました。リハビリテーションを進めるとき、何を一番大切にしていきたいのか、患者さんご本人やご家族と繰り返し話し合っていくことが重要なのだと考えています。

 

※白波瀬さんのインタビュー後編はこちらのページをご覧ください

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