介護・福祉 2025.11.14
介護施設における転倒――正しい認識で積極的なリハビリテーション・ケアを
東京都健康長寿医療センター 理事長 兼 センター長 秋下 雅弘さん
介護施設における高齢者の転倒は、勤務するスタッフにとって日常的で身近な問題です。転倒を恐れるあまり、活動性の高まるリハビリテーション(以下、リハビリ)やケアは控えるなど消極的な関わり方になることもあるのではないでしょうか。しかし、それは入所者の生活機能低下を招き得ることから、転倒リスクという面だけにとらわれない対応が求められます。今回は東京都健康長寿医療センター 理事長 兼 センター長の秋下 雅弘(あきした まさひろ)さんに、高齢者の転倒に対する適切な考え方と、具体的な対策について伺いました。
転倒は加齢に伴う“老年症候群”の1つ――ゼロにはできないと認識を
介護施設における転倒で問題となりやすいのは、足の骨折である大腿骨骨折(だいたいこつこっせつ)や、頭部外傷による頭蓋内出血です。特に頭蓋内出血は、場合により命に関わることから転倒後のフォローアップが大変重要です。そのほか、転倒を繰り返す方の場合には、転倒への恐怖から閉じこもりがちになり、徐々に下肢の筋力やADL(日常生活活動度)が低下したり、小刻み歩行になったりして、ますます転びやすくなるという問題もあります。
自宅で暮らす高齢者の約1割が年に1回ほどは転倒しているとのデータ¹があります。転倒のリスクとなる認知症、サルコペニア、骨粗しょう症、加齢に伴うバランス機能の低下、視力の低下などを抱える高齢者が入所している施設では、当然転倒は起こりやすいといえます。加えて降圧薬や睡眠薬などによるふらつきが原因となって転倒するケースもあります。このように転倒は加齢に伴う“老年症候群*”の1つであり、介護施設において防ぎきれない、ゼロにはできないものだと考えておく必要があるでしょう。
*老年症候群:高齢者に多くみられる、複数の病気によって引き起こされる症状・徴候の総称。
転倒リスクを恐れすぎず、ケアやリハビリを継続するために
転倒を防ぎたいとの思いから、必要なケアやリハビリの提供を控えてしまうと、入所者のADL低下や認知症の進行を招き、かえって転倒のリスクが高まります。そのため、ある程度のリスクを取ってケアやリハビリを継続していくことが望ましいといえます。
病院と違って、介護施設における転倒は必ずしも事故ではなく、老年症候群であり回避できなかったものとして取り扱っていくことが大事だと思います。2021年に日本老年医学会と全国老人保健施設協会が合同で発表した「介護施設内での転倒に関するステートメント²」でも挙げているとおり、可能な限り一人ひとりの状況に応じたケアがなされていたにもかかわらず転倒した場合には、過失とは呼びません。ただし、入所者のご家族は必ずしもそのことを理解されているわけではありません。個々の転倒リスクや、リスクがあるなかでどのようなケアを提供するのかについて、入所者とご家族へ十分説明し、事前に理解を得ておくことが大切です。たとえば、介護施設に入所される際に書面などで同意を得ておくのがよいでしょう。
そして当然ながら、リハビリに伴い転倒したら仕方がないと安易に考えるのではなく、転倒予防策や、転倒が起きた場合の医療的な対応を含めた可能な限りの対策を講じることが求められます。このことを全てのスタッフが理解し、実施できる形にしておくのも重要です。
これからの転倒予防策――転倒リスクに応じた適切な対策を
介護施設における転倒予防としては従来、転倒リスクの評価に加えて環境整備などの対策が施設ごとに行われてきました。 近年では転倒予防策の1つとして、睡眠薬や抗認知症薬の見直しなどのポリファーマシー対策が注目されています。中でも、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)に対する抗精神病薬の使用は転倒のリスクを高めることが知られており、できるだけ使用しないように努めるべきだとされています。BPSDを発現・悪化させ得る要因を取り除き、なるべく薬を使わなくてもよい状況を作ることが大切です。
また、転倒リスクが高い方には移動時に必ず付き添うようにするほか、ベッドから離れるとアラームが鳴る離床センサーや、ベッドの横に敷くマットセンサーなどを利用して対応している施設もあるでしょう。ただし、これらの装置を使用することは軽い意味での身体拘束になるため、本来はあまり望ましい対応ではありません。たとえば、せん妄やBPSDなどにより転倒が明らかに起こりやすくなっている状態を放置しておけない場合、スタッフの目が行き届く部屋に入所者を一時的に移す、離床センサーを使用するといった対策を取ることは多いかと思います。その後は、ある程度状態が落ち着いたら転倒のリスクが一定以下になったと考えて、必要に応じたリハビリや、入所者の心の安定につながるケアを行うなど、次の段階に移行することが大切です。
転倒発生時の対応――介護記録と情報共有が大切
転倒発生時の対応については事前に手順を決めておくことが重要です。そのほか気を付けるべきポイントとしては、転倒が起こったらまず、ご本人の状況をよく確認していただきたいと思います。バイタルチェックを行い、意識障害や骨折がないかをできる範囲で確認し、必要であれば看護師や医師などの医療スタッフに連絡を取りつつ、しっかりと状況を把握したうえで家族への連絡のタイミングを図ります。
骨折など目に見える大きな外傷があればすぐに手当をしなければなりません。明らかな骨折ではなく、「尻餅をついてうまく立てなくなっている」「指が曲がっているように見える」など骨折が疑われる段階でも、医療機関への受診は必要です。もし夜間であれば、ご家族に連絡して翌朝受診する予定である旨の了承を得ていただくのがよいと思います。
一方、頭部の打撲により意識障害や麻痺などの神経症状が出た場合には、急性頭蓋内出血の可能性もあるため、医療機関を受診して頭部CTを撮ることなどが必要です。それ以外のケースは経過観察ということになります。
また、分かっている範囲でよいので「この時点では立つことができていた」「この部分を打った」といった詳しい介護記録を取ってください。記録は書面などにまとめて、ほかのスタッフでも説明ができるよう情報を共有したうえで、ご家族などへの状況説明を丁寧にしていただくことが大切だと思います。
生活機能維持・改善を目指して今できること
転倒予防の一環として生活機能を維持・改善するために、リハビリは必要に応じてしっかりと行いましょう。特に認知症のある方では、介護施設における認知症リハビリの有効性が確認されているため、実施していただきたいと思います。
ケアについては、まずは十分な栄養を取ることが大切です。栄養が不足すると体力の低下につながるため、食事の量と質に留意した栄養アップに取り組みましょう。そのほか、認知症がある方のBPSDに対しては薬を使わないケアとして、昔の思い出を語ってもらう回想法、レクリエーションとして歌を楽しむことや音楽療法、読み聞かせなどを積極的に提供し、安定化や改善を図っていただけたらと思います。ご本人が気乗りしない、もしくは納得されない場合には、スタッフの数や時間が限られるなかで常に手厚く行うのは難しいかと思います。ご本人の調子がよい日に行うことや、一定時間を満たせなくとも短時間でも行うことが理想的です。
また、“ポストコロナ時代”となりましたが、介護施設では今も感染症を必要以上に恐れるような状況があると感じています。たとえばマスクの着用については、入所者にスタッフの笑顔を見せることもケアの1つだと思いますので、施設全体で職員と管理者が共に見直してみることも必要なのではないでしょうか。
秋下 雅弘さんからのメッセージ
介護施設に入所する高齢者が今後ますます高齢化していくことが予想され、転倒リスクは高まる一方ですが、各施設では本当に大変ななかで医療やケアを提供されていることと思います。転倒を恐れるあまりリハビリやケアが提供できないと、ご本人の生活機能はますます低下してしまいます。だからこそ「介護施設内での転倒に関するステートメント」の趣旨を理解していただき、リハビリやケアを行わずに今の転倒を回避することは将来の転倒リスクを増やすことになる、つまり逆効果になるということをお伝えしたいです。人生の最終段階に差し掛かっていらっしゃる方々が幸せな余生を過ごすための一助になっていただけるよう、慢性期医療や介護に従事する皆さんのお力に期待しています。
【参考文献】
1 内閣府 平成22年度 高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査結果
https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h22/sougou/zentai/index.html
2 日本老年医学会 介護施設内での転倒に関するステートメント
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/important_info/pdf/20210611_01_01.pdf





