介護・福祉 2025.06.17
よりよい摂食嚥下リハビリを多くの人に――しっかりと、でもしなやかに支えたい
医療法人社団永生会 法人本部リハビリ統括部 白波瀬 元道さん
言語聴覚士は、“言葉によるコミュニケーション”や“摂食嚥下(せっしょくえんげ)”に問題を抱える人のリハビリテーション(以下、リハビリ)を担い、患者さんのよりよい生活を支えます。医療法人社団永生会 法人本部リハビリ統括部の白波瀬 元道(しらはせ もとみち)さんは、法人内で言語聴覚士の人材育成にあたるだけでなく、法人の枠を超えて熱心に摂食嚥下リハビリの普及に取り組まれています。後編となる本稿では、リハビリ体制の充実が予後改善につながることを明らかにした論文執筆の裏話や後進の育成にかける思いを伺いました。
※白波瀬さんのインタビュー前編はこちらのページをご覧ください
リハビリ体制の充実で予後改善示し、日慢協の準優秀論文に
きっかけは臨床で抱いた素朴な疑問から
最近は、より多くの患者さんに適切なリハビリを届けられるように、臨床にとどまらずさまざまな取り組みも行っています。その1つが、臨床で生まれた疑問を発展させた研究活動と論文執筆です。
私はこれまで医療療養病棟を含むいろいろな施設で働いてきましたが、医師から一度は「もう食べることはできないでしょう」と説明を受けていても、言語聴覚士が関わることで再び食べられるようになり元気に退院されていく人をよく見てきました。少し調べてみると、医療療養病床で非経口摂取だった人のうち経口摂取へ移行した人は2.9%*1、介護保険施設や在宅での療養で胃ろうを使用していたが使用しなくなった人は2.3%*2という調査結果があり、全体としては2~3%程度の人が3食経口摂取に移行しているようでした。しかし、自分自身のこれまでの体験からは「もっと多いのではないか」と感じたのです。
そこで、上記の医療療養病床の調査施設を対象に、ウェブサイトなどに公表されている情報を検索したり電話でヒアリングをしたりして言語聴覚士の配置やリハビリの実施有無を調べてみると、それによって経口摂取への移行割合が異なる傾向が分かってきました。また、こうした状況を明らかにした論文は、当時国内には存在しませんでした。
*1一般社団法人 日本慢性期医療協会:医療の質の評価・公表等推進事業 報告書, 平成25年3月
*2一般財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会, 医療経済研究機構:胃ろう造設及び造設後の転帰等に関する調査研究事業 報告書, 平成25(2013)年3月
出会いと偶然が重なって
いつか研究としてまとめたいと思いつつ、何度か学会発表を行っているうちに、国立国際医療センター リハビリテーション科 診療科長の藤谷 順子(ふじたに じゅんこ)先生と知り会いました。「(論文が)ないなら書いてみたら」と背中を押してくださったのです。ちょうど同じタイミングで新たに永生会に加わった病院があり、その施設ではまさにこれから摂食嚥下リハビリを開始するための準備を進めているところでした。法人内で倫理的に問題なく、リハビリ実施の有無いずれのデータも収集できることになったため、さっそく研究計画書を提出し研究を始めました。紙カルテの施設も多かったため、臨床の合間を縫ってカルテが保管されていた屋上の倉庫に通い、汗だくになりながら半年ほどかけてデータを集めたのはよい思い出です。
自分が関われない人にもリハビリを届けたい
こうして集めたデータをもとに、入院患者の栄養摂取状況を、摂食嚥下リハビリ体制が充実している群とそうでない群の予後を比較しました。すると、充実群では基準時点で経口摂取状態が改善している人の割合が有意に多いことが明らかになり、医療療養病床でも摂食嚥下リハビリを充実させることが有用であると示すことができました。この結果は、日本慢性期医療協会誌に論文として掲載され、ありがたいことに準優秀論文に選出いただきました。
*FOIS(Functional Oral Intake Scale):経口摂取状況についての評価方法。レベル1の経管栄養摂取のみで経口摂取なし~レベル7の特に制限のない経口栄養摂取(常食)の7段階で構成される。
提供:白波瀬元道さん
私がどれだけ頑張っても直接支援できる患者さんの数には限りがあります。論文を通じて摂食嚥下リハビリの重要性が広く知られれば、こうした取り組みを行う施設が増え、より多くの人が適切なリハビリを受けられる機会が増加することが期待できます。
活躍の場が急速に広がる一方、人材育成が課題に
近年、さまざまな領域で言語聴覚士のニーズが急速に高まっているため、人材育成の強化が喫緊の課題となっています。以前は大部分の言語聴覚士が医療機関で働いていたのですが、最近では介護施設や福祉施設、教育機関で勤務する人も増加傾向にあります。そのため、毎年新たに1,700人前後の言語聴覚士が誕生しているものの、全国の求人数はそれをはるかに上回る状況が続いています。
こうした現状を改善するためには、言語聴覚士を志す人を増やすこと、そして言語聴覚士として働いている人の意識を高め、つながりを強化することが必要だと思っています。私は永生会が掲げている「医療・介護を通じた街づくり・人づくり・想い出づくり」という理念が大好きです。新入職員には、医療や介護を通して地域の街づくりに関わること、地域の人々のために貢献すること、そしてここで働く私たちスタッフも健やかであることを目指しましょうとお話ししています。また、言語聴覚士を目指す学生や若い言語聴覚士に向けた書籍の執筆に携わっているほか、地域での言語聴覚士同士のネットワークである“八王子言語聴覚士ネットワーク”や多職種で嚥下食について考える“八王子嚥下調整食研究会”の活動にも取り組んでいます。また、日本言語聴覚士協会の副会長としても活動しています。一人ひとりの力は小さなものですが、志を同じくする人とつながることで、お互いに助けあい新たな輪を広げていけるのだと感じています。
白波瀬元道さんからのメッセージ
私は他の職業も経験し紆余曲折を経て言語聴覚士になったので、若くして人の役に立ちたいと熱意をもって進路を選択される人たちを心から尊敬しています。言語聴覚士として働き始めてから5年間ほどはとても大変な時期が続くかと思います。摂食嚥下、高次脳機能……と幅広い知識を身につけなければなりません。患者さんと1対1で関わる際のコミュニケーション能力についても、その力を付けることに時間がかかります。しかし、この時期を乗り越えれば自分の持つ引出しも増えて、やりがいや楽しさを感じながら長く続けていけるよい仕事だと思います。
そしてできれば、言語聴覚士という資格を前面に押し出すのではなく、“困っている人にさりげなく手を差し伸べ、必要であれば自分の持っている技術を提供する”という関わり方ができるのが理想的ではないかと思います。私自身、しっかりと自分の信念は持ちつつも、助けを必要としている人にしなやかに寄り添い、サポートできるような人間でありたいと思っています。