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首都圏におけるチーム在宅医療実現のために――佐々木 淳先生の挑戦

医療法人社団 悠翔会 理事長/悠翔会在宅クリニック稲毛 院長 佐々木 淳先生

日本では、高齢化の加速や“住み慣れた場所で生活したい”と願う人の増加に伴い、在宅医療のニーズが高まり続けています。首都圏において在宅医療を提供してきた医療法人社団 悠翔会(以下、悠翔会)では“首都圏で最高の「チーム在宅医療」を実現する!”というビジョンのもと、患者さんを支えてきました。 “チーム在宅医療”の考え方やそこに至る思い、今後の展望について、悠翔会の理事長であり、悠翔会在宅クリニック稲毛 院長の佐々木 淳(ささき じゅん)先生にお話を伺いました。


在宅医療の素晴らしさに気づき、大学院中退から2か月後に開院

在宅医療に出合う前、私は大学院生として肝細胞がん治療の研究に取り組んでいました。肝細胞がんは再発しやすく、最終的には治療介入が難しいケースもあるため「果たして医師として患者さんの幸せに貢献できているのだろうか」と不甲斐なさを感じ、悩むこともありました。

そう思っていたとき、たまたま在宅医療を提供する診療所でアルバイトを始めることになりました。往診のなかで、患者さん一人ひとりが病気と闘いながらも日々の生活や家族との時間を楽しんでいる姿を見たとき、私は大きな衝撃を受けました。それまでは病気を治すことでしか医師は患者さんを幸せにできないと思っていたためです。完治の難しい病気になり、たとえ死を間近にしても、人には幸せに生きていく力があるのだということを、患者さんたちに教えられた気がしました。

治らない病気になった後も続いていく患者さんの人生を支え、幸せな人生に貢献できる在宅医療の素晴らしさに気付き、自分の一生を捧げる価値があると確信しました。在宅医療に携わるようになって2か月後、大学院を中退し、“患者さんの価値観を中心とした医療”“在宅総合診療”“確実な24時間対応”の3つの基本理念を掲げ、在宅医療の道を進み始めることになりました。


首都圏における在宅医療の課題――“量”から“質”への変遷

クリニックを開業したのは2006年で、当時は大都市部でも在宅医療を提供しているクリニックが少ない状態でした。今では在宅医療を行うクリニックが増え、量としては充実していると思います。一方で、各クリニックが医療の質を担保できているかという面では疑問が残ります。在宅医療を提供していても夜間対応ができない、がん患者さんは診ることができないなど、患者さんのニーズを満たすことが難しいクリニックはいまだに多く存在します。

患者さんがほかの病気を発症した場合に備えて、総合的に患者さんを診ることができる体制を整えるのは重要なベースラインであり、当初掲げた“患者さんの価値観を中心とした医療”“在宅総合診療”“確実な24時間対応”の3つは、在宅医療を提供していくうえでの最低条件であると気付くようになりました。

また、大都市部では患者さん1人に関わる事業所の数が多く、それに伴い関わるメンバーがどうしても多くなってしまいます。そのため、患者さんについての情報共有が煩雑になり、リソースの潤沢さが逆に診療上の不利益を招くというケースもあると感じています。


横連携・時間連携の2つの軸から考える悠翔会のチーム在宅医療

24時間体制でチーム全体が主治医として機能

首都圏における在宅医療の課題を解消し、いかなる患者さんも安定的に受け入れるために、悠翔会では“2つの軸”を持ちながらチーム在宅医療の体制を構築しています。

1つは総合医と各領域を専門とする医師や看護師による連携、つまり“横の連携”によるチーム医療です。皮膚科や形成外科領域の病気など、主治医が専門外の領域はそれらを専門とする副主治医が診療し、患者さんを総合的に診療できる体制を敷いています。もう1つは勤務時間帯ごとの担当医による連携、つまり“時間の連携”によるチーム医療です。主治医が勤務外の時間帯は、当番医や日直医が副主治医として24時間対応可能な診療体制になっています。

主治医はいますが、“チーム全体が主治医として機能する”というのが私たちの考えるチーム在宅医療の概念です。この連携により、ほぼ全症状・全科に対応できる体制で患者さんの診療にあたっています。

 

“患者さんを急変させない”体制を構築――チーム在宅医療がもたらすメリット

悠翔会の前身となるクリニックは私1人で立ち上げましたが、1年半後には整形外科や精神科などさまざまな科の先生方に少しずつ入っていただき、さらにその2年後には歯科チームも入った体制ができました。現在、常勤医はほとんどが総合医で主治医として勤務していますが、それ以外に精神科の常勤医が3人、歯科の常勤医が4人います(2023年11月現在)。非常勤の医師や総合医もサブスペシャリティ領域を有しているので、それらを組み合わせることで、ほぼ全ての疾患領域をチーム内で対応できる体制になっています。

これにより、どのような患者さんにも総合診療を提供できるだけでなく、患者さんに何か異変が起こったときにはチーム内の誰かがサポートすることもできます。さらに、私たち総合医がほかの領域を専門とする先生の診療を見て学ぶこともできます。各疾患領域を専門とする医師と伴走しながら診療し、少しずつその依存度を減らしていくことで、総合医の能力も広がっていき学び続けることができるのは、横の連携のよい点の1つと感じます。

また24時間主治医が対応するのではなく、日中・夕方・夜と時間に分けて診療をほかの医師に委ねるようにしています。これによって主治医の日中の診療の質が高まり、夜間急変の原因となる小さな種の見落としを減らすことができるのです。


医療法人社団 悠翔会におけるチーム在宅医療の強みとこれから

新たな視点を取り入れ風通しのよい組織に

現在悠翔会は24か所の診療所を運営しています。1診療所での運営に比べて24倍の成功体験と失敗体験を共有できるので、組織としての成長も早いと感じています。

組織運営においては、できるだけフラットな関係であることを心がけています。チームのリーダーは医師ですが、基本的に職位職歴に関係なく皆に平等に発言する権利があると考えています。特に、私たちの運営の不自然さや違和感に気付きやすい新入職員の発言をより尊重するようにしています。経験あるスタッフに遠慮してなかなか発言できないような組織はやがて衰退していきます。世の中の流れに取り残されないためにも、新しく入った人や若い人たちが遠慮なく発言できるようにすることを常態化させるのは大変重要だと思います。

また、院長や理事長も管理業務だけを行うのではなく、1人のプレーヤーとして常に現場にいる時間を確保し、現場で何が起こっているのか、現場のニーズを体感できるような体制を敷いています。私も週に5日は現場で患者さんを診療しています。

 

法人の強みを生かし無医地区、医療過疎地域への医療提供を開始

悠翔会のコールセンターが沖縄にあったことをきっかけに、地域の事業所から相談をいただくようになり、2021年に初めて沖縄県に診療所を開設しました。翌年、鹿児島県の与論町で長年在宅医療を提供されていた医師の後を引き継ぐ形で、診療所を開設しました。この頃から、医師がいない地域に医療を届けることは、都会で多くの診療報酬を稼ぐことよりも、より社会的に重要であり、私たちが果たすべき使命ではないかという気付きがチームの中に生まれました。以降、与論町に続き、愛知県の知多半島、沖縄県の石垣島に在宅療養支援診療所を開設してきました。

離島などの医療過疎地域では、医師が地域を離れられないプレッシャーを感じる側面もあるかと思います。これに対しては、医師が地域を離れる際にはほかの医師が代わりに1週間行くなど、グループ全体に100人を超える医師がいるという法人の強みを生かしながら医療者のワークライフバランスにも配慮することができています。


医療現場へのAI実装の取り組み

悠翔会では、在宅診療における情報共有のためにITシステムの独自開発にも力を入れています。これまでは、DX(デジタル・トランスフォーメーション)ではなく、単なる情報のデジタライゼーション(電子化)までしかできていないことが課題でした。

そこで、まず記録や書類の作成にかかる膨大な時間の短縮を目指し、電子カルテから半自動的に書類を作成するシステムを開発しました。これにより、患者さん1人あたり15分かかっていた書類作成の時間を30秒ほどに大幅に短縮できるようになりました。

現在は、患者さんと医師の対話がAI(人工知能)によって自動的に電子カルテに落とし込まれ、必要なときに整理された情報にすぐアクセスできるシステムのリリースを進めています。記録管理だけでなく入力や検索、閲覧の部分にもAI実装することで業務を簡便化し、本当に必要なことに時間を使えるような体制の実現を目指しています。

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