病院運営 2025.10.06
共創で目指す「愛される病院」――マーケティングが病院にも必要な理由
一般社団法人 病院マーケティングサミットJAPAN代表理事 竹田 陽介さん
「マーケティング」という言葉からは、B to B(企業間)あるいはB to C(企業と消費者)における商品やサービスのプロモーションを連想しがちです。しかし、それはマーケティングのごく一部にすぎず、本質はもっと幅広い概念です。そしてこれからは、病院も積極的にマーケティングに取り組むことが求められる時代だといわれます。一般社団法人 病院マーケティングサミットJAPAN代表理事で循環器内科医でもある竹田 陽介(たけだ ようすけ)さんに、病院にとってのマーケティングは何を目指してどう動けばよいのかなどについてお聞きしました。
マーケティングの本質と病院にとっての意味
マーケティングの本質的な定義は「新市場の創造」だと思います。新市場の創造とは「価値」を真ん中に置いた、売り手と買い手の「コミュニケーションのプロセス」です。ここでいう価値は、金銭的なものにとどまらず、医療であればサービスやホスピタリティー、よりよい医療の質、医療系プロフェッショナルにとっての働く環境といった金銭に代えられないものも含み、それを挟んでコミュニケーションのプロセスが発生します。このプロセス全般が医療におけるマーケティングだと考えます。
「病院広報」や「医療広報」とは、「医療人としての誠意」だと思っています。患者さんが十分に来院して採算が合うなら、病院広報などあえてやる必要はないかもしれません。それでも、忙しいなかでなぜ病院広報をするのかといえば、医師なら「ヒポクラテスの誓い」、看護師なら「ナイチンゲール誓詞」にあるように、一医療人として社会にどう貢献するかという大義が根本にあるのだと思います。
たとえば東京の病院が病気の治療法について発信しても、北海道からその病気の患者さんが受診するわけではありません。しかし、その発信によって患者さんが北海道の病院にかかり、早期発見・早期治療につながって命が助かるのであれば、それは損得ではなく医療人としての志を実現するものとして意味のある行いです。組織や個人として正しく役に立つ医療情報を発信し、病気の予防や早期発見、救命につなげるのが、病院広報や医療広報の意義です。そのようなコンセプトで広報に努めることが、めぐりめぐって病院や医療人の熱意を伝え、病院が信頼され、愛されることに貢献し、地域を超えて患者さんが集まったり、医療職採用の応募者が増えたりといったことにつながっていかなければいけないと思っています。そのプロセスには、単なる情報のやりとりを超えた“熱”が宿り、病院という場に“磁場”が生まれてゆきます。これは目には見えませんが、人や共感を引き寄せ、関係性を変化させる非物理的な文化的フィールドのようなものです。
病院マーケティングサミットJAPANのキーワードは「共創」
私たち「病院マーケティングサミットJAPAN」は、一般社団法人の枠組みで行っている「学会コミュニティー」です。病院広報や医療マーケティングをテーマにした勉強会から始まったコミュニティーで、論文を投稿するジャーナル(学会誌)などはないので、学会“風”コミュニティーといったほうがよいかもしれません。
2018年から年に1回開催している総会のほか、病院広報、医療と他分野の共創などさまざまなテーマでオンライン、オフラインのイベント、病院やほかの学会とコラボレーションしたイベントなど年に100ほどのイベントを行っています。大きな目標を掲げて社会課題を解決しようといった集まりではなく、多様な老若男女がワクワクすると思うものを気の合った仲間と一緒に育てていくプロセスが、さまざまな共創のプロジェクトや個々のアクティビティへと広がってきたという集まりで、現在約3,600人の会員がいます。
正しさや成果を追求することからいったん離れて、まずは皆でプロセスを楽しむ姿勢を大切にしてきた結果、病院というフィールドに、立場(医療職も患者さんも地域住民も)を超えた共感や遊び心が自然と生まれるようになりました。そこから人と人のさまざまな化学反応が連鎖して、思いもよらないアイデアやプロジェクトが次々と誕生しました。
たとえば「病院ファンづくり甲子園」「病院ゆるキャラ総選挙」といった、一見すると病院らしくない企画も、決して奇をてらっただけのPRイベントではありません。患者さんや地域の人々、病院職員が一緒に病院を語り、医療を身近に感じ、何かを変化させていくプロセスそのものが、皆が同じ目線の高さで病院や医療を“自分事”化する共創の始まりなのです。
病院広報や病院マーケティングとは、スポーツチームのサポーターのように「皆が当事者」になることで、自分たちの街の愛する病院を一緒に作っていこうというスタンスの双方向的なコミュニケーションを引き起こすために行うものです。
私たちは「人も地域もすこやかにする共創病院」というキーワードで、病院マーケティングサミットJAPANに取り組んでいます。集患や採用強化は、病院が予算をかけてマーケティング活動に取り組む大きな動機になります。しかし、病院は「病気を治す」という立ち位置を大事にしつつ、これから先はそれに加えて「暮らしを共創する病院」という観点を持つことが非常に重要だと思っています。「暮らし」という文脈において病院が生み出す価値は、すこやかな暮らしを共創する拠点になり得る場所であることなのだと私たちは考えます。
「共創病院」のモデル 済生会小樽病院での取り組み
人間社会の中で、医療は「一義的に大切なもの」ではないと考えます。大切なのは「いかに楽しく生きるか」「いかにすこやかに暮らすか」であり、そのすこやかさというのは人体の健全性以上に「人生の健全性」です。楽しく生きたいけれど、病気やけがで理不尽に人生や幸せが奪われるかもしれず、そうならないために医療・介護・福祉があるのです。
「暮らし×医療」を体現するための次世代の病院ビジョンが、地域の病院が個々人の健康づくりに加えてすこやかな暮らしを共創する「共創病院」というあり方です。私たちがそのモデル病院としているのが、済生会小樽病院(北海道小樽市)です。10年以上前から「地域づくり」に熱心に取り組んできて、2年ほど前から私たちもお手伝いしてさまざまな活動を一緒に展開してきました。中でも「小樽くらしたい共生フェス」では、普段は病院と縁遠い事業者の人々などがタウンホールミーティングに参加し、地域の若者たちのさまざまなアイデアを聞いたうえで明日からの小樽でどう生かすかを皆で考えます。
そうしたことをきっかけに、小樽ではすこやかな暮らしをみんなで作るイベントとしてマルシェ(青空市)が企画され、病院とは縁がなかったサッカークラブや企業、飲食店などが地域内外から参画しました。そこから病院をハブにワーキンググループがいくつも誕生し、定期的なイベントのたびに皆で「誰にとってもすこやかな暮らし」のために必要なことを考えて新しい仲間が増え、衣食住にかかわるさまざまな取り組みが花開いています。そのような形で暮らしを考えることから病院にかかわる人が増えれば、病気になったときにその病院を頼りにする人も増えますし、その病院で医療人として働きたいという人も増えまるでしょう。結果的に、病院が単なる医療施設にとどまらない持続可能な地域に必要不可欠な施設としての大きな役割を担うことにつながっていくと思いますし、これまでの経験を通じて大きな手ごたえを感じています。
このような、地域・分野・世代を超えていろいろな人・物・事が動き回るのをお手伝いするのが私や病院マーケティングサミットJAPANの役割であり、私たちは自らを“触媒”だと思っています。
病院は、命や営みの“余白”に触れる場です。だからこそ、日常では語られにくい思いや願い、そして「人間(じんかん)」そのものの関係性が立ち上がりやすい。私は、病院こそが地域における“リビングカルチャースフィア”――文化生態系の磁場になり得ると信じています。
“最初の一歩”をどこから踏み出すか
マーケティングに取り組むのであれば、まずは自分たちの病院が「医療人として何をしたいのか」を根本から考えてみることが大切です。それがあって初めて各論に入ることができます。そのため、最初の段階では病院広報担当者や部門ごとに各論を考えるのではなく、経営者がかじ取りの部分から考えるべきです。
そのうえで、具体的にどう動くかは、地域や施設によって変わってきます。ただし、根本的な視点として一番大事なものは、「人間(じんかん)」だと私は思っています。人間を「じんかん」と読むときは、人と人の間を意味すると解釈しています。じんかんの視点で見る、つまり相手が高齢者でも障害者でも患者さんでも子どもでも職員でも、相手と自分の間に重心を置いて、その地域の中ですこやかな人生がより彩られていくことをお手伝いする医療の形を考えていくのが面白いと思っています。
私は、医療は「人の未来をつくる仕事」だと言っています。今までもこれからも、人の未来を守り、はぐくむ医療を発展させることは当然のことです。それに加えてこれからは、医療や介護・福祉がサポートすることによって、障害や高齢などのハンディキャップによって阻害されているさまざまな可能性が花開くようになっていくべきだと思っています。たとえば今でも、車いすで富士山頂まで登ることができた人がいるように、白衣を着ていてもいなくても、広い意味での医療にいろいろな人がかかわることで、多様な可能性を開花させることができるだろうと思っています。
病院マーケティングにおいても、今現在提供している医療はもちろん大事ですが、医療人として他分野の人、社会の多彩な人材とどのような未来をつくるかという視点で自分たちの仕事の可能性を考えていくと、病院の未来も自ずと開けてくるのではないでしょうか。
具体的な行動としてまずすべきは「対話」です。組織の中の限られた人だけの勉強会ではなく、職員の役職・部署・組織を超え、地域のさまざまな人も加えて、地域のすこやかな暮らしをどう共創するかをみんなで話し合う場を作ってください。それが、愛される病院への第一歩になると考えます。
病院とは、ただ病気を治す場ではなく、“人と人のあいだ”を耕し、未来を共に育む場です。誰かの一歩が、じんかんに熱を灯し、未来の磁場をつくる。そんな変化を、私たちはどんな病院でも起こせると信じています。