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認知症診療の新たな知見――注目すべき検査・治療

金沢大学医薬保健研究域 医学系脳神経内科学教授 小野 賢二郎先生

65歳以上の日本人のうち、5人に1人が発症するといわれる認知症。病態が解明されるにつれて根本治療となる薬の開発も進んでいますが、いまだ対症療法にとどまっているのが現状です。そこで鍵となるのが検査による早期発見です。近年の技術の進歩によって、検査方法も進化してきています。金沢大学医薬保健研究域 医学系脳神経内科学教授の小野 賢二郎(おの けんじろう)先生に、近年登場した認知症の新たな診断方法、開発が進められている治療薬についてお話しいただきます。


脳に異常なタンパク質が蓄積――認知症の病態

認知症は後天的な脳の障害や病気が原因で少しずつ認知機能が低下していき、日常生活に支障をきたしてしまう状態です。主にアルツハイマー型認知症(以下、アルツハイマー病)やレビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、血管性認知症などがあります。

 

認知症の中でもっとも多いのがアルツハイマー病です。アルツハイマー病は、脳内でアミロイドβ(ベータ)タンパク質(以下、アミロイドβ)が凝集・蓄積し、その後でリン酸化タウタンパク質が蓄積することが原因とされています。アミロイドβの蓄積は発症の約20年以上も前から始まるといわれています。その間に脳の神経細胞が徐々に衰えて死んでいき、海馬(記憶をつかさどる部位)を中心に脳全体が萎縮してしまうことで、多様な症状を引き起こすのです。

 

また、レビー小体型認知症ではαシヌクレインタンパク質、前頭側頭型認知症はタウタンパク質あるいはTDP-43タンパク質が脳に蓄積することで発症するといわれています。血管性認知症は、脳出血や脳梗塞(のうこうそく)などの脳血管障害が引き金となります。


認知症はどのように診断するのか

認知症の診断でまず重要なのが、認知機能の低下が起こるほかの病気が隠れていないかを確認することです。そのうえで、認知症を特定するための検査をします。

 

認知機能の低下は、ビタミンB1欠乏症やビタミンB12欠乏症、甲状腺機能低下症などの内科的な病気、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫といった脳に起こる病気でもみられます。これらは治療によって改善することから「治療可能な認知症(Treatable dementia)」と呼ばれています。

 

これらを除外したのちに、特定のための検査をします。検査方法には頭部MRIや頭部CT、脳血流シンチグラフィー(SPECT)*、神経心理検査などがあります。神経心理検査としてよく行われるのは、MMSE(ミニメンタルステート検査)や改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)です。神経心理検査は、知能や記憶、言語障害の程度を点数によって評価する検査ですが、昔に比べて「異常なし」とされる点数が厳しくなっています。これは軽度認知障害(MCI:認知症の前段階)を捉えて、なるべく早期に治療介入するためです。MCIを疑ったら、さらに細かい神経心理検査をします。

 

レビー小体型認知症が疑われる場合は、心臓交感神経の障害を調べるMIBGシンチグラフィーや、ドーパミントランスポーターシンチグラフィーも実施します。心臓交感神経やドーパミントランスポーターは、レビー小体型認知症やパーキンソン病で機能が低下すると知られているためです。

 

*脳血流シンチグラフィー(SPECT):脳の血流を評価する検査。99m Tc-ECD、123 I-IMPといった薬剤を用いる。


早期発見・診断精度の向上に期待「アミロイドPET検査」

従来は「海馬の萎縮=アルツハイマー病」とみなされることが多かったですが、海馬の萎縮が起こるのはアルツハイマー病だけではありません。たとえば、高齢者タウオパチー、嗜銀顆粒性認知症(しぎんかりゅうせいにんちしょう)、神経原線維変化型認知症、LATE(Limbic-predominant age-related TDP-43 encephalopathy)でも海馬が萎縮します。すなわち、本来はアルツハイマー病ではないのにもかかわらず、アルツハイマー病と診断されていた方が一定数いた可能性があるのです。

 

これは、実際に金沢大学の研究でも示されています。認知症外来を受診された患者さんにおいて、MRIとSPECTの両方で検査した場合でもアルツハイマー病の診断感度は約80%という結果が出ています。つまり約5人に1人(約20%)は、実はアルツハイマー病ではなく海馬の萎縮が起こる違う病気だったと考えられます。アメリカの研究でも、臨床診断でアルツハイマー病と診断された約500人の病理検査をしたところ、本当はアルツハイマー病ではなかった方が17%いたとされています。金沢大学の研究で出た数字とほぼ一致しています。

 

アルツハイマー病の診断は意外に難しく、判断に悩むケースが多々あるのです。そこで新たな検査方法として期待されるのが「アミロイドPET検査」です。2022年現在では保険適用ではなく、全額自己負担となります。アミロイドPET検査では、アミロイドβが脳内に蓄積している様子を画像化することができます。MRIでは海馬が萎縮していないような方でも蓄積が確認されることもあり、発症前の超早期から、将来の認知症リスクを検知することができます。

 

もしアミロイドPET検査が保険適用となれば、アルツハイマー病の早期発見や診断精度の向上が期待できるでしょう。また、後でお話しする抗アミロイドβ抗体が治療の選択肢となれば、治療前にアルツハイマー病であることをしっかりと確認する必要があります。

そうなれば、アミロイドPET検査の位置付けも変わってくるかもしれません。


少しの血液でアルツハイマー病を発見

もう1つ、診断技術として注目が集まっているのが、血液検査でアルツハイマー病を早期発見する方法です。2021年、島津製作所は血液中のアミロイドβ関連物質を測定できる装置「アミロイドMS CL」を発売しました。世界初となる装置で、ノーベル化学賞の受賞者、田中 耕一先生が開発した質量分析手法が用いられています。身体的負担の大きな髄液(ずいえき)検査や、検査施設が限られ費用負担の大きなPET検査と比べて、簡便な検査が可能となります。

 

また、アルツハイマー病のもう1つの原因物質であるリン酸化タウタンパク質については、さらに高い再現性をもって血液から検出できるという報告が世界中から相次いでいます。アミロイドβよりも先に、リン酸化タウタンパク質を測定する血液検査が汎用化されていくのではないかと考えています。

 

イメージ:PIXTA


認知症治療はどう変わる?――根本的治療を目指したあゆみ

現在使用されている認知症の治療薬は、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)とNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)の2種類です。正常な機能が維持されている神経細胞を活性化させることで進行を抑制させる効果がありますが、アミロイドβやタウタンパク質の蓄積を抑制・改善させる効果はありません。

 

そこで、すでにタンパク質の蓄積が始まっている部分にアプローチできる薬の開発が求められています。今後開発が期待されている薬の1つが、抗アミロイドβ抗体です。脳に蓄積したアミロイドβに結合して無毒化し、これを脳内から除去するはたらきがあるとされています。アメリカでは、抗アミロイドβ抗体「アデュカヌマブ」がすでに条件付き承認となっていますが、日本ではいくつかの課題があり保険承認は保留の状態です。

 

そのほか、アミロイドβを飲み込んで除去するはたらきがあるミクログリア細胞*をターゲットとした薬にも注目が集まっています。今後こうした新たな認知症治療薬が開発されれば、アルツハイマー病をはじめとした認知症治療は大きく前進するでしょう。

 

*ミクログリア細胞:異物の除去など脳内の恒常性を維持するグリア細胞の一種。

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