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臨床倫理はどのように実践するのか? ――その目標と具体策

東京慈恵会医科大学附属柏病院 総合診療部 診療部長/教授 三浦靖彦先生

“臨床倫理”とは、医療・介護の臨床現場で起きる問題を倫理的視点から検討するアプローチです。臨床倫理の過程では「医療・介護従事者が患者さんやご家族とどうコミュニケーションを取ればよいのか」「人にとって何が価値あることか」など多岐にわたる問いに対して、個々のケースに応じた答えを見つけていきます。長年臨床倫理の問題に取り組み、啓発・研修活動などを精力的に行う三浦 靖彦(みうら やすひこ)先生(東京慈恵会医科大学附属柏病院 総合診療部 診療部長、教授)に、臨床倫理の過程で必要になる具体的な方法やツールについて伺いました。


多職種が互いの立場を尊重し“最大公約数”の選択を探る

本人とご家族を中心にして多職種が関わる場合、医師や看護師、介護スタッフなどそれぞれの立場から「できる限りのことをしてあげたい」と考えるでしょう。この思いは非常に大切ですが、各職種が自分の立場のみから主張してしまうと“船頭多くして船山に登る”の状態になってしまいます。そのため、全ての職種が互いの立場を尊重し、本人の願いを叶える最大公約数の選択を検討したうえで協力し合うことが重要です。

まさにその最大公約数を考えることが臨床倫理の意義であり、それを考えるうえでもっとも大切なのが、核となる患者さんとご家族の物語“ナラティブ”なのです。


本人の推定意思を探るご家族とのコミュニケーション

ご家族とのコミュニケーションにはコツが必要です。たとえば本人の意向を探りたいとき、漠然と「どうしましょうか」と尋ねるとご家族はご自身の希望を考えてしまいます。そのため、まずは「○○さんの一番近くで過ごされていたあなたにお伺いしたいのですが、ご本人は治療についてどのように考えていたのでしょうか」と本人の推定意思を探る作業をして、それから「ご家族としてその意向を尊重したいと思っていますか、それとも異なる意見をお持ちですか」というように二段構えでお伺いすることが重要です。

 

写真:PIXTA


医学的適応とご家族の希望がかけ離れている場合の対応

また、医学的な適応がないにもかかわらず積極的な治療を求めるご家族に対するコミュニケーションにもコツがあります。たとえば、がんの末期の患者さんでがんが全身に転移しており、心肺停止時に蘇生術を試みるのは本人の苦しい時間を引き延ばすことになる医学的状況だとしましょう。ご家族が「もし心臓が止まっても徹底的に心臓マッサージをして人工呼吸器を付けて1分1秒でも生かしてほしい」と希望しているケースと仮定します。

その場合、まずはご家族の感情を受け入れ、「皆さんはご家族を大切にされていたから、1分1秒でも長く生きていてほしいと思うのですね。その気持ちはよく分かりました」と寄り添います。そして、「このような状況で心臓マッサージをすることはご本人の苦しい時間を引き延ばすことになってしまいます。それでも希望されるなら対応は可能ですが、ご本人のためにも今一度考えてみてください」と丁寧に説明します。すると状況を理解し、考え直してくださる可能性があります。

 

医療、そして臨床倫理の目標は“患者さんとご家族の幸福の最大値を目指すこと”です。それを叶えるためには、医療をとにかく注ぎ込めばよいわけではありません。ご本人がなるべく苦しまないこと、ご家族のグリーフケア(大切な人を喪失した深い悲しみから立ち直るためのケア・支援)までも考えたうえで幸福の最大値をうまくアレンジする必要があるのです。


臨床倫理は医療者の武器になる

臨床倫理を学びその視点を持つことは、医療・介護の現場で活用できる1つの“武器”になります。たとえば看護師、介護福祉士、ソーシャルワーカーなどが多職種連携の中で方向性を示す役割を担い、患者さんの状況を倫理的に分析することも可能です。

倫理的な分析に役立つツールとして、“ジョンセンの臨床倫理4分割表”があります。これは患者さんの置かれた状況を医学的適応・患者の意向・患者のQOL(生活の質)・周囲の状況の4つに分けて情報を整理するためのツールで、症例検討に用いられます。

 

 

この4分割表は、“医療倫理の4原則”である自律尊重・無危害・善行(与益)・公正を反映したものです。症例検討の際、この4分割表に患者さんの状況を照らし合わせ、不足している情報があれば埋めていきます。すると自ずと現状の問題点が見え、治療・ケアの方針を検討する際に役立ちます。

4分割表のうち、医師が得意なのは医学的適応の部分だと思います。それ以外の患者の意向やQOL、周囲の状況をよく理解しているのは、看護師や介護スタッフの方々です。ですから私は講義などを通じて、「多職種の力がなければ患者さんを幸せにすることはできないのですよ」とお伝えし、本ツールを活用して倫理的な分析の結果を医師へ説明することで納得してもらう方法などを伝授しています。

※医療・介護事業者に必要な臨床倫理の視点については次の記事をご覧ください。

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