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臨床倫理で患者さんの人生の1ページを温かいものに――三浦靖彦先生の思い

東京慈恵会医科大学附属柏病院 総合診療部 診療部長/教授 三浦靖彦先生

“臨床倫理”とは、医療・介護の臨床現場で起きる問題を倫理的視点から検討するアプローチを指します。1990年代に臨床倫理の分野に出会い、2000年頃から臨床倫理コンサルテーションを通じてさまざまな事例に対応してきた三浦 靖彦(みうら やすひこ)先生(東京慈恵会医科大学附属柏病院 総合診療部 診療部長、教授)に、これまでのあゆみと活動に込める思いを伺いました。


臨床倫理との出会い

東京慈恵会医科大学(以下、慈恵医大)を卒業後、腎不全対策・腎移植に力を入れている国立の病院で腎臓内科医として働いていました。腎臓病の患者さんに対する人工透析や腎臓移植などを行うなかで、少しずつ「積極的治療をするだけでよいのか」という疑問が湧き、“よいおみとり”をいくつか経験して、徐々に臨床倫理に関わるテーマを考えるようになりました。

その時期に、アメリカから「日本・ドイツ・アメリカの人工透析専門医の意識調査と国際比較をしたいので協力してほしい」という手紙が届きました。手紙には、「日本の留学生に、日本では認知症や人工呼吸器を付けている患者さんにも最期まで人工透析を行うことを聞いて驚いている」と書いてありました。当時の私は臨床倫理という言葉があることも知りませんでした。しかし、人工透析の継続・中止を含めて人の尊厳について考えるなら、臨床倫理という分野をきちんと学ばなければと感じたのです。このときから臨床倫理の道に足を踏み込みました。

 

写真:PIXTA


航空医学・宇宙医学に専念した7年間

臨床倫理について学び始めて4年ほど経った頃、大学医局から航空医学研究センターの研究指導部長の辞令が届きました。航空医学研究センターは、民間航空の安全への寄与を目的にパイロットの健康診断や医学的資料の収集などを行う研究機関です。

辞令を聞いたときには青天の霹靂(へきれき)でしたが、航空・宇宙医学に興味がないわけではなかったのでお受けして、せっかくなら徹底的に突き詰めようと思いバリバリ勉強して航空医学を学びました。そこから7年ほどかけて宇宙医学や旅行医学などの分野も学んだという経緯があります。宇宙医学では、無重力空間で過ごすことや宇宙放射線による問題などを考えます。たとえば、無重力状態で骨の中のカルシウムが抜けて骨が脆くなるのを予防する運動方法、無重力状態から地球に戻って来たときに脳貧血にならないための対策などです。

その後、やはり一般的な臨床や臨床倫理の分野に戻りたいと思い、総合診療に場を変えました。総合診療なら腎臓内科、臨床倫理、航空医学などそれまでに培った分野の知識を生かせると思ったのです。


臨床倫理を学ぶ人をサポートする取り組み

学研メディカルサポートが行う病院向けのEラーニングでは、臨床倫理入門や事例から考える臨床倫理などのコースが配信されています。

また、2019年に発足した“慈恵医大臨床倫理を学ぶ会”では、年間4回ほどの講座を開催しています。東京慈恵医科大学の職員だけでなく外部の医療従事者や一般の方にも門戸を広げており、オンサイトでの講座には毎回およそ80人の方が勉強に来ていました。参加されるのは、訪問看護師や介護従事者など、在宅医療で活躍する方が目立ちます。やはり、在宅医療の現場では臨床倫理のニーズが高いことを実感します。

新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年の暮れからはオンラインウェブ会議システムを活用して実施しています。オンサイトでの開催の倍ほどの人数が集まり、有意義な時間を過ごすことができました。さらに、年度の催しである“慈恵医大臨床倫理セミナー”には全国から300人ほどの人が集まってくださいました。

最近では「シンポジウムの内容を配信してほしい」という声が増えてきたため、“臨床倫理チャンネル by Y. Miura”というチャンネルを作成し、2021年3月より臨床倫理を学べるコンテンツを配信しています。ご興味がある方はぜひコンテンツを活用して学んでいただけたらと思います。

 

“臨床倫理チャンネル by Y. Miura”より


臨床倫理の活動に込める思い

私は、臨床倫理の問題で悩んでいる方の力になりたいと思い、活動を続けています。

医療や介護の世界に進んだ方は、基本的に「患者さんのために何かしたい」と思っていると思います。実はその思いが強い方ほど、倫理的なアンテナが高いのです。「患者さんが本当に必要としていることは何か」を深く考えられるからこそ、現状が伴っていない場合に苦しい思いをされている方もいるでしょう。

その思いを解消するための相談をできればよいのですが、実際には周りに臨床倫理のことを理解している医療者がいなかったり、誰にも相談できなかったりするケースが多々あります。すると結局本人はどこかでバーンアウトしてしまう。実際に、途中で心が折れてしまった人を何人も見てきました。それはあまりにかわいそうですし、残念です。

ですから、先ほどご紹介したような研修会などを通じて同じ思いを持つ方とオンラインでつながり、日々の仕事に生かしていただけたら何よりです。私は、その方が現場で感じたモヤモヤは間違っていないと勇気付けたい。そして“患者さんと家族の幸福の最大値”を求めるために必要なツールやノウハウを惜しみなく伝えていきたいと考えています。

医療介護の仕事は、患者さんとご家族の人生に直接関わることのできる数少ない職業です。ですから、患者さんとご家族の人生の1ページを、特に最後の1ページならばそれを温かいものにしようと努力するのはとても大切なこと。もしその1ページを温かいものにできたと実感できるなら、きっと燃え尽きることはないと信じています。

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