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老健をこれからの高齢者療養の柱「介護医療院」に転換した思い

医療法人社団 幹人会 理事長 玉木 一弘さん

医療・介護ニーズを併せ持つ高齢者が長期にわたり療養できる新たな高齢者施設区分として「介護医療院」が2018年に創設されました。東京都西多摩郡瑞穂町で、介護老人保健施設2施設を運営していた医療法人社団幹人会は、そのうち一方の施設を2024年11月に介護医療院へ転換しました。理事長の玉木 一弘(たまき かずひろ)さんに、転換にかける思いや入所者・家族の反応などについてお話を伺いました。


介護保険制度施行で高齢者施設は3種類に

高齢者の生活・療養施設の変遷を振り返ると、1980年頃はいわゆる“寝たきり老人病院(当時の表現)”が社会問題化し、入院より住み慣れた場で、その人らしい人生を過ごしながら、病気と向き合い療養することが、高齢者慢性期療養のあるべき姿とされました。病床や医療費を削減する観点からも、国は「在宅医療」を主軸とする医療・介護政策を進め、1986年に病床と在宅療養の中間型施設として「老人保健施設」が創設されました。2000年の介護保険制度施行で、高齢者施設は「介護老人福祉施設(特養)」「介護療養病床」「介護老人保健施設(老健)」の3種類となりました。それぞれの特徴は、特養は医療の提供に限度がある生活施設、介護療養病床は介護度や医療ニーズが高い人のみが対象、老健は原則3か月で在宅復帰を目指し、医療・介護・リハビリテーション・生活支援を提供する施設でした。


社会状況と介護施設の役割のギャップ

時代の変遷で、少子高齢化・男女共同参画・就労世代の都市部転出・核家族化などの社会状況から、老々(高齢者夫婦の2人暮らし)・独居世帯で在宅療養環境が整わず、既存3区分施設では行き場所に苦慮する高齢者が激増してきました。

私たちの施設がある東京都西多摩地域は自然豊かな大都市周辺地域です。ここでも高齢化率の上昇と核家族化が進み、仮に次世代と同居していても、昼間は都市部へ仕事に出て、家族介護や在宅療養が困難な事例にあふれています。これは日本全国共通の課題であり、緊急時や重要な治療選択時に、説明と同意に基づく親族(成年後見者や身上監護者*)との意思決定に困惑するケースも増加しています。

最近の国の調査でも、老健の平均在所日数は300日を超え、1年超の入所者は46%に上るのが実態です(厚生労働省「令和元年介護サービス施設・事業所調査」)。

全国老人保健施設協会の調査でも、在宅療養復帰率は3割弱で、退所困難な理由は「特養の入所待ち(38.1%)」「家族の希望(25%)」などとなっています(「介護老人保健施設における在宅復帰・在宅療養支援機能の強化へ向けて」2018年調査)。

在宅復帰困難で、人生の最終段階まで入所ケアを要する人の増加から、老健の役割を在宅復帰支援に限定すると、長期入所せざるを得ない高齢者の居場所がなくなり、老健の空床も増加し、利用者、施設運営者ともに困難が生じてしまう状況です。

*身上監護者:医療、住居の確保、施設の入退所など生活、治療、療養、介護などに関する法律行為を行う人


利用者との共同意思決定、業務標準化、働きやすい職場作りからのアプローチ

当法人では地域連携型認知症疾患医療センターを併設する2診療所、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所とともに、老健2施設を隣接運営してきました。一般と認知症専門フロアを合わせて100床の老健と、ユニット型*で全個室47床の老健です。

また当法人では、病院評価機構などが普遍化する以前の2002年から、医療業務でISO9001(製品やサービスの品質を安定させ、顧客満足を向上させることを目的とし国際標準化機構の品質マネジメントシステム認定)を取得しました、その仕組みに準拠し、利用者・家族との共同意思決定からの相互参加型医療・介護・福祉サービスも提供と、その不断の改善、働きやすい職場作りを目指し、業務の標準化・見える化を法人理念として活動してきました。介護ロボットの導入やICTの活用、さらに多職種が、資格上の役割だけでなく、皆で協働できる寄り添いと日常生活支援に努め、全員参加の「マルチタスク」で、ケアの充実と働きがいの獲得の両立を図ってきました。

*ユニット型:在宅に近い居住環境で、入居者一人ひとりの個性や生活のリズムを尊重し、また、入居者が互いに人間関係を築きながら日常生活を営めるように介護を行う介護手法「ユニットケア」を取り入れた居室タイプ


医療を受けながら人生の最終段階まで生活できる介護医療院

「介護医療院」は2018年に創設された施設で、それに伴い介護療養病床は経過措置期間を経て2024年に廃止されました。介護医療院は既存3施設の機能を融合し、医療依存度が高く在宅療養が困難な事情を抱えている高齢者に、医学的管理の下、看護・介護・リハビリを包括的に提供します。その人らしい日常生活を維持し、ご希望があれば人生の最終段階まで療養生活の場や、お看取りまで提供する施設で、在宅療養環境が整えば、在宅復帰も支援する施設です。


転換に伴う人員増は1人のみ

さまざまな社会状況の変化を踏まえ、自宅や老人ホーム、グループホーム、サービス付き高齢者住宅など、暮らしの場への復帰を目指す方には、老健本来の提供機能をさらに磨き、お看取りまでの生活と療養の場を求められる人には、新たな療養支援手段を獲得すべく、当法人のユニット型老健を介護医療院に転換することを決意しました。転換における老健との人員配置の違いは、制度上看護師の1名の増員のみでした。本来、介護医療院は、介護療養型病床からの転換を想定した施設と理解しておりましたので、まず許可権者である地域自治体や東京都に、老健からの転換希望の理由を説明し、国に可否確認をしていただき、公的補助金などの調整や施設基準を整え、約2年かけて転換の許可を得ました。この間、介護医療院での具体的なサービス提供の在り方について、職員と議論を深め、新たな分野での不断の改善への意欲を高めてきました。


家族への説明会では「助かる」との声が

転換を控え、老健入所者とご家族を対象に説明会を開催し、意見、質問を求めました。参加者からは「いろいろ病気があって自宅療養は難しい。治療を受けながらずっと居られる施設は本当に助かる」という声が多数挙がる中、療養費がどう変わるかについての不安の声や質問も、多々寄せられました。費用は要介護度や健康保険の負担割合によって変わりますが、老健と比べて激増するようなことはないことを説明しました。

転換にあたっての利用者、ご家族の思いは、おおむねこの2点に集約されると感じました。転換により老健から介護医療院へ施設形態は変わりましたが、入所者の日常生活は老健とほぼ変わりなく提供でき、リハビリやイベントなども含めて、その人らしい自立生活を平穏に過ごしていただけていると感じています。私たちは、これからも気を緩めることなく、介護医療院に求められる“使命”を達成しつつ、新たなケアの創造にも取り組んでいきたいと思っています。


新たなケアの創造―― “ペットと一緒に暮らせる施設”作りも

具体的な取り組み案の1つとして、入所される人たちが、“長らく飼っているペットも一緒に入れる施設”にしたいと思っています。実現までには、ペットの養育環境や健康管理、動物アレルギーや動物を好まない人との区分など課題は数多ありますが、同じ思いを抱く他の施設でもご活用いただけるよう、理念やシステムを標準化・見える化し、公的許諾を得て実現できればと願っています。


介護医療院のニーズは今後も増える

創設は2018年で、現場作りや社会的認識はまだ途上にあると思いますが、介護医療院が今後、高齢者療養の1つの柱として、利用ニーズが高まっていくことは明らかです。それぞれアプローチの違いはあるにせよ、利用者の皆さんが、人生の最終段階まで自分の生き方を貫き、できる限りQOLを維持できる療養環境を作りたいとの願いは慢性期医療に携わる多くの人、多職種の皆さんに共通だと強く感じています。これからも現場経験からの課題を公に提言しつつ、慢性期医療に携わる皆さんと新たな療養環境の創造に邁進したいと願っています。

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