キャリア 2025.04.28
繁田雅弘さんが目指す認知症診療とは――対話を重視した診療の実践
栄樹庵診療所 院長 繁田 雅弘さん
認知症の診療を専門とする医師・繁田 雅弘(しげた まさひろ)さんは、患者さん一人ひとりの話を丁寧に聞き、気持ちに寄り添う“対話”を重視した診療に尽力されています。「患者さんが後悔のない決断ができるように」と語る繁田さんが、こうした診療に取り組むようになるまでに、どのような過程があったのでしょうか。繁田さんが医師を目指した経緯や、現在の活動を始めたきっかけなどについてお話を伺いました。
“人生”への興味が医師を目指すきっかけに
私が医師を志したきっかけは、生涯にわたって続けられるやりがいのある仕事だと考えたことでした。しかしその後、医学部に入って学んでいくなかで「人が病気にかかったとき、どんなふうに悩んだり苦労したりするのだろう。そしてそれをどうやって乗り越えていくのだろう」と興味を抱くようになったのです。
転機が訪れたのは、新潟県糸魚川市で認知症に関する取り組みを行ったときでした。65歳以上の高齢者で認知症の疑いがある人や、一人暮らしで精神的に課題を抱えている人がどれくらいいるのか、という調査を行ったのです。そのなかで、家族と一緒に暮らしていても孤独感を抱えている人や、家族と理解し合えなくて苦しんでいる人と出会いました。一方で、貧困のなかでも力強く生きている家族もいらっしゃいました。さまざまな人生を目の当たりにした私は、臨床を通して、目の前にいる患者さんが生きる姿を少しでも深く知っていきたいと感じるようになりました。
その後、認知症の診療に取り組むなかで、多くの方々にお世話になりました。大学を卒業して最初に入局した東京慈恵会医科大学や、大学からの派遣でお世話になった新潟の川室記念病院。患者さんとの“対話”を重視するきっかけとなった、東京にあるのぞみメモリークリニック。そして今も引き続きお世話になっている、神奈川のメモリーケアクリニック湘南。病院だけでなく薬局のスタッフの皆さんなど、本当にたくさんの人に支えてもらったと感謝しています。
認知症の患者さんとの“対話”を重視した診療へ
のぞみメモリークリニックに所属していたときのことですが、私は同院の院長に「患者さんといつもより長く、時間をかけて話をさせてもらえませんか。せめて給料は辞退するので」とお願いしました。患者さんと対話をすることに専念してみたら、診療における大切なポイントやヒントが得られるのではないかと考えたからです。カルテの入力作業をほかのスタッフに任せつつ、30分から1時間ほど患者さんとお話しする診察を行うようになりました。
このとき患者さんとの対話を通して分かってきたのは、時間をかけて話を聞いてもあまり診療に役立たないケースもある一方で、たくさん会話するだけでも元気になっていく患者さんがいるということでした。話を丁寧に聞き、患者さんが「自分の気持ちを理解してもらえている」と感じられるような対話を心がけていると、患者さんが自分の身の回りのことを再び自分でするようになったり、活動的になったりすることがあったのです。薬を処方するだけで会話のない診察より、対話も行う診察のほうがはるかによいと感じました。
なお、薬による治療を行う際も、単に処方するだけではなく患者さんと相談したうえで使ってもらうことが大事だと考えています。処方された薬がどんな薬で、何を目標に飲むのかなどを理解してもらうことで、患者さんが自分で薬の効果を実感したり、効果を期待して服用を続けたりすることができるからです。
私は大学病院から地域医療へと活動の拠点を移しましたが、活動する原動力となる部分は変わっていません。それは一貫して「病気や障害を抱えたとき、どのようにして生きていくのか」という人の生き様への興味だと思います。その疑問に対する答えを少しずつ知っていくことで、“人生を理解できる人”になりたいと思っています。一人ひとり違った人格や取り巻く環境のなかで人が生きていく、人生という物語が好きなのかもしれません。
患者さんが後悔のない決断をできるようサポートしてほしい
私が医師として大切にしているのは、患者さん本人の意思を尊重するということです。たとえば、命に関わる病気にかかっても、仮に本人が治療を希望しなかった場合、それも1つの選択肢だと思っています。「治療を受けることで失うかもしれないものをどうしても失いたくない」と考える人にとって、治療を希望しないことは必ずしも誤った選択ではないでしょう。現実的には、家族など周囲の人の理解が得られず、一般常識に近い落としどころを探ることになるものですが、私の本音としては、患者さん本人が決めたことは本人が責任を持ち、周囲の人も認めてあげるのがよいと思っています。
しかし、患者さん本人も自分がどうしたいか分かっていなかったり、迷ったりしていることも多いでしょう。慢性期医療に携わる医療従事者の皆さんには、ぜひ患者さんの思いを一緒に探したり、見失わないように支えたりしてもらえたらと思います。患者さんが後悔のない決断ができるよう、時にはアドバイスしたり見守ったりしながら、本人の気持ちに寄り添って相談に応じることを大事にしていってください。その姿勢が、患者さん本人の納得できる意思決定につながるのではないかと考えています。