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第30回日本慢性期医療学会 学術シンポジウム『ヒトはなぜ互いに会話するのか:行動分析学からみたコミュニケーション』レポート

慶應義塾大学名誉教授 坂上 貴之先生

新型コロナウイルス感染症のパンデミックに伴う新しい生活様式の定着に伴い、コミュニケーションの在り方は変化してきています。今後コロナの収束が予測されるなかで、人々のコミュニケーションはどのように変化していくのでしょうか。慶應義塾大学名誉教授の坂上 貴之(さかがみ たかゆき)先生は、学会テーマである“コミュニケーション・ファースト”に基づき、行動分析学の観点に立った“言語使用行動(verbal behavior:VB)”の分析からヒトのコミュニケーションを紐解きました。2022年11月に開催された第30回日本慢性期医療学会の学術シンポジウム『ヒトはなぜ互いに会話するのか:行動分析学からみたコミュニケーション』の講演ダイジェストをレポートします。


コミュニケーションは自発的な“言語使用行動(VB)”

行動分析学では、コミュニケーションを“話し手と聞き手との間の言語使用行動”と考えます。VBとは、言葉や言語を“使う”という行動を通して理解しようと試みるものであり、ヒトは先行または後続する環境を変えることで、この行動を自由に変容させることができます。

ではなぜ、言語を自由に操る行動がヒトに限局され、維持され、発展させることができたのでしょうか。これには後に説明する“随伴性”とVBが深く結びついており、ヒトを取り巻く文化と個々人の“私的事象”の交換にその理由があるというのが私の見解です。


行動分析学の特徴

実験的な分析から行動変容の理解を試みる

行動分析学は、“心”を仮定した心理学とは異なり、イヌやネズミといった動物を対象とする行動研究から始まりました。動物に対する実験的な分析により、どのような条件が行動を変えるのか、また計画的に行動変容を作り出すことができるのかを具体的に追究しようとしてきた学問です。認知・感情・意識といった心的概念や知能・記憶などの心理学的構成概念から行動を理解しようとする心理学に比べ、ヒトによる言語報告に基づくデータを前提とせず、行動が起こる主要な要因として、直接、“環境の出来事”を重視するのも特徴です。

 

ひとまとまりとして刺激や反応をみる

行動分析学では、刺激や反応をその形態に応じて1つずつ別のものとして見るのではなく、同じ機能を持ったひとまとまり(クラス)として考えます。

反応の後に起こる淘汰機能を有した刺激(強化子や弱化子、過去には報酬や罰と呼ばれた)によって自発されたその反応が増加したり減少したりする実験操作を“オペラント条件づけ(過去には道具的条件とも呼ばれた)”といいます。オペラントは刺激によって引き起こされる(誘発される)ものではなく、むしろその結果によって出現した刺激に支えられた反応と位置づけられます。一方、静電気のショックを避けるために防止グッズを金属部分に押し付けるような、手がかりとなる先行刺激(つまり金属のノブ、専門用語では弁別刺激)によって出現機会を与えられる反応を“弁別オペラント”といいます。


行動分析学の枠組みとなる“随伴性”

“随伴性”は行動分析学のもっとも大きなキーワードの1つで、同時に、または引き続いて起こる複数の出来事(さまざまな刺激や反応)の間の(時間的、あるいは確率的な)関係性を示す言葉です。

行動分析学では、▽刺激:刺激随伴性▽反応:刺激随伴性▽刺激:反応:刺激随伴性の3つの随伴性操作を実験と観察による分析の枠組みとして用います。これらの随伴性それぞれを中核とした実験操作は“条件づけ”と呼ばれ、これら3つの随伴性には▽レスポンデント条件づけ▽オペラント条件づけ▽弁別オペラント条件づけの3種類が対応します。VBを理解するにあたっては、これらの概念をしっかり理解しておくことが大切です。

弁別オペラント条件づけにより、初めの刺激(弁別刺激)と最後の刺激(強化子)によって真ん中の反応の反応率が制御されるようになった刺激:反応:刺激随伴性は、3項強化随伴性と呼ばれます。

たとえば、“お手”という言葉(弁別刺激)をかけたときにイヌが前足をちょっと上げたならば好物(強化子)を与えるが、“お手”がなければ与えないという実験をします。“お手”という言葉によって、初めてイヌが前足を上げる(弁別オペラント)、そして好物が与えられるときに、3項強化随伴性が成立します。

私たちヒトが直面する多くの行動は、この3項強化随伴性によって制御されていることがほとんどです。


ヒトによるVBの特徴

VBも行動分析学が対象としてきた行動の1つであり、自己報告、ルール生成、関係の派生などのユニークな点を有し、ヒトを特別な存在にしてきた行動です。ここからは、ヒトのVBがどのように形成・維持されてきたかを考えてみたいと思います。そのためのキーワードの1つが“私的事象”です。

 

“意識”や“心”や“感じていること”を含む“私的事象”がVBにより明らかになる

私的事象の定義はさまざまですが、A.C.カタニアの報告では“言語使用行動において話し手にのみ接近可能な事象(通常、皮膚の内側にある事象)”とされています。

しかしながら話し手だけが接近可能な私的事象を、VBを通じて報告させるということは、私的事象を直接見ることができない聞き手や社会にとっては大変、その形成が難しいことを意味しています。たとえば、腹痛の程度を相手に伝えるとき、さまざまな表現が使用されます。しかし、痛みの最大値も感覚も人それぞれ異なるため、正確に伝えるのが非常に難しいことは、皆さんご経験があると思います。

さらにカタニアの定義に基づけば、私的事象が現れるのは当事者のみが接近可能な事象だけでなく、言語を使っている場面でもあるということになります。つまり、意識や心的現象・心的過程は、言語を使う場面で初めて問題になるとも考えられるのです

このように、私的事象とVBとの間には強い関係があります。

 

“ルール支配行動”というヒトの特徴

ここまでの話を踏まえ、次にヒトのVBと“ルール”の設定について考えてみたいと思います。

ルールとは、言語化された3項強化随伴性のことであり、このルールが弁別刺激となってヒトの反応を制御する随伴性にはさまざまなものが考えられます。たとえば作業のコツ、旅の案内、就業規則、法律などもルールに該当します。

これまでヒトはさまざまなルールを生み出し、それによって強制・非強制にかかわらず、自分や他者の行動を制御してきました。こうしたルールが制御する行動を“ルール支配行動”と呼んでいます。これにより、その場には具体的に存在していない刺激と反応の随伴性についても、ルールを弁別刺激としたコミュニケーションが可能になります。

ここで、ヒトにおけるVBやルール支配行動の役割を考えてみましょう。

ヒトの長い進化の歴史において、私的事象の外部化は個体や種の存続を優位にしたと考えられます。たとえば鳥が自分を捕食する鷹や鷲を見つけたとき、1羽がそれを見つけて大きな鳴き声を上げると一斉に飛び立つというケースです。あなたの背中にある見えないものも、私には見えるので、私は注意を促すことができるのです。

一方でヒトの場合は、ルールを設定することで時間的・空間的にその場にない事態にも拡張して、私的事象を利用しています。これがヒトを他の生物と異なる存在に仕立て上げた理由の1つです。VBが随伴性という刺激と反応の関係性をルールで記述し、そのルールによってその出現を設定された行動が私たちの日常生活を支配しているという状態が、世代を超えて継承・変異・淘汰されていくことは、文化の形成・維持・消滅につながる重要なポイントだと考えています。

そのうえで、いかにして言語使用行動を巧みに出現させることで私的事象を制御する環境を得ていくのかも、ヒトを対象とした行動の研究におけるさまざまな学問領域の共通目的になると信じております。


ヒトはVBを通じて私的事象の交換を行う

ここまでのお話から、あらためて“コミュニケーション”がどのように捉えられるかを考えてみたいと思います。私は、コミュニケーションとは、話し手と聞き手が互いに入れ替わり、私的事象の交換がなされ、相手のVBの手がかりとなる弁別刺激を提示したり、VBを支えたりする場であると考えております。

一般的な場面での例を挙げましょう。少なくともコミュニケーションでは、“合図”、“打ち合わせ”、“語り合い”、“付け合い”という4つの機能的な相(モード)を見出すことができます。合図とは、「自分が安全な人物である」「今、ここにいる」という挨拶や声がけを意味します。打ち合わせは、仕事上の報告、連絡、相談などを意味し、共通の目的を達成するために協働して物事にあたるために必要なものです。語り合いとは、そうした特定の目的を立てずに、人々に積極的に私的事象を開示させるというものです。最後の付け合いとは、連歌や連句で前句に対して次の句を付けることをいいますが、今までに存在しなかった新しい私的事象を提出することで、たとえば相手のより高いレベルでの発言を引き出す的確な質問をしたりするなどして、発想や発見を促すものです。

これらいずれにおいても、コミュニケーション成立のためには、相手にとっての弁別刺激と強化子となるVBを皆さんが創り出さなくてはなりません。皆さんのコミュニケーションには果たして、どの“相”モードのVBがどれほど使われているでしょうか。今一度、職場や家庭でのコミュニケーションを今日お話しした観点から見直してみることも、コミュニケーション・ファーストにつながるのではないかと思います。

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