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“真面目に楽しく”をモットーに地域へ心理支援を届ける臨床心理士、松田 千広さんの思い

鶴川サナトリウム病院 臨床心理士/公認心理師 松田 千広さん

緑豊かな自然環境にある鶴川サナトリウム病院(東京都町田市)。東京都の認知症疾患医療センター*として認知症専門医療を提供するほか、認知症初期集中支援事業や認知症カフェなど、認知症になっても地域で自分らしい人生を送るための取り組みに注力しています。この病院で、認知症がある人やそのご家族に対し、さまざまな角度から心理的支援に取り組んでいるのが鶴川サナトリウム病院 臨床心理士**/公認心理師***の松田 千広(まつだ ちひろ)さんです。院内のみならず、地域にも活動の場を広げる松田さんに、高齢者領域の臨床心理士を目指した理由や、日々の仕事にかける思い、やりがいなどについて伺いました。

*認知症疾患医療センター:認知症専門医療の提供と地域医療機関や介護サービス事業者との連携を担う中核機関として都道府県および指定都市から指定を受けた医療機関が行う事業。

**臨床心理士:臨床心理学に関する専門的知識や技術を用いて心理状態の観察や人間のこころの問題にアプローチを行う“心の専門家”。公益財団法人 日本臨床心理士資格認定協会の認定資格。

***公認心理師:心理学に関する専門的知識や技術を用いて心理的な支援を行う専門家。公認心理師法に基づく国家資格。


高齢者領域の臨床心理士を志した理由

薬剤師をしている親の影響で、最初は自分も薬剤師になろうかなと思っていました。しかし、いろいろと調べているなかで、薬を使わずとも人を元気にしたり、癒したりできる治療(非薬物療法)があることを知りました。また、親からは「薬にはよいところもあるけれど、副作用もあるんだよ」と子どもの頃から言われてきたこともあり、非薬物療法ができる臨床心理士という仕事に興味を持ち始めるようになりました。

臨床心理士になるためには原則大学院を修了する必要があり、2年間大学病院の精神科で実習を行いました。私が実習に行っていた曜日は高齢の人が多く、認知症やうつ病、統合失調症など症状はさまざまでした。

当時は、今ほどは高齢者の心理的支援に光が当たっていなかったこともあり、臨床心理士が支援する人の中心は若年者だと思い込んでいた私は「心理的支援を必要としている高齢の人がこんなにもたくさんいるんだ……」と純粋な驚きを感じました。でも、皆いずれは歳を取るのですから、考えてみれば当たり前のことです。そして、認知症の人が想像以上にたくさんいらっしゃることも、その時知りました。

実習を始めるまでは、NICU(新生児集中治療室)での母子に対する心理的ケアをしたいと思っていたのですが、高齢の患者さんと関わっているうちに、「この人たちが自分らしくよりよい人生を送るために、少しでも臨床心理士として関わることができれば……」と漠然と考え始めるようになりました。周囲の人からの「高齢者の臨床、向いていると思うよ」という言葉も後押しとなり、高齢者を中心に認知症の専門医療を提供している鶴川サナトリウム病院に入職を決めました。


病院だけでなく、地域にも活動の場を広げる

日々の仕事は多岐にわたります。病院では外来や病棟の患者さんに対する心理アセスメント(心理検査)、心理面接(カウンセリング)、病棟での集団心理療法、病棟カンファレンスへの参加が主な業務です。特に、当院は認知症疾患医療センターということもあり、多くの認知機能検査を実施しています。

病院だけでなく、地域の場に出向いて行う仕事も多くあります。たとえば、地域の公共施設を借りて開催している家族介護者向けの認知症カフェ“やわらかカフェ”の運営*、町田市から委託を受けて行っている介護者等相談などがあります。介護者等相談では月に一度、地域包括支援センター(高齢者支援センター)に行き、認知症の人のご家族やご本人を対象に面接を行っています。介護者等相談では、認知症についての知識や、認知症の人への接し方、介護ストレスへの対処法など介護者を対象とした相談のほか、告知後のショックや気持ちの落ち込みがあるご本人を対象とした相談などがあります。

また、認知症疾患医療センターの市民家族地域支援部門の一員として、多職種と協働して地域の人への啓発を目的とした講座やイベントの企画運営も行っています。

そのほか、当院臨床心理室の所属長としての管理業務や研究活動など、さまざまな業務を行っており、毎日楽しく仕事をさせてもらっています。

*やわらかカフェの取り組みについては、こちらのページをご覧ください。

臨床心理士をしていると、容易には受け入れ難い出来事に直面し落ち込んでいる人が、カウンセリングや認知症カフェなど人との関わりを通して自分の力を取り戻し、徐々に立ち直っていく姿を見る機会が度々あります。その人の目の前にある現実は変わらなくても、現実を受け入れて少しずつ適応していく様子を見たときに「すごいな……」と尊敬の気持ちでいっぱいになります。皆さんのそうした過程に関われることは、臨床心理士の大きなやりがいです。

ただ、臨床心理士ができることはごく一部でしかありません。さまざまな職種のスタッフが集まり意見を出し合って初めて、患者さんがよりよい人生を送るための治療やケアを実践することができるのです。そのため、多職種が集まり話し合う場では、まずは皆さんが気軽に意見を言いやすい雰囲気づくりを心がけるようにしています。

また職種が違えば、考え方や得意分野も当然違うので、お互いの意見を尊重することも大切です。そして、何でも1人でやろうとするのではなく、よい意味で周りを頼ることも、多職種で仕事をするときには意識しています。


せっかくやるなら真面目に楽しく

日々仕事をしていると、なぜか何をやってもうまくいかないとき、どうにもならなくて苦しいときも当然あると思います。しかし、そのようなときでも挫けずに続けていけば面白さが出てきて、最終的によい結果につながると思うのです。私はいつも、“せっかくやるなら誠実に、楽しくやる”ことを心がけています。せっかくやるのであれば、真面目に誠実に取り組んだほうが楽しいですし、そうすれば仕事の質もどんどん上がって、さらに仕事が楽しくなっていくはずです。

慢性期医療では、高齢者など人生の最期を迎える人と多く関わります。その方々が、人生の最期をいかにその人らしく過ごせるかは、慢性期医療に携わっている私たち自身の腕にかかっていると思います。最期を迎えようとしている患者さんに「よい人生だったな」と思ってもらえるようなケアや支援をしていくことは、私たちの使命でしょう。


慢性期医療の担い手を目指す人へ

1人の患者さんと長く関わることができるのは、慢性期医療の魅力の1つです。高齢の患者さんが多いので、年齢を重ねてきたからこそ出てくる達観した言葉や振る舞いなどには、日々ハッとさせられたり、学ばせてもらったりすることばかりです。

また、生活の場である地域で果たす役割が大きいのも、慢性期医療の特徴であり魅力です。特に、臨床心理士の地域における心理的支援はまだまだ発展途上ですので、これから開拓していく面白さもあると感じています。一緒に取り組んでいける仲間が増えていったらうれしいなと思います。

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