介護・福祉 2023.12.14
家族介護者向け認知症カフェ“やわらかカフェ”――安心して何でも気軽に話せる場づくり
鶴川サナトリウム病院 臨床心理士/公認心理師 松田 千広さん
2025年には高齢者の約5人に1人が認知症になるといわれている日本。今や認知症は身近な存在であり、認知症カフェ*も全国的に普及してきています。そうしたなか、認知症の人を支える家族介護者を対象に心理的支援を行っているのが、鶴川サナトリウム病院が運営する“やわらかカフェ”です。月に一度、地域の公共施設で開催されています。やわらかカフェで支援に取り組む松田 千広(まつだ ちひろ)さん(鶴川サナトリウム病院 臨床心理士**/公認心理師***)に、認知症の人の家族介護者が抱えている課題、やわらかカフェの取り組みや思いなどについてお話を伺いました。
*認知症カフェ:認知症の人やその家族、支援者、地域住民などが集まり、気軽に交流や情報交換をする場のこと。
**臨床心理士:臨床心理学に関する専門的知識や技術を用いて心理状態の観察や人間のこころの問題にアプローチを行う“心の専門家”。公益財団法人 日本臨床心理士資格認定協会の認定資格。
***公認心理師:心理学に関する専門的知識や技術を用いて心理的な支援を行う専門家。公認心理師法に基づく国家資格。
やわらかカフェのはじまり
当院のある東京都町田市は、もともと福祉活動が盛んに行われてきた地域です。NPO法人や社会福祉法人による認知症カフェも市内随所で開催されています。その中の1つであり、スターバックスコーヒーとコラボレーションして町田市が主催している認知症カフェに、2017年から鶴川サナトリウム病院の複数の専門職で参加させていただくようになりました。2018年からはカフェの司会進行などを主催者と一緒に担当させていただくようになり、次第にメンバー間で「自分たちでも認知症カフェをやりたいね」という意見が出て、2019年に一緒に参加していたメンバーで認知症カフェを立ち上げることにしたのです。これが“やわらかカフェ”の始まりです。
最初は院内売店のイートインスペースで、認知症があるご本人やそのご家族、支援者、地域の人などが誰でも参加できる形式で始めました。しかし開始してすぐ、新型コロナウイルス感染症の影響により活動停止を余儀なくされ、市内にあるほかの認知症カフェも軒並み活動ができなくなりました。
支援の場が失われてしまった状況のなか、当院に来院される家族介護者や地域の支援者の方々から「家族の介護負担がかなり高まっている」という話を聞く機会が増えるようになりました。介護疲れにより心中を考えたり、家族に手をかけてしまったりするかもしれないという危機感を訴えている人が増えているなど、非常に切迫した状況だという話も耳にしました。
「この状況を少しでもよくするために、できるだけ早くカフェを再開できないだろうか……」。院内で議論を重ねた結果、人数制限と感染対策を講じたうえで、家族介護者に対象を限定してやわらかカフェを再開することにしたのです。
「家族のことだから」と1人で抱え込んでしまう家族介護者は多い
家族介護者が抱える問題はさまざまです。認知症では、物事が覚えられなくなる、理解・判断力が低下する、自分が今置かれている状況が分からなくなる、物事を効率よく行うのが難しくなる――などの症状がみられるようになりますが、外見に変化が現れるわけではありません。これまでと同じ姿であるにもかかわらず、以前は当たり前にできていたことが段々とできなくなっていく家族を目の当たりにすることで大きな戸惑いを感じる人が多くいらっしゃいます。
また認知症は、日によって状態や、できること/できないことが異なる人もいます。そのため、昨日はできなかったことが、今日は問題なくできている様子を見て「本当にできないのだろうか……」と疑ってしまうことがつらさに直結することもあります。妄想や徘徊、暴言・暴力、抑うつなどの症状がみられる人もいて、こうした症状への日々の対応に苦労されている家族介護者の人が多いのも現状です。
また、認知症の人のサポートの大変さは、当事者以外には伝わりづらいという問題もあります。そのため、日々のつらさを周囲の人に打ち明けてみても「あなたが何とかするしかないんじゃない?」「それは大変ね」などと他人事のように言われてしまい、結果的に自分1人で抱え込んでしまう人が多いのです。家族が認知症であることを伝えるのが恥ずかしいと感じ、そもそも誰にも相談できない人もいます。
しかし、認知症に対して恥ずかしさを感じる必要もなければ、1人で抱え込む必要もありません。私たちのように普段支援に関わっている立場からすれば、“今は皆の手を借りながら認知症の人を支えていく時代”という考え方が浸透しているのですが、家族介護者の多くは介護の初心者です。周りをうまく頼るコツや手段が分からないのは当然です。頼ることを甘えと思ってしまうこともあるようです。
日々介護を続けるご家族にもそれぞれの人生があります。頑張りすぎて体も心も疲れきってしまえば、自分らしい人生を送ることが難しくなります。結果的に認知症の人のケアも行き届かなくなることも懸念されます。認知症のご本人へのケアはもちろん大切ですが、家族介護者に対する精神的なケアも同じくらい大切なことだと思っています。
安心して自由に何でも話せる場に
やわらかカフェには、同じ立場にいる人の話が聞きたい、話を聞いてほしい、情報を得たい、どのように介護をしているのか知りたい――などの理由で参加される人も多くいらっしゃいます。参加者の皆さんには、輪になってざっくばらんにお話をしてもらいます。認知症カフェによっては、講演会やミニ演奏会を催しているところもありますが、やわらかカフェには特別なイベントはありません。家族介護者の皆さんが安心して、ただ自由に会話ができる場を提供することが私たちの仕事だという思いで、やわらかカフェを運営しています。
当院からは、臨床心理士、精神保健福祉士、薬剤師、看護師の4職種が参加しています。医療機関が運営している認知症カフェは少ないので、正確性の高い情報や知識が得られるのは1つの特徴かもしれません。ただ、私たちから何かを教えてあげようという考えはありません。もちろん、専門職としてお伝えしたほうがよいと判断したことがあればお伝えしていますが、基本的には皆さんが自由にお話しできる場にすることを第一に考えています。それに、皆さんのお悩みに私たちが答えるよりも、同じ経験をしている人の言葉のほうが心にスッと入ることも多いのではないかとも感じています。
また、白衣を着ている人がいると少し身構えてしまうと思うので、少しでも気楽に話ができるように、私たちも私服で輪の中に入れてもらっています。皆さんが普段生活をしているフィールドに集まりの場をつくりたいという思いで、病院ではなく駅近くの公共施設で開催していることも、やわらかカフェの特徴です。
やわらかカフェの様子
参加者の方々に対して行ったアンケートでは、やわらかカフェに参加したことで「知識や情報を得ることができた」「現実的な対処法を獲得できた」という回答のほか「介護者同士で交流するなかで心理的な支えが得られた」と答えた人がとても多くいました。参加者の中には、日々の思いの丈を打ち明けるなかで涙してしまう人や「毎日がつらいけど、次のカフェの日まで頑張ろうと思いながら過ごしています」とおっしゃってくださる人もいます。
また、やわらかカフェには、ご家族が施設に入所されたり、お看取りをされたりして一区切りついた後も継続して参加してくださっている人もいます。実際に経験した人からお話を聞くことで現実を知るつらさを感じつつも、将来に対して心構えができることも、やわらかカフェの意義なのかなと感じています。
必要としてくれている人がいる限り、続けていきたい
現在、家族介護者が気軽に会話や相談ができる場はあまり多くありません。将来的には、家族介護者向けの認知症カフェの取り組みがもっと広まり、誰でも必要なときにアクセスできる地域インフラのような存在になればよいなと感じています。私たちとしては、やわらかカフェを大切な場と思ってくれている人がいる以上、この取り組みを絶やさずに継続していきたいと思います。
また先に述べたように、やわらかカフェは駅近くの公共施設で行っていますが、今後は“出張やわらかカフェ”のような形で、私たちがいろいろな地域に出向いていく取り組みも行ってみたいと思っています。そうすれば、必要とするより多くの人に支援を届けられるかもしれません。
やわらかカフェには課題もあります。やわらかカフェは参加者を家族介護者に限定していますが、本来はさまざまな立場の人が参加できるのが認知症カフェの理想的な姿です。ただ、家族介護者しか参加していないからこそ赤裸々に話せることもたくさんあるので、家族介護者に参加を限定するのもそれはそれで意義があることだと感じています。家族介護者向けの認知症カフェと誰でも参加できる認知症カフェ、その2つを両立できるような構造をこれから模索していきたいと思います。