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看護師特定行為研修に関する現状の課題、慢性期医療の質向上について

多摩川病院 理事長 矢野諭先生

“看護師特定行為(以下、特定行為)に係る研修制度”とは、本来医師しか行えない医療行為を、医師の手順書に基づき実施できる看護師を養成する国の研修制度です。日本慢性期医療協会(以下、日慢協)が行う特定行為研修を修了した看護師は、医師の配置が少ない慢性期病院や介護施設、在宅医療などの現場で活躍し、“チーム医療のキーパーソン”となることが期待されています。特定行為研修に関する現状の課題、診療の質を維持するために必要なことについて日慢協 特定行為研修委員会 委員長を務める矢野 諭(やの さとし)先生(多摩川病院 理事長)にお話を伺いました。


特定行為研修に関する現状の課題と展望

現場へのメリットが数値化できていない

現状の課題は、特定行為研修制度の認知度がまだ低く、研修修了者がまだ少ないことです。目標は10万人ですが、まだ修了者は2千数百人です。その理由はいろいろ考えられますが、1つには特定行為研修を修了した看護師がいることによる現場へのメリットを数値化できていないことが挙げられます。たとえば在院日数、患者満足度、特別養護老人ホームにおける医療機関の受診回数、時間外業務の時間などを始めとして、数値化による評価が可能なさまざまなメリットがあるはずです。特定行為研修制度の意義を明らかにすべく、現在進められているのが、東京大学による特定行為研修修了者の活用に関するアウトカム評価指標を用いた研究です。当協会は230名の修了者を出しており、いくつかの協会会員の医療機関、介護施設に協力を仰ぎ、精密な指標に基づき調査研究が進行しています。これらの結果が集積されれば、診療報酬上の評価にもつながる可能性があります。

 

医師の理解が得られないケースがある

欧米の諸外国と比して、未だに日本の看護師が持つ責任範囲や権限は狭いです。医師を中心とした封建的な要素が残っていることは否定できません。このような背景から、現場で特定行為実践に際して医師の理解を得られない、という課題もあります。たとえば、適正使用でない抗菌薬投与の可能性について医師に尋ねたところ「看護師のくせに」と言われたケース、別の例では「看護師は勉強が足りない」と頭ごなしにけなされた、という話も耳にしました。協力的な医師も多いことは当然ながら、このような理解のない医師の存在はチーム医療の妨げになり、何より患者さんへ不利益をもたらす可能性が高く、周囲の看護師たちは日々つらい思いをしているはずです。医師側は看護師が学んだことやその思いを理解し、共によりよい医療を提供するべく協力しなければなりません。

 

チーム医療、多職種協働の第一歩は、良好な医師・看護師関係の構築から始まります。

特定行為研修を修了した方々にお伝えしたいのは、よりよい医療を提供するために、どうか諦めずに現場を変えていってほしいということです。研修で学んだ医学的根拠に基づき、医師と患者さんの診療、ケアをめぐってどんどん合議、討論の機会をつくってください。皆さんのはたらきかけにより、きっと医師も少しずつ変わるでしょう。そして、チーム医療のキーパーソンとして現場を支えていただきたいと思います。逆に、標準化された診療のできない、我流の独断的な医師は孤立していくことになるでしょう。質の高い特定行為研修修了看護師が増加することは、患者さんにとってだけではなく、組織にとっても地域にとっても、国全体にとっても良好なアウトカムをもたらすことを確信しています。

 

写真:PIXTA


特定行為研修で学んだことを維持・実践するために

現場で実際にその知識・技能を繰り返し実践する

研修で学んだことを維持・実践するためには、現場で実際に習得した知識・技能を使うことがもっとも大切です。現場の医師などに協力を仰ぎ、たとえば最初は医師に確認してもらい、次回から自分だけで実践するなどして、学んだことを存分に生かしてください。モチベーションが高い方が研修にいらしていると思いますので、ぜひ現場で大いに能力を発揮してほしいです。当面は現場での実践そのものが研修の継続になります。

 

フォローアップ研修で理解を深め実践につなげる

特定行為は、実践しなければ忘れてしまいます。定期的な知識、技術の確認、レベルアップは生涯にわたって継続が必要です。フォローアップ、再履修の要望は当初から強く、日慢協では、特定行為研修修了者を対象に“フォローアップ研修”を実施しています。プログラムは2日間、シミュレータを用いた実技研修および症例検討による実践演習(グループワーク)の時間を十分に設け、現場での実践に直結するようにしました。フォローアップ研修の内容は当然通常研修の内容よりもレベルアップさせたもので、毎回適宜追加・変更を加え、同じ修了者が連続で参加しても役立つようにしています。ある程度経験を積んだ修了者でも、意外に知識・理論の修得が不完全であることに気づく場合も多く、フォローアップ研修の必要性を毎回痛感しています。修了者が増加すればするほど、“質”の担保も重要になってきます。


特定行為に係る指導者育成事業について

研修の効果を上げるためには、本研修制度の内容と意義を理解した優秀な指導者の存在が必須です。育成事業として厚労省の要請もあり、協会でも1年に2回、特定行為に係る指導者を育成するために、“指導者講習会”を実施しています。対象は特定行為研修に指導者として携わる予定の医師、看護師、歯科医師、薬剤師などで、新型コロナ感染拡大の影響で、こちらも主にウェブ講習を行っています。

本研修制度の重要性が次第に認識され、近年の指定研修機関の急増に伴って、当協会の研修受講者の所属先も多様化しています。最近では日慢協の非会員である大学病院を含む高度急性期病院の方も各地から多数参加してくれるようになりました。グループ作業が中心のため、毎回活発な意見交換が行われ、急性期と慢性期の情報共有の場にもなっています。また、協会の研修修了者が今度は指導者の立場として必ず数名参加するため、グループ内の議論の進行が円滑に行われることも多いです。


特定行為の研修受講や実践を目指す人へ

日慢協の特定行為研修は必修科目も多く、生半可な気持ちでは修了に至るのは難しいと思います。しかし、現場で培った“経験”にサイエンスの視点が加わることで、患者情報の収集、アセスメント、アートの視点としての“療養上の世話”にも、科学的根拠に基づいた精緻化が生じてくるでしょう。さらに、医師の思考過程の理解が深まれば、医師・看護師関係も良好となり、チーム医療の充実にも寄与できるでしょう。

特定行為の導入により、現場も随分と変わりました。実際に自分が勤務する多摩川病院でも特定行為研修を修了した看護師が5名活躍しており、チーム全体のレベルアップに貢献しています(2021年1月時点)。気管カニューレの交換、褥瘡(じょくそう)処置、輸液内容の調整、最近では末梢留置型中心静脈注射用カテーテル(PICC)の挿入など、医師のサポート機能も大きいです。特定行為を行える看護師がいることで、院内スタッフや患者さんの安心感も高まったようです。参加される皆さんの熱意やモチベーションの高さには、いつも驚かされます。私たち講師陣は、そのような方々の気持ちに応えるべく、研修内容をアップデートし続けています。特定行為研修を活用し、ますます多様化する慢性期医療の現場であなたの知識・技能を生かして存分に活躍してください。


慢性期医療の質向上を目指して

“慢性期医療の質”を客観的・具体的に評価する動き

武久 洋三(たけひさ ようぞう)先生が2008年に日慢協の会長に就任され、15の委員会をつくられました。その1つに“診療の質委員会”があり、元々関心の深い分野だったためそのときから日慢協の委員会に直接参加させていただきました。現在、「良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない」という理念はすっかり日慢協の中に浸透していますが、当時は慢性期医療の質を表す具体的な指標がありませんでした。そこで診療の質委員会が中心となり、“良質な慢性期医療とは何か”を客観的かつ具体的な指標で表そうという流れが起きたのです。

 

慢性期医療の質はどのように測るのか?

慢性期医療における診療の質を測る指標として、2010年5月に協会の診療の質委員会が“慢性期医療のCI(クリニカル・インディケーター)Ver.Iを策定しました。慢性期医療CIは、「慢性期医療における診療の質は急性期医療とは異なる観点から評価されるべきである」との考え方に立って、慢性期医療の特徴と現場の実情を反映すると考えられる以下の10領域(大項目)を決定し、さらにそれを項目に細分化したうえで、計算による定量化が可能な62指標を策定しました。その後2014年4月には、一部に追加・修正を加え、病院指標と病棟指標に分類した10領域67項目の改訂版(Ver.II)を公表しました。

 

【慢性期医療CIの10領域】

  • 医療
  • 薬剤
  • 看護・介護
  • リハビリテーション
  • 検査
  • 栄養
  • 医療安全・院内感染防止対策
  • 終末期医療
  • チーム医療
  • 地域医療

*慢性期医療CIについて、詳細はこちらをご覧ください。

 

慢性期医療のCIは、複雑化・多様化・高度化した慢性期医療のスタンダードを提示し、確かに診療の質向上に寄与しました。しかし近年、慢性期医療はますます多様化、高度化、複雑化し、CI初案策定時には存在しなかった地域包括ケア病棟(2014年新設)が持つ多彩な診療機能の反映、すなわち“慢性期治療病棟”として、軽度から中等度の急性期機能や慢性期救急を含めた視点なども必要であることが明らかになってきました。結局のところ病院とは、慢性期・急性期を問わず、適切な治療をしてできるだけ早く患者さんを退院させるところなのです。

また、診療の標準化が求められ、一般の急性期医療との共通部分も明らかになってきました。新設された協会の“診療機能評価基準委員会 (委員長:矢野 諭先生)”においても、質の評価という観点ではこれまでの慢性期医療のCIの内容では不十分であり、種々の意味で指標の見直しを行うべきであるという方向性が決定しました。また、協会でも指標名は“臨床指標CI(Clinical Indicator:クリニカル・インディケーター)”ではなく、最近汎用される“臨床の質指標:QI(Quality Indicator:クオリティ・インディケーター)”という用語を使用することになりました。これらを質評価において、急性期医療で使用されている指標も積極的に導入し、かつ慢性期特有の病態を十分加味したうえで、診療報酬上の加算項目も考慮した新たな“質指標”の策定が必要となりました。

そこで、これまでのCIの大項目はそのまま生かして、2019年に矢野私案として“慢性期指標(100項目)”を策定し公表しました。従来のCIのように、100項目全ての項目の達成を目指すという考え方や、他院と点数を比べるなどという使い方ではなく、あくまでこの項目の中から病棟機能に応じて、自院で達成可能な項目を選択し、“診療の質”を点数化して月・年単位などで定点観測し、PDCAサイクルを回して質の向上に役立てるという活用の仕方がよいと思います。

医療が存在する限り、質の向上が求められるのは必然です。構造(ストラクチャー)、過程(プロセス)、結果(アウトカム)に対するQIを用いた質評価の流れはさまざまな分野において、日本でも一般化、慣例化、常識化してきました。QIの標準化、活用の仕方についても、さまざまな取り組みが企画されています。特定行為研修修了制度導入の評価にも、QIを用いたアプローチが導入される日は遠くないでしょう。

 


診療の質、特定行為研修に携わる矢野先生の思い

元々は北海道の慢性期病院である南小樽病院で病院長をしていました。先述の“診療の質委員会”の委員長に就任したのは2010年で、その後、東京での仕事が増えてきたため、2013年10月に居を東京に移しました。現在は、日慢協の武久 洋三会長が代表を務める平成医療福祉グループに属する東京都調布市の医療法人社団 大和会(だいわかい)多摩川病院の理事長を務めています。同一法人が経営する足立区の平成扇病院や聖和看護専門学校にも出向しています。単身赴任なので家族とは別々に暮らしていますが、一人暮らしを楽しんでいます。現在の自宅は、日慢協の事務局から徒歩10分以内のところです。

自分の基盤は外科・急性期医療でしたが、今は慢性期医療に携わっていますし、日慢協のさまざまな活動にも注力しています。特に今回お話しした診療の質委員会、看護師特定行為研修に関しては、自分のライフワークだと考えて尽力してきました。しかし、今のところまだまだ満足すべき成果が出ているとは言い難いです。ただ、診療の質委員会で武久会長との出会いがなければ、今の自分はここにはいないでしょう。人生、何かがきっかけで、どうなるか分かりません。もし北海道にとどまっていたら、協会の副会長に選任されることもなかったでしょうし、診療の質の評価や看護師特定行為研修をはじめとする日慢協の活動に、このように積極的に関わることは絶対にできなかったと思います。武久会長には心の底から感謝しています。

 

この激動の時代を生きる若手医師の方々は、皆さん本当に頑張っています。臨床研修のカリキュラムもたいへん充実していますよね。私自身がそうであったように、まず急性期で自分の臓器別専門性を十分に修得した後に、総合診療医として慢性期医療への道を選択していただくのもよいと思います。高度救命救急と先進医療、スペシャリストの重要性は自分も十分に理解しているつもりです。今回の新型コロナウイルス感染拡大を通して、高度急性期医療の重要性が国民にも再認識されたでしょう。そして、治療後の後方支援病院、慢性期病院の重要性が強調されてくるのはこれからです。新型コロナウイルス感染の動向にかかわらず、今後も慢性期医療の必要性・重要性が減少することは決してありません。そのなかで特に、総合診療医の需要がますます増加します。そして、総合診療医と特定行為研修修了看護師が、“良質な”慢性期医療を支える車の両輪だと思っています。

 

慢性期医療の特性を考慮した“総合診療医”の育成プログラム、特定行為研修テキストの改訂、医療療養病棟における“医療区分に替わるあらたな診療報酬体系”の構築と高度急性期から在宅までの医療の連続性の維持を目指す“慢性期DPC”の具体化、臨床倫理とACPなど、まだ自分が今後さらに取り組みを進めていきたいテーマはいくつもありますが、どの分野においても医療に求められるのは“質”の担保です。これからも多くの取り組みを通して、慢性期医療の質向上に貢献していきたいと考えています。

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