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病気を治すだけではない、大切なのは「生きがい」作り――地域医療への思い

志摩市民病院 院長 江角悠太先生

全ての人を幸せにする――。志摩市民病院の院長である江角 悠太(えすみ ゆうた)先生はこれを目標として掲げ、一生腰を据える覚悟で地域医療の世界に飛び込みました。志摩市の高齢者を幸せにし、ゆくゆくは日本中、世界中の人々を幸せにしたいと語る江角先生に、地域医療に対する思いや取り組み、展望を伺いました。

*2022年1月、日本地域医療学会が発足しました。


病気を治すだけでは、人は幸せにはならない

日々の診療で高齢患者さんのお話を聞いていると、多くの人がよく「これ以上生きていても仕方ない」と口にします。特に大きな病気を抱えているわけではありません。にもかかわらず、いつ死んでもよいと思いながら生きていくことほど、つらいことはないでしょう。

 

地域医療に携わるなかで、田舎では歳を取れば取るほど孤独になっていくということを実感してきました。周りの同級生は亡くなっていくか施設に入り、家族は都会へ移り住み、家の外からも中からも人がいなくなる。孤独に苛まれた状態では、いくら病気を治して健康を維持したからといって、幸せにはなりません。幸せに生きるために必要なのは「生きがい」なのです。

 

では、そんな生きがいを作るには、どうしたらよいのだろうか。そう考えたとき、やはりそれは近くにいてくれる家族だと思うのです。もしくは、自分より歳の若い友人・知人でもよいでしょう。医療という手段を使って、誰もが住み続けたくなる地域を作る方法を見出し、それを志摩市から全国、ひいては世界中へ広めていくことが、私が生きている間にやらなければならない課題です。


地域医療の問題解決に向けた取り組み

そのための取り組みの1つとして、3年前に創設したのが地方創生医師団(TAO医師団)です。全国のへき地の病院に出向き、医学生を集めて年に1回勉強会を開催しています。創設のきっかけは、当院に実習できていた医学生との出会いでした。彼は地域医療を志して医師になったにもかかわらず、「地域医療なんてやめておけ」などと周りから言われ、医師を目指す理由を見失っていました。

しかし、当院で1か月実習をしているうちに、「こんなにも自分がやっている医療は周りに必要とされることなんだ」と気付いたそうです。医師になる理由がやっと見つかった、と顔を輝かせている様子を見て、「こういう医学生を応援してあげられる場所があれば」と思ったのです。勉強会には地域医療を志す学生が集まります。お互いに悩みを打ち明けあったり、1人じゃないと知ってもらったりすることで、地域医療を志す気持ちを高められるような場所を提供できればと思っています。

また、参加者は医学生だけでなく、市長や議員、病院職員など、あらゆる立場の人々が参加され、中にはこのまま田舎で働いていてよいのかと思い悩んでいる人も少なからずいます。こうした情報交換の場は、自分が田舎で働いていることに自信を持てるよい機会になるのではないかとも感じています。

第2回 地方創生医師団シンポジウムの様子(北海道芽室町にて)

シンポジウム後のキャンプファイア

 

もう1つの取り組みは、2022年4月から当院で実施する病院長養成コースです。3年間副院長として、病院のマネジメント業務を経験してもらったり、地域が抱える目の前の問題に一緒に取り組んでもらったりする予定です。2022年1月に日本地域医療学会が発足しましたが、ゆくゆくは本学会の所属病院にも同じような取り組みをしていただければと思っています。

こうした取り組みを、これから先地道にやり続けていけば、全国のへき地にある病院がもう一度再生を果たす道が開けると考えています。そして人が戻り、産業が再び活発になり、充実した教育も受けられる――。こうした流れを作れれば、「日本のどこに住んでも幸せ、むしろ田舎のほうが幸せかもしれない」と、人々の価値観を大きく変えることができるかもしれません。


地域医療へいざなってくれた患者さんとの出会い

患者さんのためと思っていた医療が、自分のためだったことに気付いた

私が今こうして地域医療に身を投じているきっかけを作ってくれたのは、1人の患者さんとの出会いでした。初期研修医2年目、鹿児島県の徳之島という離島での出来事です。

 

患者さんは、以前に2度もCPA(心肺停止)を繰り返しており、ほとんど寝たきりの状態でした。その日、肺炎で入院され、今晩には息を引き取るかもしれないことを息子さんに伝えると、彼は「何かあったら、心臓マッサージで蘇生させてください」と。心臓マッサージをしても回復する見込みはないと何度説明しても、蘇生をしてほしいというのです。私としては無意味な心臓マッサージはしたくありませんでした。肋骨(ろっこつ)は折れ、肺から出血し、全身がボロボロになるのです。

その後も息子さんを説得し、なぜそこまでして蘇生してほしいのか理由を問うと、「隣の島にいる妹に会わせたいから」とのことでした。しかし、その娘さんも事情を知っているにもかかわらず、なかなか病院に来ません。しかし息子さんは、妹が来るまでは何かあったら心臓マッサージをして生かしてほしいと言うのです。

すると次の日の朝、夜行船に乗って娘さんが病院にやって来ました。すぐさま患者さんの病室に連れて行き、娘さんが声をかけた瞬間、患者さんの両目から大量の涙がじゃぶじゃぶと溢れ出てきたのです。その10秒後、患者さんは息を引き取りました。

 

その患者さんの姿を見たとき、「自分は一番なってはいけない医者になっていたな」と思いました。患者さんの意思をまったく聞いていなかったことに気付いたのです。患者さんは、娘さんに会うために最後まで頑張って生き続けたのです。それをまったく考えることなく、自分がやりたい医療、正しいと思い込んでいる医療を、患者さんに押し付けているだけでした。

写真:PIXTA

 

患者さんの本音を聞き出す

それから私は、患者さん本人の意思決定支援に対し、強い信念を持つようになりました。たとえば、入院患者さんの退院先が施設に決まったときには、スタッフに「本当に患者さんが施設に行きたいと言ったのか」と必ず聞きます。よくよく話を聞くと、本当は家に帰りたいと思っていても、家族や周りの人に遠慮して言い出せないがために、施設に行くと言う患者さんがほとんどだからです。患者さんが最初に言った言葉をそのまま信じるのではなく、しっかりと本音を引き出すことは常に徹底しています。患者さんや家族が何か重大な選択をしなければならない場合、医療従事者はどうしても家族の意見を最初に聞きがちです。しかし私たちの役割は、家族の意思決定支援ではなく、患者さん本人の意思決定支援なのです。

 

病気の治療以外にも、医師ができることはたくさんある

そして、この患者さんと出会ったことで、「治療ができない患者さんに、それでも医師として関わろうとする医師は日本にどれだけいるのだろう」と思うようになりました。急性期病院で研修をしているとき、治療ができなくなると、途端に患者さんへの興味を失ってしまう医師を多く見てきました。しかし、治療ができなくても、医師としてできることはたくさんあります。医療に関する選択をする際、決定権はもちろん患者さんにありますが、最終判断を下すのは医師であることがほとんどです。この部分で患者さんを助けたいと思ったことが、地域医療に興味を持ったきっかけでした。

病気を治すことはできなくても、最期の一瞬まで幸せな人生を過ごしてもらうために、医師としてできることはたくさんあります。12年前にそう教えてもらってから、今もずっと心に深く留め続けています。

写真:PIXTA


地域を元気にするために、医療という分野をどんどん活用してほしい

誰もが住みやすい地域を作るためには、医療はとてつもなく重要な分野です。若いうちはよいかもしれませんが、人はいつか歳をとり、医療を必要とする時が来ます。いくら産業が活発であっても、医療がなければ住み続けられる場所にはならないのです。

よい病院を作ることは、地域をよくするための手段でしかないと思っています。医療従事者は病気を治しただけで人を救った気になってはならず、病院の外にもっと目を向けていくべきでしょう。

また、医療というキーワードを、医療従事者だけでなく、ほかの業界の人たちにも活用してほしいと思っています。病気を治すことだけが医療ではありません。その地域を元気にするために、地域の資源として医療をどんどん使ってほしいです。


どこに住んでいても「生きていてよかった」と言えるように

18歳で「全ての人を幸せにする」という目標を立ててから、早くも20年が経ちました。

ここまで続けてこられたのは、私の突拍子もない考えに賛同し、手を差し伸べてくれた多くの人たちがいたからです。おかげで、一歩一歩、牛歩ながら着実に目標に近づいていることを実感しています。ここからの残りの人生、30、40年は少しペースを上げていきたいと思っています。

そして、この意思は死ぬまで後輩に伝えていきたいです。日本の田舎が抱える少子高齢化・人口減少問題は、これから世界各地でも起こり得る問題です。その解決法を志摩市で生み出すことができたら、私と同じ思いを持った数多くの同胞たちに、その解決法を日本モデルとして世界に広めていってほしいのです。

私が生きている間に、せめて日本だけでも、どの地域に住んでいても最期の一瞬まで「生きていてよかった」と言えるような世界に変えたいと思っています。老いは最悪だと思ってしまうこの世界を、どれほど老いていっても幸せだと思える世界に。ひたすら進み続ければ、必ず叶うと信じています。

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