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理想の介護を“実現”できる組織へ――科学的介護情報システム(LIFE)がもたらした現場の変化

城東病院 院長 佐藤 仁美さん

高齢化が進む日本では、介護サービスの需要が高まっています。質の高い介護を実現するため、厚生労働省は2021年より“科学的介護情報システム(LIFE)”の運用を開始しました。LIFEとは、介護施設がケアの内容や利用者さんの状態などを入力すると、そのデータが分析され、各施設へフィードバックが行われるシステムです。根拠に基づいた質の高いケアの提供が期待される一方、細かなデータ入力などが必要になることから現場では混乱が生じることも少なくありません。そのようななかで、改善を続けながら職員一丸となって“質の高い介護の実践”に向き合うのが城東病院(山梨県甲府市)です。今回は、院長である佐藤 仁美(さとう ひとみ)さんに、LIFEを導入したきっかけや同院における運用体制、LIFEがもたらした変化などについてお話を伺いました。


“組織改革”をきっかけに2021年よりLIFEを導入

当院ではLIFEの運用が開始された2021年に、“組織改革の一環”として導入へ踏み切りました。当院は1983年に開院し、2023年には40周年を迎えました。開院当初は、一般的にも社会的入院(医療を必要としないものの家庭状況などを理由に病院に長期入院すること)も多くあった時代です。この頃から現在に至るまでに高齢者介護に関する法律の策定・改定がたびたび行われ、それに伴ってケアの在り方も“尊厳の保持”や“自立生活の促進”が掲げられるようになりました。そのなかで当院の状況を振り返ったとき、現代における介護の方針と大きなギャップがあることに気が付きました。「本来であれば、患者さんにもっと向き合わなければならないのではないか」と考えていた頃、それまでの介護療養型病床に代わり新たに介護医療院が法定化され、このことをきっかけに当院の“組織改革”がスタートしました。

当院でも“介護と医療の一体化”を目指して介護医療院を院内に開設しましたが、実際は理想とはほど遠い状態でした。「もう1歩病院を前進させるにはどうしたらよいか」と考えていた矢先にLIFEが始まり、これはよいチャンスかもしれない――そう思ったのがLIFEを導入したきっかけです。


“LIFEチーム”が先導しながら実際に入力を開始

LIFEを導入したとき、実は当院では電子カルテも導入して間もない時期でした。電子カルテをまだぽつりぽつり……とようやく入力している職員もいる状況で、さらに新たなシステムを開始するとなれば混乱が生じることは容易に想像できました。そのなかで少しでもスムーズに進めるために立ち上げたのが、“LIFEチーム”です。介護医療院に携わっている役職者や医事担当者を基本メンバーとし、職種については介護士・看護師・セラピストなど全ての職種がかかわる形でチームを作りました。実際に入力がスタートする前にまずはLIFEチームが概要や入力項目の分担、実際の入力方法などの知識をインプットし、マニュアルの作成や職員に向けた勉強会などを行いました。それでもやはり入力に時間がかかったり、エラーの続出でデータ提出ができなかったりするなど大変なことは多々ありましたが、LIFEチームがその必要性をしっかり理解し先導をしてくれたことで現在に至るまで運用が続けられています。


LIFEが現場にもたらしたあらゆる“変化”とは

専門職同士が協働し、よりよいケアを目指せるように

LIFEを導入してからというもの、職員間のコミュニケーションが以前よりも増え、またアセスメントも頻回になりました。LIFEではADL(日常生活動作)や栄養状態、排泄ケアなどに関する内容を200項目以上入力できます。このうち30項目が必須項目で、そのほかは任意項目とされていますが、当院では入力が可能な項目は全て入力することにしました。全職種が入力をする必要があり、入力のためには入所者さんの様子を全員がきっちり見に行かなければなりません。はじめは入力のために様子を見に行くようなこともあったと思いますが、今では自ら動き、“入所者さんのために入力する”という職員の意識の変化を感じます。これまで以上に入所者さんの状態をよく見るようになったのはもちろん、同じく入所者さんを見に来たほかの職員と「この人の状態だと、ここの入力はこう?」「私はこう思うよ」など会話が生まれることも多々あります。その結果、自ずと1人の入所者さんに対して複数の専門職が多角的に評価・検討できるようになり、あらゆる気付きを得られます。新しい気付きを得られるほどケアの幅は広がりますし、入所者さんの可能性を見出すことにもつながります。なお、そのようなやりとりが日常になったためか、看護師でありながら介護士の観点も持って評価ができたり、セラピストでありながら治療の必要性が理解できたりするなど、自身の専門領域+αの知識が身についている職員も増え、これはLIFEを導入したからこそ得られた成長だと感じます。

 

全員で”排泄支援”を理解し直すきっかけに

LIFEのフィードバックを通して、当院では排泄支援が大きく進みました。先に述べたとおり、LIFEを導入してすぐの頃は、とにかく入力して無事に送信することに皆が精いっぱいで、職員が入力している具体的な内容までは私もしっかり確認ができていませんでした。しかし、初回フィードバックが来たタイミングでその内容を見てみると、驚くことに“排泄支援の必要なし”という入力が8割近くあったのです。介護医療院や医療療養病床をもつ当院の実際の状況と大きくかけ離れているのは明らかであり、排泄支援について職員が正しく理解できていないことが分かりました。そこから「排泄支援とは何か」という根本の部分からあらためて全員で勉強をし、それぞれの専門職がどのように関われば自立排泄を促せるのかを検討・実践しました。これまではほとんどの人がおむつを着用していた当院ですが、今ではトイレでの排泄を目指すことが当たり前になっており、実際おむつから布パンツになった方も複数名いらっしゃいます。病気などの影響によりおむつを使用せざるを得ない人も多くいらっしゃるものの、そのような人であっても可能な動作は自ら行っていただくなど、自立を目指したケアを行うことに変わりはありません。LIFEのフィードバックがなければここまで排泄支援が進むことはなかったと思いますし、思いきって導入してよかったと感じます。

 

関連記事:排泄支援はまず知ることから――今の状態を当たり前にしない城東病院の取り組み


根拠に基づいた“質の高いケア”をより多くの人に届けたい

LIFEを導入してから3年ほどが経過しましたが、これからはフィードバックの活用の仕方を整備する必要があると考えています。初回フィードバックは内容に驚いた私が職員にはたらきかけたところ皆が積極的に動いてくれましたが、フィードバックを“いつ誰がキャッチして院内に投げかけるのか”というような仕組みはまだできていません。今後、改善の仕組みを整えることで、排泄支援の事例のように入所者さんへより質の高い介護が提供できる組織になれればと思います。また、LIFEにデータが蓄積され、将来的に“介護の根拠”が明らかになれば、今よりもっと効率よく、よりよい介護が提供できるようになると思いますので、LIFEの活用には大いに期待しています。

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