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排泄支援はまず知ることから――今の状態を当たり前にしない城東病院の取り組み

城東病院 療養支援部 マネージャー 山下 順子さん

介護施設では尿失禁などの排泄障害によりおむつを使用している人も多くいますが、城東病院の療養支援部でマネージャーを務める山下 順子(やました じゅんこ)さんは、トイレでの排泄を最初から諦めてしまう排泄支援に対して疑問を呈します。実際、城東病院では、おむつをつけることを当たり前とせず、入所した際にトイレで排泄が可能かどうかをまず確認することをルール化しています。今回は、排泄支援に注力する山下さんに排泄支援の重要性や実際に同院で行われている取り組みについてお話を伺いました。


排泄支援の重要性に気付いたきっかけ

理学療法士をしていたときから、排泄支援にはとても興味を持っていました。そのきっかけとなったのは、ある患者さんのご家族との会話です。回復期のリハビリテーションに従事していた当時の私は、自宅退院をするためには車いすなしで歩けるようになる必要があるとばかり思い込んでいました。ある時、車いすで退院される患者さんがいらっしゃったので、私は「(車いすで退院して)ご自宅で介護ができるのはすごいですね。でも、無理なさらないでくださいね」とご家族にお声がけしました。すると、「車いすかどうかはどちらでも構わない。トイレで排泄できるようになってくれたから、それだけでもう十分です」と言ってくださったのです。それを聞いて、自立排泄支援というのは自分が思っているよりも重要な要素なのだと知りました。

確かに、私たちはごく当たり前に行っている排泄ですが、もしいつもどおりの排泄ができなくなったらと考えたらどうでしょうか。きっと“当たり前に排泄できること”の大切さに初めて気付かされるはずです。また、排泄については人に相談することを恥ずかしいと感じる人も多く、少しの障害であっても社会的孤立につながる可能性があります。「気持ちよく排泄できることは人としての尊厳を保持するうえでも大事な要素なのかもしれない。それならば改善してあげたい」と思ったのが排泄支援に注力し始めたきっかけです。


よい排泄ケア=気持ちのよい排泄を考え提案すること

介護の現場では、よい排泄ケアというと“おむつ交換が上手なこと”だと捉えられがちです。しかし、その人にとって気持ちのよい排泄をするために何ができるかを考えることこそが、よい排泄ケアだと私は思っています。尿失禁自体は病気の影響もありますし、何も悪いことではありませんが、“その人らしさ”を失うには十分な要因になってしまいます。尿失禁のある人は、「外で出てしまったらどうしよう」という不安から外出を避けてしまう傾向にあり、実際私の父もそうでした。私の父は毎年、海外旅行を楽しんでいましたが、前立腺の手術を機に旅行に行きたくないと言い始めたのです。尿漏れを気にしてのことだと思った私は、尿取りパッドの使用を提案しました。飛行機の中で1回交換すれば済むよう吸収力の高い尿取りパッドを用意し、「これなら周りの人に気付かれることもないし、いつものお父さんでいられるから行っておいでよ」と送り出しました。旅行から帰ってきた時には「楽しんできた」と言ういつもどおりの父で、まさに“父らしい姿”がそこにありました。

中には尿失禁を気にしていない人もいらっしゃいますが、おむつが気になったりかゆみがあったりして大好きなおしゃべりや手作業などが楽しめないのであれば、その時点で“その人らしい過ごし方”とは言えません。排泄はデリケートな問題で、なかなかご本人からは言い出しにくい場合もあります。治療で改善が見込めるのであれば治療をすべきだと思いますし、そうでない場合は介護士がいち早く気付き、その人の思いを汲んだうえで少しでも本来の排泄に近づけられるようなケアをするべきだと私は思っています。


自立の可能性を見出す排泄支援とは――城東病院の取り組み

入所時にリハビリテーションスタッフによる評価を実施

当院に入所する段階では、ほとんどの人がおむつを付けた状態で来られます。これまでは、おむつで入所された人は当院でも継続しておむつを使用していました。しかし、おむつをする前は皆トイレで排泄を行っていたわけですし、何も確認せずに引き続きおむつを使うことに私は疑問を感じました。そこで、当院では入所者さんの状態を問わず初日にトイレでの排泄が可能かどうか確認・評価することをルール化しました。

“トイレでの排泄”と一言で言っても、移動や衣服の着脱、便座に座る、そこから立ち上がるなど多くの動作が求められ、入所者さんの状態によっては骨折や転倒のリスクが生じてしまいます。そのため、身体評価は、体の機能や動作能力を見ることに長けているリハビリ職が担当します。股関節や膝関節などの可動域をはじめ、持病や神経障害など全身の状態を確認しつつ、座れそうな状態なのであれば椅子に座ってみていただきます。椅子に座れれば便座にも座れる可能性がありますし、座れない場合はリハビリによって座位を保持できるようになればトイレでの排泄が叶えられる可能性があります。このようにして、まずは現在の状態を専門職によって適切に評価し、自立排泄を叶える排泄支援の一歩としています。

 

トイレで排泄できない場合も一つひとつの生活動作を大切にする

拘縮(こうしゅく)*などがあり、おむつを使用せざるを得ない人もいらっしゃいますが、そういった人の場合も、おむつ交換のときに寝返りやお尻を上げるなど可能な動作はご自身でやっていただくようにしています。小さい動作であっても積み重ねていくことが自立につながりますし、いずれは尿を尿器で取れるようにもなるかもしれません。一つひとつの生活の動作は何かしら絡み合い、つながっていると思います。入所者さんの状態に関係なく、自立排泄に向かって一歩一歩を大切にすることが本来の排泄支援だと私は考えています。

 

*拘縮:病気などにより関節が動きにくくなった状態

 

可能性に目を向ける“本来の排泄支援”が当たり前に

2024年1月現在、城東病院の介護医療院は定員114床、そのうちの10人がおむつやリハビリパンツではなく、布パンツになった実績があります。介護医療院が開設された2018年当初は、布パンツの人は1人もいませんでした。114床のうちの10人ですので総数としては少ないかもしれませんが、医療と介護を長期的に必要とされる人が多い中で10人にまで伸ばせたことは大きな成果だと思います。そして何より、現在当院では“自立排泄を目指す”ことがスタッフ間で当たり前になってきています。「おむつを使っている○○さん、『トイレに行きたい』って言ってたよ!」「そういえば、最近○○さんの移動介助することが少なくなったね!」など、スタッフ間で明るい会話が聞こえることも多々あります。入所者さんの能力が上がったこともうれしいですし、スタッフたちがやりがいを感じている姿もうれしく思います。

自立排泄を促すことは決して簡単なことではありませんが、寝たきりの人も自立度が高い人も気持ちのよい排泄ができるよう、今後もスタッフ一同努力を続けていきたいと考えています。


排泄支援に関わる医療従事者、介護士の人へ

「きっとトイレでの排泄はできない」と、憶測で諦めてしまっている人もいるかもしれません。しかし、“もしかしたらできるかもしれない”という可能性を見出してあげることこそが排泄ケアの根幹であり、私たち介護スタッフの役割だと考えます。排泄は健康な人にとって目が行き届きにくい行為ではありますが、栄養状態・身体機能など全身状態が集約された重要な行為です。おむつ交換の上達やよい排泄ケア用品を選んであげることも大切ですが、まずは“その人らしさ”を自分事として考えることを忘れずに日々のケアに取り組んでいただきたいなと思います。

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