病院運営 2025.08.08
「高齢者に優しい透析を」新栄会病院・永田病院長の思いと慢性期医療の実践
社会福祉法人小倉新栄会 新栄会病院 永田 雅治さん
社会福祉法人小倉新栄会 新栄会病院のある福岡県北九州市は、政令指定都市の中でもトップを争うほど高齢化が進み、医療・介護ニーズが高い地域です。そうした地域において、同院は慢性期医療・高齢者医療に力を注ぎ、長年地域医療に貢献してきました。また、病院長の永田 雅治(ながた まさはる)さんは、腎臓内科医として高齢者に負担の少ない腹膜透析の実践・普及にも取り組んでいます。今回は永田さんに、地域における同院の役割や慢性期医療・高齢者医療への思い、腹膜透析の普及に向けた取り組みなどについてお話を伺いました。
地域から求められる、新栄会病院の役割
一口に“慢性期医療”や“高齢者医療”といっても、患者さんの状況や病状などによって必要となる医療・介護はそれぞれ異なります。当院では、できるだけ一人ひとりのニーズに沿った医療・介護を提供できるよう、“地域包括ケア病床”、“医療療養病床”、“介護医療院”の異なるタイプの病床・施設を用意しています。
もともとは医療療養病床と介護療養病床でしたが、介護保険法の改正に伴い、2018年に新たに“介護医療院”が創設されたことをきっかけに、介護療養病床の全てを介護医療院に転換しました。介護医療院とは、医療と介護ニーズを併せ持つ高齢者が長期にわたり療養できる介護保険施設の1つです。介護医療院には医師が配置されているので、介護を必要としている人に医療を提供するとともに生活面をサポートすることができます。
さらに、急性期治療後も継続したリハビリテーション(以下、リハビリ)や治療が必要な人に対応するために、医療療養病床の一部を“地域包括ケア病床”に転換し、在宅・施設復帰を支援しています。地域包括ケア病床はニーズに合わせて病床を増やすなど、環境整備に努めてきました。
また、当院は地域で数少ない社会福祉法人を母体とした病院です(2025年6月時点)。社会福祉法人には、社会的に困っている人を助けるべく事業を提供するという使命があり、当院の大きな役割の1つだと考えています。生活に困窮している人が経済的な理由で医療を受ける機会が制限されることのないよう、社会福祉法に基づいて無料低額診療事業を行っており、対象となる方には無料または低額で診療を提供しています。
訪問診療×訪問リハビリでよりよい在宅医療を提供
患者さんの中には、長期にわたり病院で過ごすよりも、最期まで住み慣れた自宅で暮らしたいと願う人がいらっしゃいます。そうした希望に応えるために、当院では訪問診療に力を入れてきました。訪問診療に対応できる常勤医が複数名在籍しており、地域の複数のクリニックとチームを組みながら訪問診療に取り組んでいます。緊急往診や自宅でのお看取りにも臨機応変に対応して、機能強化型在宅療養支援病院*の施設基準も満たしています。
一方で、訪問診療を続けてきた人でも「最期の最後はケアの行き届いた病院で迎えたい」と希望されるケースも少なくありません。当院では、こうしたご要望に応じて、いざというときに訪問診療から入院にシームレスに移行できる体制も整えています。
訪問診療の一環として訪問リハビリにも注力しています。月2回程度の訪問診療では把握しきれない困りごとをリハビリスタッフが拾い上げたり、医師とは異なる視点から新たな気付きを得たりすることもできます。また、医師には話しづらいこともリハビリスタッフには言いやすいこともあるようで、患者さんやご家族から伺った話を医師と共有できることも訪問リハビリのよさだと感じます。訪問診療と訪問リハビリの組み合わせによって、より中身の濃い在宅医療を実現できていると自負しています。
*機能強化型在宅療養支援病院:在宅療養支援病院(24時間体制で在宅医療を提供する医療機関)のうち、一定の緊急往診や在宅看取り件数などを満たした場合に届け出できる施設基準。
腹膜透析の普及に向けた取り組み
病院長として慢性期医療・高齢者医療に取り組むほか、私自身は腎臓内科医として、高齢者の腎臓病対策をライフワークとしています。
腎機能は高齢になるにつれて低下し、高血圧や糖尿病などの基礎疾患があるとそのスピードが速まります。日本における65〜90歳の健康診断データを用いた研究*では、85歳以上の約半数に慢性腎臓病があるとの報告もあり、まずは腎機能を長く維持するための対策が大切です。しかし、腎機能の低下が進み末期腎不全に陥ると、自身の腎臓では体の老廃物を十分に排出できなくなるため、透析療法などの腎代替療法が必要となります。
* Kobayashi A, et al. Clin Exp Nephrol. 2025 Mar;29(3):276-282.
腹膜透析が高齢化社会を支える鍵に
透析療法には血液透析と腹膜透析があり、国内に34万人ほどいる透析患者さんのうち約97%が血液透析を受けているといわれています(2023年末時点)。その背景には、血液透析を行う医療施設が全国的に整備され、「透析といえば血液透析」というイメージが定着していることや、腹膜透析を適切に実施できる医療機関や医師が限られているという事情があります。
しかしながら、血液透析は体外に血液を取り出して浄化し、体内に戻すため、特に高齢者には体にかかる負担が大きいうえ、基本的に週3回の通院が必要です。一方、腹膜透析はご家族のサポートを受けながら在宅でもできる治療法で、通院は基本的に月1回程度で済みます。さらに、透析液に含まれるブドウ糖は高齢者に不足しがちな栄養補給に役立つというメリットもあります。私は、体への負担を抑えられる腹膜透析こそ高齢の患者さんに適しており、高齢化社会を支える鍵になると考え、腹膜透析の普及に向けた取り組みを行っています。
腹膜透析の実践とともに普及活動にも力を注ぐ
当院の近隣にある小倉記念病院は腹膜透析を積極的に実施しており、毎年多くの人が腹膜透析を新たに導入されています(2023年度の新規導入数61例)。地域における腹膜透析の患者さんを長期的に支えていくために、当院は後方支援病院として腹膜透析の患者さんの入院を受け入れられる体制を整えています。また、腹膜透析は自宅でのバッグ交換など、ご家族など周囲のサポートが必要となるため、ご家族が不在にしなければならないときや休息が必要なときなどのために、腹膜透析患者さんのレスパイト入院*も受け入れています。さらに、通院が難しくなった患者さんのために訪問診療での腹膜透析の管理にも対応しています。
院内での腹膜透析の実践とともに力を入れてきたのが、全国各地での講演など、腹膜透析の有用性を広く知っていただくための活動です。また、在宅療養で腹膜透析を行うには地域の訪問看護ステーションの協力が欠かせません。小倉記念病院と連携しながら、訪問看護スタッフにも腹膜透析に必要な知識や手技を学んでいただこうとはたらきかけているところです。
*レスパイト入院:医療措置を必要とする在宅療養中の患者さんやご家族をサポートするための仕組みで、諸事情により一時的に在宅療養が難しくなったときなどに利用できる。
腹膜透析をご自宅で続けながら100歳を迎えることができた患者さん
慢性期医療・高齢者医療にかける思い
私が慢性期医療・高齢者医療の重要性に気付いたのは、久山町研究という疫学研究がきっかけです。久山町研究は福岡県糟屋郡久山町の住民を対象に、九州大学が1961年から60年以上にわたり行っている疫学研究です。この研究に従事するまで私は急性期病院で勤務をしていましたが、一時的に臨床を離れて九州大学で久山町研究に従事することとなり、高齢者が増加していくなかで新たに生じる問題点についてじっくりと向き合う機会を得ました。腎臓病が明らかに増加していること、高齢者の腎臓病対策が不十分であることを課題として明確に感じ始めたのもこのときです。
今は、社会のニーズに合わせて目の前の仕事に懸命に取り組むことが、よりよい慢性期医療・高齢者医療につながればと思っています。中でも、高齢の慢性腎臓病の患者さんに対する腹膜透析は今後さらに広めていかなければならないと感じています。また高齢化が進むなか、慢性期医療はますます重要になっていくはずです。日本慢性期医療協会の理事として、慢性期医療の必要性やおもしろさを医療従事者に広く伝えていくことも私の役割だと考えています。
新栄会病院のこれから
当院のある福岡県北九州市は医療体制が充実している一方で、生活に困窮している人や一人暮らしの高齢者が多いエリアでもあります。社会福祉法人を母体とする当院にとって、社会的に困っている患者さんの支援に丁寧に向き合うことは重要な責務だと考えています。地域に暮らす誰もが医療の網の目から漏れ出ないよう、求められている役割を果たしていきたいです。