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災害に強い地域をつくるうえで医療が果たすべき役割や病院運営の在り方

東北医科薬科大学医学部 医療管理学教室 教授 伊藤弘人先生

日本は地震をはじめ、自然災害のリスクが高い国といえます。過去の事例を振り返ると、災害による死亡者の大半は病院に搬送される前に亡くなっています。災害関連死を減らすため、また災害に強い地域をつくるために、医療はどのような役割を果たせるのでしょうか。この記事では、防災や災害時における医療の取り組みや今後の課題について、東北医科薬科大学医学部 医療管理学教室 教授の伊藤 弘人(いとう ひろと)先生にお話を伺いました。


災害関連死を防止するために医療機関が自覚すべきこと

災害関連死について医療機関が自覚しなければならないのは、自然災害で亡くなった方の多くの割合が、災害の直接的な原因で病院搬送前に亡くなっていることです。過去の大きな災害での死亡における死因割合は、関東大震災では火災が87%で、阪神淡路大震災では建物倒壊による圧死が83%で、東日本大震災では津波が92%でした。災害関連死のほとんどが病院搬送前に起こっていることを考えると、医療機関は受診された方の支援に加えて、搬送前の被災を減らすために、地域の関係者の医療に関する技術と初期対応技術を高めるような支援を意識することが大切です。

 

災害が起こると、傷病者が出るため、平時に比べて医療ニーズが急増します。災害で医療機関も被災しますから提供できる医療機能は低下しています。医療ニーズに応じるための医療機関の負荷はダブルパンチで増大します。そのため災害時の医療ニーズの応えられるように、災害に強い地域づくりに平時から取り組む必要があると考えています。


世界的な防災枠組を定めた“仙台防災枠組 2015-2030”

2015年に仙台市で行われた第3回国連防災世界会議は、国際的な防災枠組を策定する目的で開催されました。また、本会議にて採択された“仙台防災枠組2015-2030”では、2030年までの15年間で達成すべき7つのグローバルターゲットが設定されました。たとえば、災害による死亡者数や被災者数の大幅な減少や災害による経済損失の削減などが挙げられます。

中でも特に重要な目標は、災害による死亡率の低減です。この目標を達成するために参考になる考え方に、UNDRR(国連防災機関)などが提唱している“災害リスク”に関するモデルがあります。災害リスクは、火山噴火のような危険を引き起こす現象(ハザード)に、曝露と脆弱性という2つが重なることで出現するという考え方です。大きなハザードがあっても人が住んでいなければ災害リスクにはならないのです。日本列島は環太平洋火山帯の上にあることから、ハザード(地震)はいつどこで起こってもおかしくありません。重要なのは曝露と脆弱性を減らす取り組みなのです。ハザードマップを公開することは、住民や医療機関が曝露と脆弱性を意識するうえで、合理的な政策といえます。医療は、この観点から災害に強い地域づくりに寄与できることがあると思います。国際的な防災枠組は仙台から発信されています。災害に対する備えは東北だけでなく、首都圏や東南海地域、北海道をはじめとした日本全国、さらには全世界の問題なのです。


日本における具体的な災害対策

災害に備えた既存のフレームワーク

現状の日本が災害に備えて準備している枠組は、主に災害拠点病院とDMAT(災害派遣医療チーム)です。    

災害が発生した場合には、災害拠点病院が中心となって被災地の医療を確保します。また、DMATを持つ災害拠点病院などには被災時の医療に必要な専門的訓練を受けた医療従事者が在籍しており、災害時にDMATが被災地の病院支援による医療提供や被災地外への患者さんの搬送(広域医療搬送)などの支援を行います。このようなフレームワークを設けることで、災害時に地域の医療ニーズを満たすことを目指した仕組みを整えているのです。

 

これからの対策――概念フレームワークの開発と病院マネジメント

災害に強い地域づくりを目指すためには、災害拠点病院とDMATの整備に加えて、医療の領域からできることはないかと国内外の事例を調べました。その結果、災害に備えた地域の医療・介護組織のエンパワーメントに関して、また水・電気などのインフラ保全や地域マネジメントといった災害時の自立支援に関してのガイドラインがほとんどないことに気付きました。これまでの医療機能を強化することに加えて、こうした備えも強化する必要があると考えるに至ったのです。

 

この観点から注目している災害への備えに関する具体的な事例として、宮城県栗原市の介護施設職員が地元住民と一緒に行っている避難訓練が挙げられます。介護施設は自治体との関連があり、また介護支援が必要な方を災害時にどう避難させるかといったことを考えるうえで、自治体と介護施設と地域住民はつながりやすいのです。

医療は直接的に災害時要配慮者の支援を行うというよりも、このような取り組みをしている介護施設をバックアップする形で、間接的に災害への備えに対して寄与するのが現実的であると考えています。平時からの医療・介護連携は、介護領域における医療知識や初期対応技術の移転につながり、災害時に増大する医療ニーズを抑えることができるかもしれません。


今後の展望

地域全体が意識すべきこと

災害に強い地域をつくるうえでは、タイムラインやハザードマップの作成、避難訓練などが基本となります。そのうえで意識すべきことは、地域住民と医療との互恵関係(医療機関と住民が互いに“よりよい地域をつくる”という意識を育てながら情報を共有し合うことで共に医療を作っていく関係)です。医療の役割を地域住民と共に理解して災害時にどう乗り切るかを決めていくことは、一方通行ではできないと考えています。お互いに情報共有を行い、住民と医療機関の距離を縮めることが大切といえるでしょう。

 

医療機関の動向としては、場合によっては病院の規模を小さくすることも必要だと思います。病院の規模が縮小する場合、使わなくなった建物や余裕の出た人材などの資産を地域の資産としてどのように生かすかが重要です。

 

災害と医療にかける伊藤先生の思い

私自身は、昨年4月に東北医科薬科大学医学部 医療管理学教室に着任してから、“地域医療管理学”のテキストづくりを行いながら、東北の復興に向けた災害対策に少しでも役立つよう地区防災計画と医療との連携の在り方を模索するとともに、東北6県の地域経済活性化に向けて、医療の領域から寄与する取り組み事例を収集しています。本年4月からは大学院医学研究科が開講し、社会地域医学領域の中の地域医療管理学分野を担当します。

この取り組みは東北に限ったことではありません。自然災害伝承碑が日本各地にあります。近い将来に予知されている首都直下型地震や南海トラフ地震などへの備えも必要です。災害への備えは日本全国で求められているのです。また人口減少局面にある我が国では、地域経済の好循環に寄与する医療の在り方を模索することは、全国における優先順位の高い研究領域だと考えています。地域住民と医療従事者・医療組織が一緒になって、災害に強い地域づくり、そして持続可能なまちづくりのための医療の在り方を考える時代に、私たちはいるのだと思います。“地域医療管理学”という観点から、学術面と具体的モデル地域の発信を通じて、微力ながら尽力を続けたいと考えています。

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