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森川 すいめいさんが考える、一人ひとりの“生きやすさ”のために私たちができること

ゆうりんクリニック 医師/特定非営利活動法人TENOHASI 理事 森川 すいめいさん

“生きづらさ”はさまざまな問題を引き起こし、時に自ら命を絶ってしまう人もいます。ゆうりんクリニックで医師を務める森川(もりかわ) すいめいさんは、ホームレス状態の人を支援する団体 特定非営利活動法人TENOHASI(以下、TENOHASI)で理事も務めています。TENOHASIでの活動や自殺率が低い“自殺希少地域”についての研究、一人ひとりの生きやすさのために私たちができることについてお話を伺いました。

(写真:Médecins du Monde Japan)


ホームレス状態の方々との出会いとTENOHASIの立ち上げ

私がホームレス状態にある人と初めて関わったきっかけは、医学部のサークル活動の案内で新宿での炊き出しに参加したことでした。ホームレス状態にある方々は「若いのが来た」と喜んで私を受け入れ、時に人生に悩む私のことを心配してくれました。それから半年ほど経ち、池袋での炊き出しに参加したところ、新宿と池袋では支援者数の違いだけでなく、医師への相談窓口も福祉制度の利用について相談できる場もなく、路上で亡くなる人も多くいる、新宿とはまったく異なる状況を目の当たりにして衝撃を受けました。

そこで、“すべての人に安心できる居場所を”という思いのもと、仲間と共に、池袋で炊き出しや医療相談、生活の相談などを行うホームレス状態の方々を支援する団体TENOHASIを立ち上げました。2016年にはいくつかの支援団体と連携した形で訪問診療・在宅診療を行う“ゆうりんクリニック”が誕生し、現在私はそこで精神科の診療を担当しています。

ホームレス状態の人の中には、その状況に至るまでにひどく傷付き、人を信頼できない状況になって、支援を受けることや福祉や医療機関へ行くことが怖いと思う人もいます。そのため、TENOHASIの炊き出しや相談の場で出会っていただけた後は、福祉事務所への同行支援や「よければうちのクリニックへ」と選択肢の1つとしてお伝えできるようにしています。当院では、ホームレス状態に至ったこと、その人の背景に思いを馳せ、心理的な安全性を大切にしながら医療やソーシャルワーク支援を行っています。


“自殺希少地域”の研究との出合い

日本では2008年頃リーマンショックが起こり、その影響でそれまで想像もしていなかった人たちがホームレス状態になっていました。2009年には、日本全体の自殺者数が増加していたこともあり支援を行っていた池袋でホームレス状態の人を対象に、自殺危険度について調査を行いました。調査では当時のホームレス状態の人の精神疾患を有する可能性のある人の数の多さが明らかとなり、調査を行ったうち55.7%の人には自殺の危険がありました。当時、この調査について国会でも議論になりました。しかし、人が窮地に追い込まれたならば当然ともいえる調査結果を目の当たりにし、そのままに放置され続けた問題の深さや規模の大きさに、支援策を構築していくプロセスに果てしなさを感じていました。

そのようななかで出合ったのが、岡 檀(おか まゆみ)さんの“自殺希少地域”に関する研究でした。岡さんは、自殺率が極めて低い地域を“自殺希少地域”とし、その地域の文化や土地そのものの特性、住民同士の関わり方などから各地域の“自殺予防因子”について研究されています。

私がこの研究に出合った当時は東日本大震災の後で、“絆の大切さ”や“いかに多くの人と連携するか”といった言葉が多く聞かれていた頃でした。しかしどこまで綿密な支援が必要なのか、取り組めば取り組むほど分からなくなっていました。自殺の原因を解決するだけでは答えが見えない、そもそも解決できないことばかり、“そんな中での支援とは……”と、悩んでいました。岡さんの研究発表は、その視点を180度変換させるものでした。自殺の原因解決だけではなく、自殺を予防する因子があると知り、私は衝撃を受けました。自殺予防因子としては、“多くの人との連携”とは対照的な“緊密ではない、緩やかな人間関係”があげられていました。自殺希少地域での人間関係は、立ち話・挨拶程度の緩やかな関係であるという言葉に驚きましたが、聞いた瞬間に腑に落ちた感覚もありました。


ジャッジせず純粋に相手と向き合う――“自殺予防因子”につながる気付き

自殺希少地域の研究を知ってすぐに私は岡さんに連絡を取り、全国の自殺希少地域へフィールドワークに行き始めました。自殺希少地域へ行くたびに、あるいはその地域の人々と話をするたびに、自殺予防因子につながる気付きがあります。

つい最近も新たな発見がありました。私が岡さんと一緒に、ある自殺希少地域出身の人と話をしていたときのことです。その自殺希少地域出身の人は、話の中で分からないことをどんどん私や岡さんに聞いてくるのですが、たくさん聞かれてもまったく嫌な感じがしないのです。なぜだろうかと皆で話し合って言葉になったことは、純粋に相手へ関心を持っているがゆえに湧き出てくる質問だからなのだということでした。相手の話に解釈を加えない純粋な関心を持って聞いてくれるので、なんだかうれしくなって、私や岡さんも気持ちよく話してしまいました。

相手は常に自分にとって分からない存在で、分からないからこそ解釈はできない、純粋に相手と向き合う姿勢から、その自殺希少地域出身の人には“ジャッジする発想がない”ことが分かりました。この言葉を発見したことで、自殺希少地域では自分の想像を超えることが前提のコミュニケーションが行われ、結果として“ジャッジされない生きやすさ”が自殺予防因子の1つになっているのかもしれないと思いました。


すべては“本人”の声を聞くことから――一人ひとりが生きやすい環境へ

コロナ禍では若者の自殺も問題になりました。一人ひとりが生きやすい環境をつくっていくために私たちにできることは、何よりも“本人の声を聞くこと”であると思います。

2023年4月、こども基本法が施行され「子どもの声を聞かずに子どもの処遇を決めてはいけない」と定められました*。この法律では、子どもの声を聞かずに一方的な支援を行うことを禁じています。これまでは支援が必要と判断された子どもの処遇は、“子どものことを思って”大人が決めていました。今回、法律で子ども本人の意思を尊重するように定められたことは、尊重されるべき決断です。

たとえば不登校の状態にある子どもに対する支援は、“不登校は問題である”と当人である子ども以外の人たちが決めてしまうと、その問題解決のために大人の世界は動きます。結果的にこの“問題”は一向に解決しません。しかし子どもの声から始めるとどうでしょうか。一人ひとり事情がまったく異なるため一人ひとりに合った解決案が生まれるでしょう。問題提起されたことそのものが間違っていた、ただそれだけの話です。

 

*子ども基本法 第三条 三 全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会が確保されること。 四 全てのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮されること。


精神医療に関わる医療従事者へのメッセージ

ある自殺予防の重要な役割を担う活動をしている人との会話中、いったいどのようにしたら自殺で亡くなる人が少なくなるのか、死へ追い込まれる人を助けることができるのかという話題になりました。その人と自殺希少地域やこの先の記事にあるオープンダイアローグの話をしていたときのことでした。その人は話しながら「本人たちの声(未遂の方たちや希死念慮のある人たち)から始めたらよいのではないか」という結論に達したと話していました。本人のいないところでいろいろ考えても、問題提起そのものが間違っていることもあります。まずは本人たちと自殺の予防になるものは何かを一緒に創り上げていくことが肝要だと考えています。

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