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“明るい社会”のために求められる変革とは――土田 博和先生が考えるこれからの医療の在り方

フジ虎ノ門グループ 会長 土田 博和先生

5人に1人が75歳以上になるとされる2025年が差し迫り、今後医療・介護サービスの需要はますますの増加が見込まれます。現状の体制では供給が追い付かなくなることが想定され、国は介護職員の処遇改善や地域包括ケアシステムの構築を推進するなど対策を打ち出してきましたが、依然として多くの課題が残っているのが現状です。今回は、臨床医としてはもちろん、国会議員や映画製作の経験を生かし、あらゆる角度から医療改革に取り組むフジ虎ノ門グループ 会長 土田 博和(つちだ ひろかず)先生に、日本の医療・介護の提供体制を変革するために必要なこと、そしてフジ虎ノ門グループが実践する地域医療を守るための取り組みについてお話を伺います。


45年前に知った海外と日本の医療の差が改革に取り組むきっかけに

医師になり東京の虎ノ門病院での研修が終わった頃、ふと遊学を思い立ち、アメリカに渡ってさまざまな病院を見て回りました。アメリカに行ったのは45年ほど前の話ですが、医療先進国とされる日本よりも一歩先を行く医療体制ができ上がっていたことに大変驚かされたことを今でも覚えています。「日本も倣(なら)うべき」と感じる点も多く、この経験は私が医療改革に取り組むきっかけの1つだったように思います。

 

医療秘書・かかりつけ医の業務の違い

日本では、患者さんの診察をしながら医師が所見をパソコンに入力するのが当たり前になっていて、下手をすれば患者さんよりもパソコンを見ている時間のほうが長いこともあります。一方、シアトルの病院では医師が診察をして「こういう所見がある」と口に出すと、それを全て“医療秘書”が入力していたのです。

カルテの入力から医療秘書に任せることで、医師は患者さんと長く会話ができますし、手で触れて症状を確かめる余裕も生まれます。この光景を見て「診察の本来あるべき姿はこれだ」と大きな学びになりました。

また、テキサスでホームステイした際には、ホームドクター(日本でいうかかりつけ医)が、ある病院では赤ちゃんを取り上げ、次の病院でギプスを巻いていました。つまり広く浅く実践的な医療を行い、専門医との役割分担がしっかりしていると感じました。

 

日本とアメリカでは専門医の考え方も異なる

もう1つ学んだことは、専門医制度の違いです。日本の場合は麻酔科を除きその分野の専門医資格の有無に関係なく診療を行うことができますが、アメリカでは専門医資格を持たない分野を標榜することは認められていません。医師たちは自身の専門ごとに役割をきっちり分担しており、たとえば人工関節置換術を専門とする病院では1日に20件も30件も手術が実施されています。研修医が「○○について学びたい」と思えば、その分野を“専門”とする医師の下で多様な症例を学ぶことができるため、必然的に高度な知識や技術を持った後進が育つ仕組みになっているのです。

一方、日本では改革と叫びながら大学という白い巨塔の縛りから脱却できず、運転免許でいえば実技試験がないようなものです。

 

老後は“楽しむ”もの――海外と日本の介護保険の差

アメリカから帰国し、開業をした後もスウェーデンやノルウェー、オランダなど多くの国へ行った経験がありますが、どの国へ行っても感じるのは“老後は楽しむためにある”という考え方です。日本では老後というと暗い話題が付きまとい、介護保険は不自由が生じたときのための制度とされています。ところが海外へ目を向けてみると、60歳以降はゴールデンエイジ、すなわち黄金の日々が待っていると捉える人もいるほどです。介護サービスはあくまで社会サービスの一環として提供されている国もあり、日本でいう介護保険料は要介護度を問わず支給され、人生を楽しむためのお金としても活用されます。日本よりも高い税率だからこそできることではありますが、どちらのほうが社会の活性化につながるかは一目瞭然でしょう。


日本の医療・介護体制を変革するために必要なのは“棲み分け”

海外の医療・介護事情についていくつか紹介しましたが、日本がまず倣うべきは“きちんと棲み分けをする”という部分です。先述のとおり、海外では専門医が活躍していますが、まずはホームドクターを通さないと専門医にはかかれない仕組みとしている国もあります。専門医とかかりつけ医が業務分担し、協力し合うことで大病院の外来に人が集中することを避けられます。医療機関を自由に選べる日本のフリーアクセスは、深刻な人手不足が問題視されている今、まさに見直しが必要なのではないでしょうか。

また、医師だけでなく病院同士も協力することが求められます。大きな病院になればなるほど多くの診療科を標榜し、いわゆる“なんでも診られる病院”になりがちですが、A病院は循環器内科、B病院はがん診療……というように、地域の中で機能を分けるべきだと私は思います。そうすることにより、医師はそれぞれの病院で専門性を発揮しながら地域全体で患者さんを診ることができますし、最先端といわれるような医療機器も本当に必要な台数のみで済みます。せっかく日本には素晴らしい医療技術があるわけですから、莫大な費用をかけて同じような施設をいくつも造るのではなく、それぞれの専門性を生かし、タッグを組む体系のほうが患者さんにとっても医師にとっても、はたまた社会にとっても医療費削減効果を含め、メリットが大きいように思います。


抜本的な改善のためには政治体制や国民の意識改革も重要

現在の課題を全て解消するには医師や病院の在り方だけでなく、政治体制や国民の意識も変える必要があるかもしれません。まず、政治体制については、医療現場の経験を持つ人が大臣に就き、医療制度を取り仕切るべきだと思います。政治家の皆さんも一生懸命頑張っていますが、医療現場の実情を知らないと医療費削減ばかりに目がいき、“本当の問題”の解決に至らなくなってしまいます。

そのほか、国民、特に若者たちが歴史や政治をしっかり学び、違和感には積極的に声を上げることも重要でしょう。少子化問題1つとっても、今でこそ約80万人という少ない出生数に慣れてしまった人も多いかもしれませんが、1949年には年間で約270万人もの赤ちゃんが生まれていました。現在では過疎化しているような地域も、当時は繫華街のような賑わいをみせていたのです。私からしたら現状こそ「おかしい」と思うものですが、“今”しか知らない人にとっては当たり前のことなのでしょう。今後を担う若者たちが社会の違和感やその原因にしっかり気付き、積極的に手を上げられる生き生きとした国になれば、きっと日本にも“明るい老後”が訪れるはずです。


一人ひとりの笑顔のために――“街づくり”で地域医療を守る

現在、虎ノ門グループでは地域医療を守るため、街づくりに取り組んでいます。少子高齢化の影響もあり、現役世代の人口は都市部に流出しがちです。今のままでは地方はますます過疎化が進み、生活を営むことはもちろん病院の経営も困難になってしまいます。そのような状態を食い止めるため、御殿場市を“子どもから高齢者まで全ての人が集まり、豊かな生活を送れる街”にすることにしました。

まず病院の中にプール(運動施設)を造ったり、病院周辺に複数の介護施設を造ったりすることで、高齢者一人ひとりの状態に合ったバックアップができる体制を整えることから始まりました。自然環境を生かし、アニマルセラピーを実施している施設もあります。

また、子どもたちがのびのび成長できる環境を整えるため、保育施設も運営しています。1つは“こども政策担当大臣賞”をいただいたフジ虎ノ門こどもセンターです。ここでは発達障害の子どもと普段学童を利用している健常児が一緒に過ごしています。もう1つの高嶺の森のこども園では、保育園留学を実施しています。留学といっても、お子さんが親元から離れて生活するのではなく、コテージを用意しているので一家で短期移住をするかたちです。都会の喧騒(けんそう)から離れ、家族でゆったりとした生活を体験することができます。

全ての人が豊かで穏やかに暮らせる環境をつくることで、将来的に地方での生活を考える方が増えることを願っています。地方で生活する人が増えれば、地域は発展し、昔のような賑わいも取り戻せるはずです。


医師は限られた時間の中で満足してもらえる診療を

病院というのは発展するも衰退するも医師次第です。たとえ地域に人が集まったとしても、診療を機械的に済ませる医師に診てほしいと思う患者さんは少ないでしょう。これから医療分野ではますますデジタル化が進み、いずれは診断結果も自動で出るようになるかもしれません。そのなかで、“発展”に欠かせないのは、やはり人の温かさではないでしょうか。効率的な仕組みを追求しつつ、限られた時間の中で「この先生に診てもらえて幸せ」と思ってもらえるような診療を続けることが大切であり、“全ての人を分け隔てなく大切に診る”ことは医師を続ける私の信念でもあります。

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