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日病協議長・小山 信彌先生に聞く、医療課題への見解――働き方改革、フリーアクセスへの考え

日本病院団体協議会 議長/東邦大学 名誉教授 小山 信彌先生

少子高齢化問題や医師の働き方改革など、日本の医療を取り巻く課題については、さまざまな意見が交錯しています。そうした中、私たちは医療の課題や時代の変化をどう捉え、どのように向き合っていけばよいのでしょう。本記事では、2022年から日本病院団体協議会 議長を務める小山 信彌(こやま のぶや)先生(東邦大学 名誉教授)に、日本における医療課題への見解、医療従事者が大切にすべき考えを伺いました。


医師の働き方改革「労働時間規制」をどのように考えるか?

近年、医師の働き方改革に関していろいろと議論されていますが、その中心となるのが2024年4月に適用開始される、勤務医の時間外・休日労働の上限規制です。上限は原則「年間960時間以下(月100時間未満)」、救急医療などを行う医師や技能向上を必要とする研修医などは、期限付きで「年間1,860時間以下(月100時間未満)」までとされます。問題は、医師の「労働時間」をどう捉えるかです。

 

若手の医師には勉強する時間が必要です。働き方改革によって、彼らのやる気を蔑ろにすることがあってはなりません。中には、自宅よりも病院のほうが集中して勉強できるという医師もいるでしょう。そうした医師に対し、「滞在時間」ではなく「勤務時間」という考え方で勤怠管理をすれば、多くの病院で8~9割は年960時間以内に収まるのではないでしょうか。

 

私のように年間2,000時間以上の時間外労働をしてきた医師が960時間と聞くと、あまりに制限が多いと感じてしまうのですが、中には十分過重労働だと感じる方もいるでしょう。同じ医師という職業にあっても、世代に限らず、一人ひとり多様な価値観を持っています。まずは、さまざまな立場にいる医師が一堂に会し、意見交換しながら理解し合う必要があるのではないでしょうか。

 

ちょうど先日社会保障審議会から、大学病院の時間外労働について調査結果が出ました。年間の時間外・休日労働時間が1,860時間を超えていた医師は全体の2.4%で、昨年の調査では10%を超えていたことを考えると減少傾向にあります。まずは、この2.4%にあてはまる層と向き合っていくことから始めていけば、2024年は安心して迎えられると思います。

 

イメージ:PIXTA


「宿日直許可」「副業・兼業先の労働時間」への理解も

医療機関の宿日直許可の取得についても、現在厚生労働省を中心に対応が進んでいます。許可を取得していないと、睡眠の有無にかかわらず滞在時間の全てが労働時間とみなされるため、翌日医師を働かせることはできません。そのため、各医療機関で宿日直許可の取得を目指す動きが進んでいますが、取得方法に関して十分な理解が浸透していないのが現状です。しかし、申請時にはスムーズに許可が下りるよう厚生労働省も対応を進めており、2022年4月には宿日直許可申請に関する相談窓口も設置してさまざまな質問を受け付けている状況です。これから少しずつ医療機関側の理解も進んでいくことでしょう。

また医療機関が、他院での医師の勤務状況を全て把握するのは現実的ではありません。「医師からの自己申告」を基本としたうえで、医療機関に対して副業・兼業先の厳密な管理までは求めない形式が予定されています。

 

働き方改革の目的は健康管理です。昔は、上司や先輩が帰るまで若手は帰りづらい雰囲気がありましたが、今はそういう時代ではありません。まずはそうした悪しき伝統を終わらせて、合理的な考えに変えるところから始めれば、意外とあっさり問題解決できる施設もあると思います。


「フリーアクセス」については議論が必要

今、私たちが議論すべきことの1つは「フリーアクセス」についてです。

日本の医療保険制度には、国民皆保険(誰でも)、フリーアクセス(医療機関を自由に選ぶことができ)、現物給付(必要な医療サービスを受けられる)という3原則がありますが、このうちフリーアクセスについては、徐々に形骸化されていると感じます。

 

2022年の診療報酬改定によって、紹介状のない患者さんに対する初診時選定療養費は5,000円から7,000円に引き上げられました。対象病院も増え、200床以上であれば紹介重点病院として同額を請求できるようになっています。これは大病院への患者集中を防ぎ、かかりつけ医機能を強化することが目的ですが、大病院の外来患者を制限することは、フリーアクセスの概念とは逆行しています。

 

そこで「かかりつけ医」の役割・位置づけについて、あらためて考えていく必要があるでしょう。かかりつけ医だからといって、24時間365日、その患者さんの責任を持つというのは不可能ですからね。どこか1つの病院が患者さんを抱えるのではなく持ち回り制にするなど、地域一体となって医療を考えていく時がきたのではないでしょうか。

 

イメージ:PIXTA


病院の機能分化に必要なのは「正しい評価」

国は、来る高齢化社会に向けて、病院の役割分担(高度急性期・急性期・回復期・慢性期)をより明確にしようとしていますが、そのために必要なのは各病院に対する適正な評価です。それがあってこそ、自分たちに課せられた役割をまっとうすることができ、初めて病院間のシームレスな連携が実現します。

 

特に急性期病院の経営難は深刻です。最新の医療機器など多方面への投資が必要となる一方で利益率は低いので、やればやるほど経営が厳しくなるという病院もあるほどです。2022年度の診療報酬改定では、急性期充実体制加算の新設や総合入院体制加算の要件見直しが行われました。急性期充実体制加算については、病床数400床以上であること、療養病棟・地域包括ケア病棟を保有しないこと、さらには敷地内薬局を設置していないことなど、非常に厳しい条件が伴っていますが、高度急性期医療を担う病院にとっては強い追い風となることを期待しています。


損得は考えず「患者さんのための医療」を

私が東邦大学医療センター大森病院の病院長を務めていた頃、急性期病院へのDPC制度導入が始まりました。DPC制度をどう扱えば高収益を得られるのか、この治療をやったら損するのではないか、などの話題が飛び交う中、私は「DPCなど気にせず、患者さんのための医療を今までどおり続けてください」と初志貫徹で伝え続けました。その結果、特定機能病院の中で高い医療機関別係数を維持することができたのです。つまり、患者さんにとって適した医療をやっていれば、それがきちんと評価されるということです。

 

医療において大前提として考えるべきは「何が患者さんにとって適した医療なのか」ということです。損得を考えるあまり、この大前提を忘れてはなりません。利益は追求するものではなく、結果として付いてくるものなのです。患者さんを第一に考えている病院や医療者が適切に評価される制度の構築と、医療者にとって働きやすい環境づくりが、日本の医療をよき方向へ導いてくれるでしょう。

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