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日本における社会的処方――西先生が目指す支援の形・社会の在り方

一般社団法人プラスケア 代表理事/川崎市立井田病院 腫瘍内科 部長 ⻄ 智弘先生

社会的な“孤立”は、うつ病や自殺の要因の1つとして近年問題視されています。この問題を解消するために日本でも少しずつ“社会的処方”という取り組みが広まっています。社会的処方の普及に尽力する一般社団法人プラスケア 代表理事の⻄ 智弘(にし ともひろ)先生(川崎市立井田病院 腫瘍内科 部長)は、社会的処方は「薬で人を健康にするのではなく、人と人をつなげることで人を元気にする仕組み」であり、“支援”に対する正しい理解とともに広まっていくことが重要だと話します。西先生に、日本で行われている社会的処方の事例、支援を行っていくうえで気を付けるべきことについてお話を伺いました。


社会的処方の機能を備える川崎市の“暮らしの保健室”

地域の声を反映し生まれた“暮らしの保健室”

川崎市には、“暮らしの保健室”と呼ばれる場があります。暮らしの保健室は“よろず相談所”のような場として新宿で始まった取り組みで、今では全国50か所以上にこの取り組みが広がっています(2023年11月時点)。川崎市の暮らしの保健室は、健康に関するちょっとした悩みを抱えた人たちが学校の保健室のようにふらっと立ち寄れる場として利用されています。

暮らしの保健室を立ち上げたきっかけは、お祭りで行ったアンケートでした。たまたま地元のお祭り会場の一角を借りられる機会があり、地域の声を集めたら面白いのではないかということで「病気になっても安心して暮らせるまちって?」と、地域の皆さんに質問をしたのです。その回答から得られた「信頼できる医療機関があり、医師がいる」「地域に住む人同士がお互い支え合える仕組みがある」「健康問題などに関して気軽に相談できる場所がある」という声に応え、暮らしの保健室が生まれました。

 

“暮らしの保健室”が支える社会的処方

暮らしの保健室の中では、雑談やちょっとしたお悩みを聞き、もしその人に必要なコミュニティや活動があれば、それらの社会資源につなげることもしています。また、「私はこのようなことができます」という声があればその情報を蓄積し、いつでも社会資源を必要とする方につなげられるようにしています。

暮らしの保健室は必ずしも社会的処方を行う場所ではありませんが、これらの機能によって社会的処方を支える仕組みとなっているのではないかと思います。


地域に広がる社会的処方――湘南の事例

次に、実際に社会的処方が市民活動として行われている事例を紹介します。

一般社団法人サーファーズケアコミュニティNami-nications(以下、Nami-nications)は、神奈川県の湘南・鎌倉で障がいのある方を対象としたサーフィン体験会を定期的に開催している団体です。

「サーフィンを楽しみたい」と思っていても、認知症や脊椎損傷などが理由で、自然を享受することから遠のいてしまっている方も多くいらっしゃいます。こういった不平等を解消し、自然を楽しむという当たり前の権利を誰でも平等に享受できるようにしようという取り組みは世界的に広がっています。

マリンスポーツを誰でも楽しめるよう、マリンスポーツにおける不安や困難を取り除く取り組みを実践しているのがNami-nicationsです。「サーフィンを通してあらゆる障壁を取り払い、インクルーシブな社会をつくる」をミッションに掲げるNami-nicationsは、どんな方でもサーフィンが楽しめるように、スキルや状態に合わせて医療従事者がサポートを行っています。

病気やけがが原因で絶望を感じている方に、生きる力を取り戻すためのサポートを行っていて、“社会的処方”らしく、とても面白い取り組みだと感じています。


自分ごととして社会的処方を行うために――西先生が考える“真の支援”のあり方

社会的処方を深く知るために立ち上げた社会的処方研究所

社会的処方に惹かれ、日本にも広めていきたいと考えてはいたものの、その実態についてはまだあまり知りませんでした。そこで、社会的処方について市民と医療従事者が共にもっと深く学び、支援を実践する仕組みを作ろうと思い、社会的処方研究所を立ち上げました。

社会的処方研究所はコロナ禍を経て、現在はオンラインでの活動がメインです。コミュニティの中で勉強会を行ったり、社会的処方に関する活動のアイディアをメンバーでブラッシュアップしたりして社会的処方に対する理解を深めています。

 

社会的処方研究所での学び――適切な社会的処方のために

社会的処方研究所ではこれまでに、仮想事例に対して社会的処方のアプローチを検討するワークショップのような取り組みを行ったことがあります。その取り組みを通して、今後社会的処方を広めていくうえで必要な視点が見えてきました。

 

・仮想事例を用いた社会的処方の検討会での出来事

30歳代のシングルマザーの女性で、非正規雇用のため経済的にも困窮し、友人もなく孤立しているという方を仮想事例として、社会的処方のアプローチを検討したときのことです。その人の趣味や出身地域についての情報も出したのですが、社会的処方のアイディアとして「婚活パーティーの場につなげ、男性と結婚してもらえばよいのではないか」といった意見が出たのです。

これは極端な例ですが、課題を抱えている方に対するリスペクトが感じられず、とても場当たり的な意見ではないでしょうか。このアイディアには自分事としての視点がなく、その人がどのように社会とのつながりを作っていけばよいのかという想像力が欠如しているように感じました。

 

・まずは対等に相手と向き合い、エンパワメントする姿勢が重要

社会的処方は、つながりや居場所を必要とする人を支援する取り組みですが、そもそも“支援”とは施しを一方的に与える姿勢で行うものではありません。

困っている方がもともと持っている力を引き出すために、友人のように寄り添い、悩みや苦しみを聞いて、その人がやりたいことを一緒になって面白がり、人とつなげていくことが大切です。これがエンパワメント(Empowerment)の姿勢であり、社会的処方に欠かせない要素です。

対等に相手と向き合い、人間関係を築いていくことは1人の人間として自然なことだと思います。また、対等な人間関係では、相手に何かを提案し失敗したときには責任も負うべきですし、無責任な発言はそもそも生まれないのではないでしょうか。本当の支援とは、そういった考えに基づくものだと私は考えています。


社会的処方の今後の展望――まずは支援に対する理解を広めることが大切

社会的処方研究所での仮想事例の検討会での意見は、“人を支援する”ことについて、きちんと言語化され理解されていなかったからこそ出された意見ではないかと思います。「恵まれない人たちに上から愛の手を差し伸べよう」という姿勢は自己満足の延長でしかなく、支援する側の幸せにしかつながらないのです。

正しい社会的処方が行われるためには、正しい支援について理解を広めるところから始めなければなりません。

日本では、2023年に“孤独・孤立対策推進法”が成立し、孤立対策の一環としては社会的処方の活用についても触れられています。支援に対する正しい理解のもと、この法律がうまく運用され社会的処方が広まっていけば、人と人とがもっと対等に関わって生きていけるような社会になるのではないでしょうか。


西先生からのメッセージ

社会的処方に関心がある市民の方へ

社会の中で、今後さらに孤立や孤独が問題となっていくことが予想されます。“孤独・孤立対策推進法”の中には、国民の役割*についても明文化されています。もし、ご自身の回りに孤立し悩んでいる人がいたら、その人が好きなことを見つけて尊重し、社会の中で好きなものを見える状態にしていくよう取り組んでいただきたいと思います。

また、社会的処方という考え方についても、もっと知っていただきたいと思います。我々もお手伝いしますので、ぜひ情報収集をしてみてください。

 

*第五条 国民は、孤独・孤立の状態にある者に対する関心と理解を深めるとともに、国及び地方公共団体が実施する孤独・孤立対策に関する施策に協力するよう努めるものとする。

 

慢性期医療、在宅医療に関わる医療従事者へ

医療機関は孤立・孤独に悩む人たちの窓口になり得る機関です。孤立・孤独の結果として病気のような症状が現れ、医療機関を訪れる方たちがいるためです。薬ではなく社会的処方を行うことで孤立・孤独という根本的な原因にアプローチできることを知っていただき、孤立・孤独に悩む方を市民活動につなぐというルートを育ててほしいと思います。

医療機関もあくまで社会のインフラの1つでしかありません。社会のほかの機関とネットワークでつながっているということを意識して、社会システムの構築において役割を果たしていただきたいと願っています。

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