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慢性期医療の実践—3段階ケアによる認知症ケア、摂食・嚥下ケア、排泄ケア

京浜病院 院長 熊谷 賴佳先生

熊谷賴佳(くまがい よりよし)先生が院長を務める京浜病院は、患者さんが抱える日々のつらさや苦しみを取り除くことを最大の目標にして、高齢者の特性に応じた医療の提供を行なっています。慢性期医療の現場では、どのようにして認知症ケア、摂食・嚥下ケア、排泄ケアが実践されているのでしょうか。


慢性期医療・認知症ケアに対する思い・理念

  • 患者さんの苦痛を抑え、天寿を全うできるようにケアをする

慢性期医療では、可能な限り患者さんの苦痛を抑え、療養や介護を支障なく受けることができる状態をつくり、天寿を全うできるようケアすることが大切な目標となります。

 

完治の難しい認知症においては、BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)をいかに抑えるかが重要であると考えます。なぜなら、BPSDを抑えることで、患者さんは心穏やかに家族と暮らせる、あるいは医療・介護スタッフと関わりを持てるからです。


BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)とは?

  • 攻撃性・易刺激性などの行動症状+妄想・誤認などの心理症状

BPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)とは、認知症に伴う行動・心理症状を指します。具体的には、以下の症状などが挙げられます。

 

行動症状

焦燥、易刺激性(不機嫌で怒りっぽい)、攻撃性(暴言、暴力)、介護への抵抗、拒絶、活動障害(徘徊、無目的な行動など)、睡眠覚醒障害(不眠、レム睡眠行動異常)、食事行動異常(異食、過食、拒食)

 

心理症状

妄想(被害妄想、物盗られ妄想など)、幻覚(幻視、幻聴)、誤認、感情面の障害(抑うつ、不安、興奮など)


京浜病院におけるアルツハイマー型認知症ケアの実践—BPSDに対する3段階ケア

当院では、アルツハイマー型認知症のBPSD(認知症に伴う行動・心理症状)に対して、混乱期、依存期、昼夢期という3つの段階に応じたケアを行なっています。

 

  • 第1段階:混乱期

混乱期の患者さんは、ストレスにより脳が興奮状態になり、そこに睡眠不足などが重なると、脳と身体の乖離がおき、朦朧状態やせん妄状態になると考えられます。

この時期の行動障害の動機は過去の潜在記憶によることが多いため、無意識にトラウマになっている出来事を解決しようとします。その行為が、周囲からは「異常行動」と観察されるのです。

 

混乱期の方の表情は苦悩に満ちて険しく、眉間に深いしわを寄せる傾向にあります。

また、身体、知覚、記憶、見当識障害で外部とのコンタクトがとりにくく、何をいっても聞き入れず、会話も成立しないことがあります。


  • 混乱期への対処・ケア

混乱期の患者さんは、周囲のすべてが敵にみえていると考えられます。そのため、むやみに身体に触れずに、必要な介護はしっかり行い、不必要な介入は控えることが大切です。

また、神経過敏になりすぎた精神状態をほどよく鎮静させる必要があります。病室は個室が望ましく、部屋は明るい状態を保ち、テレビやラジオよりも歌や声のないリラクゼーション音楽を聴かせることを推奨しています。

 

混乱期では主に精神・心理症状が現れるため、当院では、抗精神薬や抗てんかん薬などを用いて治療を行います。


  • 第2段階 依存期

依存期の患者さんの表情・傾向には、大きく2種類あります。1つ目は、顔は無表情に近く、突然怒りだすケースです。うつ病の焦燥感やてんかん気質による易怒性、爆発気質と似ており、自分の意思が通らないと、突然暴力を振るったり大声を出したりします。

 

2つ目は、困惑し淋しそうな表情をするケースです。わざと自分に注目が集まるような行為をしたり、音を立てたりします。特に、夜間や家族が出かける休日など、孤独を感じやすいときに顕著な症状がみられます。過度の依存と甘えがあり、大勢の人に囲まれていると精神的に落ち着き、依存的訴えも少なくなります。


  • 依存期への対処・ケア

依存期の患者さんは、ひとりになることへの不安でいっぱいであると考えられます。そのため、人がみえる場所か声が届くところに連れて行くことを推奨します。また、テレビやラジオを流すことも1つの方法です。

依存期は、執着心が強くしつこくなり、何度も同じ話を繰り返す傾向にありますが、無視したりせず、根気よく聞くことが大切です。

 

依存期では、抗てんかん薬を用いて治療を行うことがあります。

 

  • 第3段階 昼夢期

混乱期、依存期を過ぎると、患者さんの顔つきは穏やかになり、笑顔をみせる「昼夢期」に入ります。独り言をいったり、幻視・幻覚をみて何もないところに手を伸ばしたりしますが、精神的には穏やかであると考えられます。

 

昼夢期では、一見元気がなくなったようにみえますが、実際には自分の世界に浸っていると考えられます。時間の概念が壊れることで、他界した家族を探したり、鏡に映った姿をみて、これは自分ではないと口にしたりすることがあります。一方で、意識はしっかりとしていて、話しかけるとすぐに返事をしてくれます。


  • 昼夢期への対処・ケア

昼夢期では、外出・外泊をして外の世界に慣れさせます。

昼夢期の患者さんは自分自身がつくった夢の中や妄想の世界にいたいと考えているため、それらを否定したり壊したりすると、依存期や混乱期に逆戻りすることもあります。そのため、在宅復帰が困難なケースでは外出・外泊の判断を慎重に行います。

 

当院では、基本的に昼夢期では薬を使わずに、患者さんの概念や見当識のずれを直すためのリハビリを行います。


京浜病院における慢性期医療の実践—摂食・嚥下ケア/排泄ケア

  • 摂食・嚥下ケア

高齢者の肺炎の7割を占める「誤嚥性肺炎」。その起因菌は、ほとんどが口腔内の常在菌であるといわれています。高齢者の場合、夜間の不顕性誤嚥(むせの反射が起こらない誤嚥)が広く認められるため、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。

 

当院では、レビー小体型認知症の患者さんに対し、誤嚥防止を目的として抗パーキンソン剤を用いた治療を行うことがあります。また、虫歯などの残歯を抜く、口腔ケアを徹底するといった方法で口腔内を清潔に保ち、誤嚥性肺炎の予防に努めています。

 

  • 排泄ケア

当院では「排泄は基本トイレで行う。オムツで意識的に排泄させない。」というポリシーの徹底を志しています。オムツは、睡眠中無意識に排泄してしまったときにカバーする、あるいはトイレでの排泄トレーニングを心理的にサポートするためのものです。

 

介護の現場で患者さんに、オムツで意識的に排泄するよう促すことは避けましょう。なぜなら、オムツで意識的に排泄するのは非日常的な行為であり、乳児の頃に訓練して習得した排泄習慣を否定してしまうからです。

 

医療・介護に携わる方々には、オムツは万が一の保証であり、安心して排泄トレーニングを行うためのツールだと認識していただきたいです。

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