介護・福祉 2023.08.01
患者さんの幸福を促進するために作業療法士ができること——石森 卓矢さんの思い
美原記念病院 リハビリテーション部 作業療法科 科長 石森 卓矢さん
歴史と伝統を新たな産業につなげ発展を続けてきた群馬県伊勢崎市。将来的に高齢者人口が増加することを見据え、長年にわたりこの地で慢性期医療の研究に取り組む1人の作業療法士*がいます。美原記念病院 リハビリテーション部 作業療法科 科長の石森 卓矢(いしもり たくや)さんです。日々患者さんと接する石森さんが慢性期医療に携わりながら研究を続ける理由や、作業療法士として大切にしていること、思い描く慢性期医療の将来など、慢性期医療における作業療法士としての情熱や思いを伺いました。
*作業療法士:患者さんの心身の機能を回復し、日常生活や社会生活に復帰できるよう訓練や指導を行う医療技術者。
作業療法士として過ごす日々の中で芽生えた研究への思い
2007年に国際医療福祉大学の作業療法学科を卒業後、群馬県南部に位置する伊勢崎市の美原記念病院に作業療法士として入職しました。適切な作業療法を行うためには医学的な知識を増やすことが重要だと考え、急性期一般病棟で研鑽を積みました。
その後、もう少し長い期間一人ひとりの患者さんに寄り添いたいと思い、入職3年目に回復期リハビリテーション病棟へ移ります。手足の麻痺や記憶障害などがある患者さんに対する作業療法に務める中で、“患者さんが退院後も自宅でその方らしい生活を送れているのか”ということが気にかかりました。そこで当院併設の訪問看護ステーション グラーチアに異動し、訪問リハビリテーションに携わりましたが、このときに慢性期医療の領域では作業療法のエビデンスが確立されていないことを痛感しました。
日本作業療法士協会が定める作業療法の定義として、その役割の1つに『人々の“健康”と“幸福”の促進』があります。しかし“幸福”の促進の定義が科学的に確立していないと常々感じており、患者さんの幸福の促進のために作業療法士として具体的に何ができるのだろうと考えていました。その課題を解決するためには、自分でデータを集めるしかないと思い積極的に研究活動を行うようになったのです。研究結果を論文にして発表し、日本慢性期医療学会で優秀論文賞を受賞したことなども後押しとなり、今の研究活動を続けることができています。
現在は主に、回復期リハビリテーションと訪問リハビリテーションの2つの分野で作業療法と研究活動を行っています。
地域の特性を考慮した作業療法への取り組み
画像:PIXTA
当院のある群馬県伊勢崎市は人口約20万人、群馬県内では4番目に人口が多く、2023年現在の高齢化率は約25%で全国的に見るとやや若い人が多い市です。ただし、2030年以降も高齢者人口の割合は増え続けると推察されています。
脳神経疾患を専門とする当院では、受診される患者さんの多数が脳卒中や脳血管障害の方です。そのため、作業療法の対象となる患者さんが恒久的に行える作業を共に探し、その作業を行うことができるようサポートしていくことを作業療法科のコンセプトとしています。特に回復期リハビリテーションにおいてはADL(日常生活動作訓練)獲得のみでなく、在宅を見据えた作業療法を提供することが必要です。
当院が行ってきた取り組みの例として以下のものがあります。
- ・外出着の更衣練習による引きこもり予防
- ・退院後に再び仕事に就くことを目的とした就労支援
- ・退院後に再び農作業を行いたい方に対する畑作業の練習
- ・車移動が必須な地域であることを考慮した自動車運転評価・訓練
- ・ “手を使う”機能の向上のため、電気刺激療法機器やロボット療法などを用いた上肢機能訓練
- ・IADL(手段的日常生活動作:ADLを元にした社会生活上の複雑な動作)を重視した訪問リハビリテーション・入院中・退院後の就労支援
これらを通し、患者さんが退院後も生き生きと生活できるように支えています。
画像:PIXTA
研究を通して慢性期医療に貢献したい
患者さんが幸福な人生を送るための支援がしたいとの思いでこれまで取り組んできた研究は、“80歳以上の脳卒中患者さんへのリハビリテーション量とADL能力向上の関連性”や“作業療法の上肢機能改善効果について”など多岐に渡ります。
入職当時は、こうした研究活動に携わるようになるとは思ってもみませんでしたが、当院院長の美原 盤(みはら ばん)先生が「アカデミックであれ」といつもスタッフに学問の重要性を話していたことも影響し、病院全体が研究活動に取り組む文化を持っていたことが大きかったと思います。分からなければ調べ、調べても分からなければ自分で研究し答えを見つける、その過程が研究のやりがいへとつながっていきました。私個人の力で社会を変えることは難しくとも、データを取ることや調査・研究を大切にする美原記念病院の一員として社会制度の発展に貢献できることは、とてもありがたいと感じています。
作業療法の分野は医学や薬学の分野と比べ、まだ十分にエビデンスが確立されていないと感じます。だからこそ日々臨床のデータを集め科学的に証明することに、これからもこだわり続けたいです。
患者さんと接する際に大切にしている姿勢
1人の患者さんの言葉から得られた大きな気付き
かつて私が担当していた、ある入院患者さんのことは今でもよく思い出します。当時の私は「歩けるようになりますよ」などと安易にポジティブな声がけをして、もし作業療法をきちんと行っても歩けるようにならなかったとき、ショックを与えてしまうのではないかと恐れていました。そのため、あえて「車椅子での生活になるでしょう」と、慎重な経過説明をすることが少なくありませんでした。
ところが、その患者さんの家を退院後に訪問したところ、患者さんが歩けるようになっていたのです。ご家族がおっしゃるには、「諦めそうになることもあったが、やればまた歩けるかもしれないと家族で話し合い、一生懸命頑張った」とのことでした。医療従事者として、発する言葉に責任を持つ必要があることや、作業療法士は患者さんの人生の一部を預かっているということに気付かされた出来事でした。それ以来、どのように患者さんに声をかけるとよいのか、どうすれば患者さんの人生に最大限寄与できるのかをより熱心に考えるようになりました。そして、より多くの作業療法士が医療従事者としての責任と自覚を持つためにも、研究を積み重ね、形にすることが重要だと思いました。
“患者さんの人生を預かっている”という意識を持つ
技術の向上はもちろん、自身の経験から“患者さんの人生を預かっている”という意識を持つことが重要だと感じています。また、医療従事者である前に一社会人として年上の方に対する敬意や言葉遣いなど、礼儀礼節をわきまえることも大切です。
加えて、患者さんに提案する治療法が科学的根拠に基づいているかを常に意識すること、また患者さんへの適合基準を考えたうえで治療法を複数提示し、実際に試してみて反応がよかった治療法や患者さんの希望を尊重した治療法を提供するなど、決して治療法を押し付けないことも念頭に置いています。
さらに研究を重ねて慢性期医療を発展させたい
これからも慢性期医療をよくしていきたい、発展させたいというのが作業療法士としての私の願いです。そのためには一つひとつデータを積み上げ、作業療法の効果を科学的に証明していくことが重要であり、それこそが私の使命であると考えています。今後も慢性期医療における作業療法のエビデンスを確立させることに力を注いでいきたいです。
これからの慢性期医療の担い手へ――得意分野を見つけて
作業療法士として現在慢性期医療を担っている方や、これから担いたいと思っている方の中には、作業療法士という仕事に対する強い意志や目的がないことに迷いを感じている方もいらっしゃるかもしれません。しかし私個人としては、強い意志や目的がないことは決して悪いことではないと思っています。なぜなら一生懸命働いていく日々の中で、その意義が見つかることがあるからです。私自身も今の環境に身を置き続けたからこそ、“慢性期医療における作業療法のエビデンスを確立するために研究を重ねる”という大きな目的を見出すことができました。
作業療法士として特定部位のリハビリテーションのスペシャリストを目指すのもよいですし、就労支援のスペシャリストを目指すのもよいでしょう。「慢性期医療をよくしたい」という思いがあるのであれば、焦らず、働きながら何か目標を見つけていただければうれしいです。また、その中でもし研究活動に興味を持つ方がいらっしゃれば、ぜひ一緒に取り組んでみたいと思っています。