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富家病院の取り組みから考える、摂食嚥下支援において大切なこと

富家病院 金沢 英哲先生

富家病院は “身体抑制ゼロ”を掲げ、さまざまな状況の摂食嚥下障害(せっしょくえんげしょうがい)を抱えた患者さんを受け入れています。ほかの病院で「食べられない」と判断された患者さんに対しても、できる限り口から食事を取れるよう支援しているのです。

嚥下困難と診断された患者さんが再び口から食べられるようになるために、どのような取り組みを行っているのでしょうか。富家病院における摂食嚥下障害の患者さんへの支援について、富家病院の金沢 英哲(かなざわ ひであき)先生にお話を伺いました。


“身体抑制ゼロ”を掲げる富家病院の特徴

当院では、さまざまな摂食嚥下障害の患者さんを受け入れ、治療できる体制を築いています。当院が掲げている“身体抑制ゼロ”の姿勢は、私にとって理想的な環境だと思っています。身体抑制を行わずにケアすることは、簡単に真似できるものではありません。医療者が患者さんを信頼することで成り立っていて、当院では10年以上継続的に取り組んでいます。全ての職種のスタッフが患者さんに対して優しく、特に看護師さんの行動力があると感じています。

私は当院へ本格的に参加する前から、5~6年にわたって当院で月数回ほど重度の摂食嚥下障害を抱えた患者さんの診察を担当していました。富家会グループ合同学会の講演に呼ばれることもあり、これらのご縁があって現在のように勤務するようになったのです。


チームで摂食嚥下支援を行うために

当院で重度の摂食嚥下障害を抱えた患者さんに向き合う中で、スタッフの間でも患者さんにとって適切な方法が何か悩むことがあります。各専門職の立場によって、ベストだと考える方法が異なることがあるのです。

たとえば以前、進行期の慢性呼吸不全があり衰弱している患者さんを受け持ったことがありました。患者さんは転院前の病院では口からの食事をまったくしておらず、当院に転院してから食べられるようになったのです。しかし、制止をきかずに食べ物を慌ててかき込んでしまったり、とろみをつけずに水分を飲んだりして、ときどきむせていることがありました。

患者さんが一度誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)を起こしたタイミングで、その後も口から食事を取るかどうかについてチーム内で意見が分かれました。本人は口から食べたいと希望され私はこれを支持しましたが、スタッフの多くはすぐに再度誤嚥性肺炎を起こしてしまうリスクが高いと考えたためです。実際には、その後も最期まで口から食べ続け10か月間生きられました。

これは一例ですが、スタッフ全員が患者さんのことを思うがゆえに意見が分かれることも少なくありません。特に患者さんが重度になればなるほど、チーム内での受け止め方もスタッフによって変わります。だからこそ、都度話し合いながら一緒に進めていけるようなチームづくりが大切だと考えています。

イメージ:PIXTA


患者さんを中心にしたチーム医療を

チーム医療を実現させるうえで、私は話し合いの中でチームとしての答えを導き出すよう意識しています。私は日本臨床倫理学会認定の臨床倫理認定士という資格を取得しており、一時期は、臨床倫理の点から問題点を整理して話し合う臨床倫理カンファレンスに取り組もうとしていたことがありました。

しかし、本格的に臨床倫理カンファレンスをやろうとすると、“倫理”という言葉に堅い印象があることから、話し合いの場に緊張感を生んでしまう可能性があるのも事実です。そこで現在は、“臨床倫理カンファレンス”という言葉は使わずに、話し合いの中で「ここはどう思う?」や「どんなふうにみていますか?」といった問いかけをしながら、頭の中で臨床倫理のスキルなどを駆使したカンファレンスをしています。

チーム医療を実践する1番のメリットは、独りよがりにならないことです。医療者は皆、正義感と知識、技術を兼ね備えていて、患者さんのためを思って日々医療に向き合っています。しかし、患者さんのためを思っていたつもりがどこかでずれていて、独りよがりになってしまうこともあるのです。このようなずれを内省できる点で、チームの力は大きいと思っています。また、精神面だけでなく肉体面でも、医療者1人で全ての患者さんを支えることは不可能です。さまざまな方向性から患者さんを支えるうえで、私はカンファレンスが非常に大切だと思っています。

また、医療者だけでなく患者さんもチームの一員として考えることを大切にしています。患者さん本人が受けたい医療や看護、介護、自己実現を出発点としたチームこそ、チーム医療の本質だと私は考えているのです。ただし、全ての患者さんが自分の意思を言葉にして表現できるわけではないので、医療者がいかに患者さんの思いを感じ取っていくかが今後の課題だと思っています。


医療機関同士の連携事例

私は当院以外に、個人でも摂食嚥下障害を専門にしたクリニック(スワローウィッシュクリニック)を開業しています。摂食嚥下障害の方の中には、喉だけでなく全身のリハビリテーションが必要な方、重度の後遺障害を抱えた方もいます。そのような患者さんが私の元に直接来院することは、実際には多くの困難があります。私の診察を必要としている患者さんに少しでも会いに行ける方法を考えた結果、当院とは別に自分のクリニックを開業するに至りました。

同クリニックでは、週末を利用して全国どこへでも私が往診するスタイルで診察を行ってきました。患者さんがいる地域の中で適切な医療チームがあれば、その環境で目標を達成したいという思いで訪問診療を始めたのですが、必ずしも全ての地域に医療チームが整っているわけではありません。地域内でフォローするのが難しい場合は、当院で私が主治医として診察をするよう提案することもあります。

逆に、当院を退院された後に在宅でのフォローが不安だと相談を受けた場合には、私が開業しているクリニックで訪問診療を行うこともあります。当院と自分のクリニックを行き来して、連携しながら患者さんに適した方法を柔軟に模索しています。

私のクリニックでは、患者さんに関わっている訪問看護師の方やケアマネジャーの方など、全ての職種に対して私が直接コミュニケーションを取ることを大事にしています。複数職種を介した間接的な伝達事項が伝言ゲームのようになってしまって時間がかかってしまったり、誤解を生んだりするようなことがないよう、心がけているところです。


摂食嚥下支援のモットーと、これからの目標

私は摂食嚥下障害の患者さんと向き合う際に、「どうにかして食べられるようになってもらいたい」という思いで関わっています。だからこそ、もしも患者さんに「食べたくない」という意思表示をされた場合には、その背景に何があるかを把握することが大切だと考えています。たとえば、過去に食事をして窒息したり、肺炎を繰り返したりした恐怖体験があるのかもしれません。あるいは、精神的な病気が隠れている可能性もあるでしょう。患者さんの現状だけをみて、食べられるか食べられないかを判断するだけでは不十分で、いかに食べられる状態に変えていくかを考えることが医療者としては重要なのです。

今後は、患者さんの経口摂取率を上げるために、できることをもっと考えていく必要があると思っています。たとえば以前、当院の院長が「病棟にベーカリーを作って、朝から焼きたてのパンを患者さんに届けられるようにしたい」と提案されたことがあったそうです。パンは窒息のリスクがあったり、パンを作る人材を確保する面で課題があったりしたようで、まだ実現はできていません。ただ、病棟内にベーカリーを作ること自体は、患者さんの五感が刺激される非常に素敵な発想だと私は思うのです。私自身も含め、今後は現場からもっと斬新な発想をしていきたいと考えています。

また、患者さんだけでなくスタッフのコーチングも大切にしたいことの1つです。若いスタッフに成功体験を積んでもらうのはもちろんのこと、スタッフ自身のなりたい姿を実現させるためのアプローチも大切だと思っています。

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