医療政策 2024.07.03
回復期・慢性期医療のデータベース構築と活用――実例とこれからの未来
平成医療福祉グループ総合研究所/所長 佐方 信夫さん
近年、医療業界の発展とより良い医療提供を目指して医療ビッグデータの活用が推進されています。また急性期医療のみならず、回復期・慢性期医療においてもその必要性が高まっています。2022年に設立された平成医療福祉グループ総合研究所ではグループ施設のデータベース構築を行い、職員の研究支援から民間企業・大学との共同研究まで取り組みを広げています。所長の佐方 信夫(さかた のぶお)さんに研究所設立の背景や具体的な取り組みとともに、データベース構築が未来の医療にもたらす可能性について聞きました。
職員の研究活動支援とデータベース構築が目的
平成医療福祉グループ総合研究所の母体である平成医療福祉グループは、2024年現在、全国に100を超える病院・介護施設などを運営しており、グループ全体で膨大な患者さんのデータを保有しています。
研究所の目的は主に2つあります。1つは“職員の研究活動の支援”です。これまで大勢の職員が研究活動に熱心に取り組んできた一方で、その内容が十分な学術レベルに達してないという課題がありました。またグループ内には26の病院があるにもかかわらず、各病院が個々にデータ収集と研究発表を行っており、グループのスケールメリットを生かせていなかったのです。そのため、研究所の設立により研究セミナーの開催や個別研究指導、複数の病院で協力してデータ収集を行う研究のサポートなど、研究活動の支援体制を整えました。
2つめの目的は“グループ一丸となった研究フィールドの提供とデータベースの構築”による医療・介護分野への貢献です。当グループでリハビリに従事する職員たちは、リハビリを通して患者さんの身体機能や認知機能を正確に評価して記録しています。また、患者さんとのコミュニケーションがとても上手く、臨床研究に欠かせない患者さんの参加同意をスムーズに必要数得ることができるという強みもあります。この特性とグループの規模を生かし、臨床データベースを構築して研究利用できるようにしたり、大規模な臨床研究のフィールドを提供したりして研究に貢献したいと考えています。
医療データベースの可能性を信じて――研究所設立の背景
私は以前、厚生労働省でDPC(診断群分類別包括評価)制度の担当者として、各病院から提出された膨大な急性期医療のデータ収集・公開に携わり、そのデータベースが未来の医療にもたらす可能性を感じてきました。その後DPCデータを扱う大学の研究室で博士号を取得し、自分が医療データを使って実際に研究する側になりました。しかし、そこではデータベースの可能性を再認識する一方で、血液検査の数値など、患者さんの状態の改善が分かる“アウトカム(成果ないし効果)の情報”が不足していると身をもって知ることになりました。また現在も客員准教授を務めている、筑波大学ヘルスサービスリサーチ開発研究センターでは医療介護のレセプト(診療報酬明細書)データを利用した研究を行っているのですが、こちらも利用できる情報は限定的です。レセプトデータはDPCデータよりも遥かに膨大で、全国の医療内容(各都道府県別データ、地域差など)を調べることもできますが、もっと患者さんの経過まで分かるようなアウトカム情報があればよいのにと感じていました。
その後2019年に平成医療福祉グループに入職し、しばらくは在宅医療部門の立ち上げに従事していましたが、それ以外にも「医療データベースに関わってきた経験を活かして何かできないか」「グループの規模の大きさを生かし、データを取りまとめることはできないだろうか」という思いがありました。当グループには多数のエンジニアが所属するシステム部門があり、リハビリのアウトカム情報を入力するシステムの構築や、独自の電子カルテの開発を行っています。この環境なら私がこれまで感じていた課題を解決に導ける「リハビリをメインとする病院グループならではの詳細かつ大規模な医療データベースが作れるのではないか」という構想が生まれたのです。
データベース構築における苦労と課題
“リハビリをメインとする病院グループならではの医療データベース構築”のアイデアはグループですぐに了承され、2022年、私が所長となり研究所をスタートすることになりました。
データベース構築を進めるにあたり、1番苦労したのはシステム事業部との調整です。データベース作りは研究者が想像する以上に大変で、システム事業部の専門的な知識と多大な労力がなければ成し得ません。研究用データベースの価値を理解してもらうことから始まり、研究者が欲しい情報とシステム部が重要と考えるポイントを盛り込んだ仕様を決定するまで、実に数か月を要しました。
データベースが固まったら、次は研究に利用できる状態にするまでにも時間を要します。収集したデータを研究で使えるレベルにするためには、データ入力の精度を高めることも不可欠です。現在、リハビリテーション部や看護部のメンバーに入力ルールの周知を行いつつ、過去のデータチェックやデータクリーニングを行っています。かつてDPC制度を担当していたときも経験しましたが、どのようなデータベースも最初から100点満点のものができるわけではありません。しかし当グループの施設は、本部からのさまざまな依頼の周知が早く、精度の改善をスピーディーに進めることができています。この強みを生かして、どんどんデータベースを改善させていきたいです。
データ活用の成果とその先に見える未来
当グループで収集しているデータはDPCデータや国のレセプトデータベースほどのボリュームはありませんが、投薬内容、リハビリの時間数などに加えて、身体機能や認知機能の評価によるアウトカム情報なども含まれています。家族構成や主介護者などの社会経済的背景の情報も一部含まれており、研究において有力なものとなることでしょう。現在、一部のデータを使って回復期リハの研究を行い、学会で発表できるところまできています。また、投薬内容についても実際に服用した情報を取得できるようにシステムの改修を進めており、今後の研究成果が待たれます。
さらに、近い未来に期待されるのは慢性期におけるデータの活用です。国も現在、介護分野のデータベース構築に着手しており、まだ問題点は多いものの今後は介護をデータ分析できる時代になるでしょう。そのなかで、当グループはさらに詳細なデータ収集を行い、独自のコホート研究を目指したいと考えています。介護施設入居者の認知機能、日常生活動作レベルといった基本的な項目から、フレイルの状態、体脂肪率や筋肉量、アクティビティへの参加頻度……など、ほかでは収集されない項目も含めてデータベースを作り5年10年と追い続ければ、施設で療養する高齢者の経過が詳細に分かるようになります。
高齢化率が高く、独自の介護保険制度を持つ日本は、介護分野におけるリーディングカントリーといえます。日本の高齢者が介護サービスを受けながら、どのような経過をたどっているのかといった研究は、世界でも貴重な知見になることでしょう。現在は試験的に当グループの介護老人保健施設や特別養護老人ホームの数施設で情報収集を開始したところですが、ゆくゆくはグループ全施設の情報をデータベース化してコホート研究を行う予定です。ほかとは異なる詳細な慢性期データを有することで、一段深い介護エビデンスの創出につなげたいと考えています。
日本から世界へ、医療・介護の研究に貢献したい
壮大なビジョンを持っていなければ、医療データベースを構築することはできません。またその反面、最初から完璧なものはできませんので、小規模なトライアルを重ねる必要があります。平成医療福祉グループはチャレンジさせてくれる環境とバックアップ体制がありますので、必ずデータベースを作り上げるという使命感を持って臨んでいます。また当グループの強みは、大きなフィールドに現場の業務をこなす多くのプレイヤーがいることにあります。多くの仲間でデータベースを作り、多くの仲間が手を動かして分析してこそ、多くの知見が生まれます。
将来的には回復期・慢性期医療に関わる病院や介護施設から統一したフォーマットで情報を集め、日本の大きな医療介護データベースに発展させることが理想です。大学や企業との共同研究にもいっそう力を入れながら、日本のみならず世界の医療・介護に貢献したいと考えています。