病気 2018.06.17
嚥下障害に対するリハビリテーション
浜松リハビリテーション病院 藤島一郎先生
嚥下障害(えんげしょうがい)とは、何らかの原因で嚥下機能(食べる・飲み込む機能)に障害が起こった状態をさします。高齢化の進む日本の慢性期医療において重要な課題である嚥下障害。本記事では、嚥下障害に対するリハビリテーションの目標や方法をご説明します。
嚥下障害に対するリハビリテーションの目標
- しっかりと栄養を摂取でき、肺炎にならない状態を目指す
嚥下障害に対するリハビリテーションは基本的に、「しっかりと栄養を摂取でき、肺炎にならない(誤嚥しない)状態」を目標に行います。それに加えて、本人が好きなものを食べられる状態まで到達できれば、QOL(生活の質)の視点からみても理想的です。
- 患者さんを層別化し、個別にリハビリテーションの目標を設定する
嚥下障害のリハビリテーションでは、患者さんを層別化し、個別対応する必要があります。基本的には「欠けている部分を補い、よい部分を伸ばす」を方針にリハビリテーションを行います。たとえば、軽度のむせがある、食べにくいものがあるといった軽症の方なら、それらへの対策を立てることで日常生活の食事に近づけていきます。一方、脳卒中の急性期、胃ろうをしているといった重症の方なら、まずは訓練を行い(詳しくは後述します)、1日1食でもよいので口から食事ができる状態にしてから、さらにその上のステップを目指します。
胃ろう(お腹に小さな穴を開けて胃にカテーテルを通し、栄養剤を注入する方法)を必要とするような重症の患者さんの場合、目標設定が難しいこともあります。胃ろうで栄養状態を改善してから再評価を繰り返し、どこまで食べられるか目標設定を見直すことも必要です。
リハビリテーションの目標に到達するためには?
- 患者さんの機能・能力を正しく評価することが重要
嚥下障害のリハビリテーションでは、事前に患者さんの機能を正しく評価することが非常に重要です。なぜなら、その方の持っている機能・能力よりも高いゴールを設定してしまうと、誤嚥によって肺炎や窒息が起こる可能性があり、低いゴールだと満足度が下がってしまうからです。
「患者さんの機能・能力をいかに正しく評価するか」は、プロの腕のみせ所といっても過言ではありません。そのためには、記事2でお話ししたような検査を適切に行い、医学的に評価することが重要です。
嚥下障害のリハビリテーションはどのように行うのか?
- 「基礎(間接)訓練」と「摂食(直接)訓練」の2種類
嚥下障害のリハビリテーションには、「基礎(間接)訓練」と「摂食(直接)訓練」の2種類があります。基礎訓練は食べ物を用いない訓練で、喉の動きを改善するために行います。一方、摂食訓練は実際に食べ物を用いて行う訓練です。
- 食べるためには「食べる訓練」が必要。少しずつ難易度を上げていく
以前は、まずは基礎訓練を行い、その後の摂食訓練では、座った姿勢で常食に近いものを食べるということが行われていました。しかし、現在では患者さんの状態を考慮しつつ、食べやすいものを食べやすい姿勢で、1口、2口でもよいので嚥下する訓練を始めます。つまり、基礎訓練と併行して摂食訓練を実施することが有効です。その理由は、「食べるためには食べる訓練が必要」であるからです。
- 患者さんの状態によってリハビリテーションの内容は変化する
嚥下障害のリハビリテーションは、患者さんの状態、置かれた環境によって変わります。基本的には、基礎訓練と摂食訓練を通して、重症の患者さんならベストスワロー(もっともよい嚥下)とセイフスワロー(安全な嚥下)を繰り返すリハビリテーションを行います。一方、軽症の患者さんならワーストスワロー(もっとも悪い嚥下)をみつけたのち、悪い部分を直しながら、誤嚥が起こらない状態を続けるためのリハビリテーションを行います。
- ①基礎(間接)訓練
嚥下障害のリハビリテーションにおける基礎訓練は、
・誤嚥の危険が高く摂食訓練が困難である
・経口摂取している方の場合、食前に嚥下器官の準備運動を行う、機能を向上させるといった目的で実施されます。
<基礎(間接)訓練の訓練法>
1 嚥下体操
2 頸部可動域訓練
3 開口訓練(舌骨上筋群強化目的)
4 口唇・舌・頬の訓練(マッサージ)
5 口唇閉鎖訓練
6 唾液腺のアイスマッサージ
7 舌抵抗訓練
8 氷を用いた訓練(氷なめ訓練)
9 前舌保持嚥下訓練(Tongue-hold swallow, Masako法,舌前方保持嚥下訓練)
10 チューブ嚥下訓練
11 頭部挙上訓練(シャキア・エクササイズ)
12 バルーン法(バルーン拡張法,バルーン訓練法)
13 ブローイング訓練(blowing exercise)
14 呼吸トレーニング
15 LSVT(Lee Silverman Voice Treatment,リー・シルバーマンの音声治療)
16 プッシング・プリング訓練(Pushing exercise)/(Pulling exercise)
17 冷圧刺激(Thermal-tactile stimulation)
18 のどのアイスマッサージ
19 体幹機能向上訓練
20 歯肉マッサージ(ガム・ラビング)
21 バンゲード法(筋刺激訓練法)
22 過敏除去(脱感作)
*引用元:「訓練法のまとめ(2014年版)」日本摂食嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会
- ②摂食(直接)訓練
嚥下障害のリハビリテーションにおける摂食訓練は、実際にものを食べることを通じて嚥下機能を高めます。摂食訓練では、獲得したい課題を正しく安全に繰り返し行う「エラーレストレーニング(誤りのない訓練)」を実施します。
さらに、摂食訓練と同時並行で基礎訓練を行い、体力や嚥下機能を向上させていきます。
<摂食(直接)訓練の訓練法>
1 嚥下の意識化
2 体幹の角度調整
3 Chin down(頭部屈曲位、頸部屈曲位、Chin tuck)
4 食品(食形態)調整
5 スライスゼリー丸のみ法
6 一口量の調整
7 複数回嚥下、反復嚥下
8 交互嚥下
9 頸部回施、横向き嚥下
10 一側嚥下
11 鼻つまみ嚥下
いつ摂食訓練をスタートさせるの?
- まずは本人の意欲が大切。ほかにもいくつかの基準がある
嚥下障害が重症で口から食事ができないケースでは、以下の基準をもとに摂食訓練の開始を検討します。しかしながら、本人の意識がはっきりとしていて「食べたい」と思えているかという点が、もっとも大切な基準といえます。
<摂食訓練の開始基準>
- 意識レベルが清明か覚醒(JCS*で1-3以下:開眼している)
- バイタルサインが安定している
- 重篤な症状がない
- 嚥下反射を認める
- 随意的または反射的な十分な咳が可能である
- 著しい舌運動、喉頭機能の低下がない
*JCS(Japan Coma Scale)とは:意識レベルを客観的に判断するためのスケール
自宅でのリハビリテーション、介護で注意すべきこと
- 健康状態や食事の様子を注意深く観察する
自宅で嚥下障害のリハビリテーションや介護を行うときには、ご家族が患者さんの健康状態や食事の様子を注意深く観察することが大切です。たとえば、普段よりも元気をなくしていないか、食事中に咳き込んでいないか、うまく食べられないものはないか、十分食事料は取れているか,といった点に注意して観察するとよいでしょう。そのうえで、何かおかしい点に気づいたときには、主治医など医療関係者に相談してください。
- 患者さんに合わせた環境を作ることが大切
特に、食べていないものがあるとき、その理由が好き嫌いなのか、嚥下障害によって食べられないのかを判断する必要があります。生野菜や固いものは、食べにくいことも多いので、食事内容を工夫することで食べられるようになる可能性があります。
また、椅子やテーブルの高さを変える、食事をゆっくりできる環境を作る、食べやすいものを提供するなど、患者さんに最適なシチュエーションを作ることも重要です。これらは「環境調整的(改善的)アプローチ」といい、も広い意味ではリハビリテーションに含まれます。
- 料理をすべて手作りする必要はない。家族の負担を軽減することも重要
しかし、実際に毎日食事を用意するのはとても手間のかかることです。料理をすべて手作りする必要はありません。今は市販の食品も手軽に購入できますから、それらを活用し、家族の負担を軽減することも重要です。
- 日々の変化を敏感に感じとるため、体重などを測る
毎日一緒に過ごしていると、患者さんの小さな変化に気付きにくくなります。そのため、体重や血圧などを毎日測定することをおすすめしています。客観的な数値を測ることは、日々の変化を敏感に感じとる手助けになるでしょう。
また、以前に比べて口数が少なくなった、声がかすれているといった、嚥下障害の症状に該当するような変化には特に注意してください。