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“命を諦めない”避難対策の実現を目指して

株式会社JINRIKI 代表取締役社長 中村 正善さん

“令和2年7月豪雨”では、熊本県の介護施設において避難の遅れにより車椅子利用者の方々が犠牲になりました。またウクライナ国内には、戦禍の中、逃げたくても逃げられない車椅子利用者の方々がいます。中村 正善(なかむら まさよし)さんが代表取締役社長を務める株式会社JINRIKIは、避難困難者の命を守るため“JINRIKIウクライナ支援プロジェクト”を立ち上げ、車いすにワンタッチで着脱可能な車椅子移動支援具をウクライナに届ける活動を行っています。誰もが命を諦めることのない避難対策を実現するためにできることは何か、中村さんにお話を伺いました。


日本における災害時の障がい者避難の課題

東京都は、首都直下地震をはじめとするさまざまな災害に対して事前の備えや発災時の対処法などをまとめた『東京防災』というマニュアルを配布しています。このマニュアルでは、妊婦・子ども・高齢者・外国人・障がい者の方々を災害時に配慮が必要な“要配慮者”としていますが、高齢者や障がい者の避難に関する具体的な記載はほとんどなく、車椅子の絵も描かれていません。“要配慮者”の避難方法としては、家の中の安全な場所に避難する“在宅避難”について書かれているだけなのです。

東京都の『消防白書』でも、高齢者や障がい者の避難に対する支援は大切だと指摘されているものの、具体的な対策については明示されていません。このように、障がい者や高齢者の避難に支援が重要であることは周知されていても、具体的な対策が示されていないのが日本の現状であるといえるでしょう。

車椅子で坂道を移動する訓練の様子


災害時の障がい者避難――事例紹介(1)

熊本県 球磨川氾濫のケースからみえる課題

画像:PIXTA

 

2020年7月に起きた“令和2年7月豪雨”では、熊本県の球磨川が氾濫し介護施設で14人の高齢者が犠牲となりました。この災害について依頼を受け調査をしたところ、複雑な要因がさまざまにからんでいて、単純なケースではないことが分かりました。

被災地となった特別養護老人ホーム“千寿園”の標高は、球磨川とほぼ同じ高さにあります。歩行できる方は自力で建物の2階に避難できましたが、車椅子利用者は2階への避難が遅れました。車椅子を持ち上げることに慣れていない方々によって夜中に避難が行われたので時間がかかったという理由のほか、そもそも避難の開始が遅すぎたため多くの犠牲者が出てしまったと考えられます。入居者は、認知症の方や睡眠薬を服用している方も多く、就寝中の真夜中に突然起こされても速やかに避難をすることは難しいのです。

では、なぜもっと早い段階から避難を開始しなかったのでしょうか。豪雨の中、車椅子での避難は大変だと最初から諦めて、判断が遅れてしまったことが大きな要因だったと考えられています。しかし、諦めることなく地域の方たちと一緒に前日からリヤカーや車椅子移動支援具を使っていれば状況は変わっていたかもしれません。

 

2021年には、災害対策基本法の一部が改正され、避難行動要支援者に対して自治体が個別避難計画を作成することが努力義務とされました。医療従事者や介護従事者は、入院中・入居中の患者さんや障がい者の命を守るために計画を立てる努力が必要であると定められています。そのため、普段から避難について具体的な行動計画を練っておく必要があるでしょう。また、障害者差別解消法に基づき、障害の有無によって分け隔てすることなく誰の命も等しく守られなければなりません。

また、車椅子利用者の方も、日常的にいろいろなところに出かけ車椅子での外出に慣れておくことが大事ではないかと考えます。日常的に車椅子を体の一部のように使いこなしていただくことで、いざというときに慌てず命を守る行動につながります。

 

命を諦めない避難対策を

現代は、地震以外の台風、大雪、津波といった災害は予報や速報で事前に知ることができる時代です。災害が起きるまで数時間から数日の猶予があるわけですから、物理的にはあらかじめ移動することが可能だといえます。車椅子利用者も、移動さえできれば避難が可能なのです。未来に起こり得る災害については、避難行動支援者が避難することを諦めず、障がい者の方が動けるようにサポートしていけば、助かる命の数は変わるはずです。こういった考え方を世界中に広めていきたいと思います。

車椅子利用者の避難訓練の様子


災害時の障がい者避難――事例紹介(2)

ウクライナ支援への取り組み

画像:PIXTA

 

日本だけではなく世界中で、移動したくてもできずに困っている車椅子利用者の方がいることでしょう。今まさに困っているのは、ウクライナから避難したくでもできない高齢者や障がい者の方たちではないかと思います。そう考えスタートしたのが、“JINRIKIウクライナ支援プロジェクト”です。クラウドファンディングで寄付を募ったところ、開始3週間で約4,000万円の寄付が集まり、現地の方々に“JINRIKI”を届けることができました。

JINRIKI QUICKを寄贈する中村さん

 

私自身が現地に向かったのには理由があります。支援物資をウクライナへ送るには税金や輸送費がかかるため、日本国内で滞留してしまっている物資が山ほどあるのです。ポーランドにも支援物資は集まっていますが、それを仕分けして運ぶボランティアが足りず、世界中から集まった物資が届くべき所に届けられていません。“JINRIKI”を送っても、使い方が分からなければただの鉄の棒ですから、倉庫で埋もれてしまうのではないかと思いました。皆さんの善意を無駄にしないためにも、自ら現地へと赴き直接渡すことにしたのです。

 

最初は、100台の“JINRIKI”を持って現地へ向かいました。アポもろくにない状態でウクライナ鉄道の駅にある大きな避難所を訪問し“JINRIKI”について説明したところ、「避難を諦め自宅に残っている家族に届けたい」と、情報はあっという間に拡散されていきました。車椅子利用者の方たちは、避難したくても破壊された道路や橋などの悪路を越えて逃げることはできません。防空壕への避難すら難儀している方たちがいます。現地に行ってみて、逃げたくても逃げられない方たちに“JINRIKI”が必要とされていることを実感したのです。

 

ウクライナ支援における課題と展望

“JINRIKIウクライナ支援プロジェクト”では、2回目は95台、 3回目は340台と、合計535台の“JINRIKI”をウクライナに寄付しました(2023年2月14日時点)。しかし、ウクライナでは数百万人の高齢者と障がい者がいまだ避難できずにいるといわれています*ので、まだまだこれでは足りません。実際に今まで寄付してきた台数は、困っている方たちからすれば、大きなプールに数滴のインクを垂らした程度で、これはきっかけに過ぎないのです。

今後は、ウクライナ国内で“JINRIKI”を製造できる仕組みを作っていきたいと考えています。戦災で失業してしまった方たちに向け、産業を創出していく必要もありますからその一端を担うことができれば幸いです。ポーランドはEUの加盟国であるため、ウクライナで製造しポーランドを通じてEU圏内に広めていくことができるのです。世界中で起きている災害から多くの方たちの命を守るためにも、ヨーロッパへの展開を目指しています。

 

*欧州障害者フォーラム(European Disability Forum)によれば、ウクライナには60歳以上の高齢者が700万人以上、障がい者が270万人いて、多くは移動手段を持たないため避難が難しいとされる。


これからの障がい者避難対策――JINRIKIの活用と国の取り組み

国と連携した開発を推進

私が“JINRIKI”を開発したときは、このような車椅子移動支援具はほかにありませんでしたが、現在は少しずつ類似品が販売されるようになりました。複数の企業で製造・販売することは国による設置義務化への近道となり、結果的により多くの方の命を救うことへとつながるので、私にとっても嬉しいことです。2023年5月現在、“車椅子牽引用レバーに関するJIS開発”は“経済産業省の戦略的国際標準化加速事業:政府戦略分野に係る国際標準開発活動”の1つとして規格化の手続きが進められているところです。

今後、安全な車椅子移動支援具が“JINRIKI”以外にもたくさん作られ、世の中に広まってほしいと願っています。

 

車椅子移動支援具のさらなる開発を目指して

現在も、車椅子利用者の行動範囲を広げる一助になればと考え、さまざまな試作品の開発を進めています。まず商品化したいのは自転車での牽引装置、そして車椅子の後ろにほかの車椅子やカートを装着する連結装置です。自転車で車椅子を牽引できれば、よりスピーディーに移動できますし、行動範囲も広がります。また、車椅子の後ろにカートを連結し自転車で引っ張れば、かさばる荷物を積んで移動することも可能になるでしょう。

車椅子利用者の方々が日常生活の中で抱えているさまざまな「困った」を解決するべく、便利なアナログのソリューションを今後も開発し、提供を続けていきたいと思います。

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