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“口から食べること”の大切さに気付いた経験とこれまでのあゆみ

NPO法人口から食べる幸せを守る会 理事長 小山珠美さん

病気やけがなどが原因で口から食べることが難しくなった場合、胃などに直接栄養や水を取り込む“人工栄養(経管栄養)”を選択することがあります。現状の医療・介護の現場では、口から食べたいという本人やご家族の願いが叶わず、人工栄養となるケースも少なくありません。2013年に“NPO法人口から食べる幸せを守る会”を発足し、普及啓発・研修などの活動に尽力する看護師の小山 珠美(こやま たまみ)さんに、口から食べることの重要性に気付いた経験とこれまでのあゆみを伺いました。


口から食べることの大切さに気付いた経験

高齢化の進展と人工栄養技術の普及

長年看護師として医療の現場で働くなかで、人工栄養のあり方や食べることの重要性を考えるようになりました。

私が看護師として働き始めた1990年代、当時は日本の高齢化が進んでおり、同時に胃瘻(いろう)などの人工栄養が普及しつつあった時期です。人工栄養は本来、口から食べることが難しくなった方に対し、一時的に胃や腸を使うために導入されました。ところが急激に高齢化が進展し、口から食べることが難しい要介護の高齢の方が増加しました。それにより誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん:食道へ入るべき唾液や食べ物などが気管に入り、細菌を気道に誤って吸引することにより発症する肺炎)を懸念し、人工栄養を選択するケースが増えたのです。中には、誤嚥性肺炎のリスクを過度に懸念する例もありました。つまり、口から食べることのメリットよりもリスクを重視する状況が生まれたわけです。

 

“口から食べたいのに食べられない”不条理

このような変化は、一部の方に“口から食べられない(食べさせてもらえない)”不条理をもたらしました。五感を使って食べ物を体に取り入れ、おいしく・楽しく食べることは身体的にも精神的にも必要なことなのに、その機会を奪われてしまう方が多くいたのです。想像してみてください。もし今日から流動食しか食べられないと言われたらどうでしょう。もし大切なご家族が人工栄養になり、食べる楽しみを奪われてしまったら「なんとか食べられるようにしたい」と思うのではないでしょうか。

もちろん誤嚥性肺炎の予防という観点から人工栄養が必要なケースもありますし、栄養と水分は人工栄養でも補給できるでしょう。しかし、しかるべきことを行い食べられるように試みれば、食べられる方はもっといると思いました。「あまりにも簡単に人工栄養を選択してはいないか」「どうしたら食べたいという思いを叶えられるのだろう」、そんな疑問を抱くようになりました。これが現在の活動を始めた原点です。

 

写真:PIXTA

 

実践の成果により周囲の理解を得られるように

それから私は、「食べたいのに食べられない(食べさせてもらえない)人たちを1人でも多く救いたい」という思いで、周りのスタッフに協力を仰ぎながら活動を始めました。協力的な方もいましたが、すぐに全員の理解を得られるわけもなく、初めは反発も多かったです。「もし誤嚥性肺炎になったら婦長が責任を取れるの?」と問い詰められたこともありました。まさに闘いでしたね。

しかし、技術と知識を生かして口から食べられるよう試みを続けました。その結果、たとえば脳卒中の急性期治療後すぐは全介助(自分だけではその動作ができず、介助者が動作の全てを介助する状態)を必要とした患者さんでも、徐々に口から食べられるようになったり、誤嚥性肺炎の患者さんに対して安全を確保しながら食事介助できたり、さらに在院日数が短縮したりしました。そのような成果が出始めると、周囲もだんだんとその重要性を理解してくれるようになったのです。

※良質な食支援のポイントと実践についてはこちらの記事をご覧ください。

 

より広くサポートできるようにNPO法人化へ

また、一方でさまざまな人たちとのつながりを通じて講演や技術研修などを行うようになりました。そして活動の中で、患者さんのご家族からのメールや電話での相談が増えていきました。そのような人たちをサポートできる仕組みが欲しいと思い有志で立ち上げたのが、“NPO法人口から食べる幸せを守る会”です。

2011年に東日本大震災の支援活動をしていたときにも、災害の二次的な影響により誤嚥性肺炎になるケースを数多く目にしました。介助の人手不足により十分な栄養補給ができない方や、適切な口腔ケアができない方などが誤嚥性肺炎になり、結果的に命を落としていくのを目の当たりにして、普及啓発活動の必要性を強く感じた経緯もあります。

 

普及啓発活動と看護師の仕事は“両輪”

NPO法人での活動と並行して、現在も急性期病院で看護師として働いています。そこには、やはり臨床の場にいないと自らの技術や考え方が衰退していくだろうという考えと、実際の医療現場で患者さんやご家族と直接関わり続けたいという思いがあります。社会に広く普及啓発する試みと共に、半分は現場での実践と組織変革に努めたいと思うのです。そしてこの両輪の取り組みが、“口から食べたい”と望む方を1人でも多く助けることにつながれば、本当に嬉しいです。

次の記事では、食支援の普及啓発活動を通じて感じる社会の変化などを伺います。

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