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リハビリテーション医療とその担い手を広げたい――人材育成に力を尽くす三上 靖夫さんの思い

京都府立医科大学大学院 リハビリテーション医学 教授 三上 靖夫さん

超高齢社会に突入した現代、誰しもが住み慣れた地域で何歳になっても安心して暮らせるように、介護や福祉の分野とも連携して治療にあたるリハビリテーション科の医師が求められています。京都府立医科大学大学院 リハビリテーション医学 教授の三上 靖夫(みかみ やすお)さんは、リハビリテーション医学・医療に関わる人材育成に力を注ぐとともに、柔道界において子どもたちの指導やアスリートのサポートにも尽力されています。多方面で活躍する三上さんに、これまでのあゆみや活動の原動力、モットーなどについて伺いました。


整形外科からリハビリテーション科への転向

整形外科の医師としてキャリアをスタートした私は、入局して間もなく脊椎脊髄(せきついせきずい)外科の道に進みたいと思うようになりました。ある患者さんが手術によって麻痺が改善して非常に喜ばれる姿を見て、私もこのような仕事をしたいと思ったのがきっかけです。このとき、当時の師匠から言われた言葉は、私の医師としての姿勢に大きな影響を与えました。

「自分が執刀した患者さんについては一生その責任を負わなければならない。メスで他人の体を切っても傷害罪にならないのは医師だけだ。患者さんの一生を背負う覚悟がなければ切ってはいけない」――。この教えを胸に、自分が執刀した患者さんには「これで治療は全て終わりです」と私からは決して言わないと心に決めました。

そうして1人の高齢の患者さんを長期間診ていると、年を重ねるにつれ、ほかの病気や障がいを合併する人をたくさん診ることになります。脳卒中や心臓の病気を併発したり、ご自宅で生活を送ることが難しくなったりすることもあります。患者さんと10年を越えて向き合ううちに、高齢の患者さんからさまざまな困り事を相談されることも多くなりました。

そうしたなか、京都府が地域包括ケアシステム*の推進に向けた3つの柱として、“認知症・リハビリテーション・看取り”を掲げ、その施策の1つとしてリハビリテーションに携わる人材を育成するために、2014年に京都府立医科大学にリハビリテーション医学教室が新設されることになりました。私はそれまで整形外科医として脊椎脊髄の手術を執刀し、後進を育ててきましたが、リハビリテーション医学を専門とする医師がまだまだ少ない状況は課題に感じていました。その人材育成に携わる仕事はやりがいがあるのではないかと思い、リハビリテーション医学教室への異動を決めたのです。

*地域包括ケアシステム:高齢者が住み慣れた場所で最後まで自分らしい生活を送れるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される仕組み。


リハビリテーション医療・医学の人材育成に取り組む

私はリハビリテーション医学教室の新設に合わせ病院教授として参画し、2019年に教授に就任しました。当教室は、リハビリテーション医学・医療に精通した人材の育成を使命として立ち上げられた教室ですから、もっとも重きを置いてきたのは“教育”です。教育対象は学生、研修医や専門医を目指す医師にとどまらず、第一線で地域の患者さんを診ておられる、主に開業されている先生方を対象としたセミナーを毎年数回開催しています。コロナ禍以前は対面で行っていましたが、2024年12月現在はオンラインセミナーを開催しています。

研究にも力を入れており、現在は関連病院と連携し健康長寿の秘訣を探る疫学研究“京丹後長寿コホート研究*”に力を入れています。京丹後市には元気な高齢者が多く、百寿者(100歳以上)の人口比率は全国平均の3倍を超えています。当大学の複数の教室が健診データを解析し、健康長寿の医学的メカニズムを明らかにしていくことを目指すコホート研究です。当教室では、身体活動量が健康へ及ぼす影響について研究しています。

*コホート研究:調査時点で考えられる要因を持つ集団と持たない集団を追跡し、罹患率や死亡率を比較することで、病気との因果関係を推定することを目的とする研究。


自身を成長させてくれた柔道界への恩返しも

医師として仕事をする傍ら、柔道にも関わっています。私は小学校2年生で柔道を始め、中学、高校、大学と柔道部で主将を務めていました。医師になってからも、転勤するたびに近くで柔道ができる場所を探し、柔道を続けてきました。滋賀県の実家に戻ってからは、子どものときからお世話になっていた守山市柔道連盟に再度加わり、2013年から会長を務めています。私自身も練習して試合に出ることもありますが、力を入れているのは子どもたちへの柔道指導です。毎週土曜日に就学前の小さな子どもたちに運動機能の向上や転倒予防につながるような動きの指導などをしています。ここで柔道を始めた子どもたちが、中学や高校の全国大会で活躍するようになりました。

 

全国レベルでも活動の機会をいただき、全日本柔道連盟では医科学委員会 委員長を務めています。けがや事故の原因究明や発生予防、感染症予防対策など柔道に関する医学的課題について情報を発信し、研究成果を柔道医科学研究会などで発表するほか、オリンピックを含む国内外の大会で救護を担当しています。多忙ななかでも柔道に深く関わっているのは、「自分を成長させてくれた柔道界に恩返しをしたい」という思いからです。日本国内での競技人口が減少するなかで、守山市柔道連盟では、小学生以下だけでも70名以上の子どもが柔道を楽しんでいます(2024年12月時点)。今後も、青少年育成やアスリートのサポートに携わっていきたいと思います。


“迷ったら進む”、しかし“分相応”をわきまえる

私の活動のバックボーンは、大学時代4年間通っていた坐禅道場の先生の教えです。医師として、人としての心構えを叩き込まれました。あれから40年経ちましたが、今でも肝に銘じている教えが2つあります。1つは、“分相応”です。「偉そうにしたり虚勢をはったりせずに、身の丈に合った振る舞いをしなさい」という意味です。もう1つは、“迷ったときは進め”という教えです。「やり遂げる力が自分にあるから迷うのであって、自分にできないことならそもそも迷うことがない。迷ったときは、そのまま進みなさい」と教えられました。それに、次の機会にと見送ってしまえば、そのチャンスは二度と訪れないかもしれません。今も何かに迷ったときは、これらの教えを思い出し、ネガティブな言葉は慎んで前に進むように心がけています。

これまでの人生で、やり残したことや後悔は特に思い当たらないです。毎日、充実した時間を送っています。


リハビリテーション医学・医療に携わる人を増やしたい

今の目標の1つはリハビリテーション医学・医療に携わる仲間をもっと増やすことです。リハビリテーション科を目指す医師は全国的に少しずつ増えてはいるものの、年間170人ほどしかいません。リハビリテーションという言葉は市民権を得ていますが、リハビリテーションを専門とする医師が実際にどのような仕事をしているのかあまり知られていないことが、志望者が増えない理由の1つだと思います。もっと認知度を上げ、リハビリテーション科医の増加に寄与できればと思っています。また、2023年に設立した“京都リハビリテーション医療・介護フォーラム*”の活動をより広げ深めていきたいです。京都府全体で、医療と介護が一体となって連携し、人々の幸せに貢献していければうれしく思いますし、このような取り組みが全国に広がっていくことを願っています。

2025年6月には第62回日本リハビリテーション医学会学術集会を主催する予定で、準備に追われています。テーマは、“精力善用 自他共栄”としました。これは柔道の創始者である嘉納 治五郎先生の言葉で、心身を鍛え積み上げてきたものを他人と分かち合うことで共に栄え、社会をよくしていこうという意味です。柔道の意義を説いた教えでありながら、人材育成にも医学にもぴったり当てはまると考え、学術集会のテーマに選びました。これまで行ってきたことを皆で共有しながら、患者さんのために広げていきたいという私自身の願いを込めています。

*京都リハビリテーション医療・介護フォーラムについてはこちらの記事をご覧ください。


魅力あふれるリハビリテーション医学・医療の仕事に誇りを持って

リハビリテーション医学・医療の魅力は、人間が持つ回復力に触れられることです。これ以上回復が難しいのではないかという状態で絶望していた人が、リハビリテーション治療で改善し喜ぶ姿を見ることができるのは、我々にとっても大きな喜びです。患者さん自身が訓練を頑張ってくれるからこそですが、薬や手術では治療が上手くいかない患者さんを他科から紹介され、リハビリテーション治療によって改善していく様子を肌で感じられるのは、リハビリテーション科の醍醐味だと感じます。元の状態に戻るのが難しい患者さんも当然おられますが、そういった患者さんに対しても、環境を整備するなどできることはたくさんあります。また、生活をよくできることがあるはずだと寄り添い、話を聞くだけでも患者さんの心を落ち着かせることもできます。

生活や人生を支えるリハビリテーション医療や介護の仕事は、とても崇高なものだと考えます。患者さんだけではなく、地域や社会を元気にする力を持っているのではないでしょうか。リハビリテーション医療や介護の仕事に携わっている人には「自分は素晴らしい仕事をしているのだ」と誇りを持って患者さんに接していただきたいと思います。

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