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スウェーデンの社会制度から日本が学ぶべきこと――超高齢社会の医療の在り方を見直す

元 駐スウェーデン日本国特命全権大使/日本赤十字社常任理事 渡邉 芳樹先生

福祉国家と呼ばれるスウェーデンでは自律(立)と平等が重要視され、社会への信頼に基づく個人主義が貫かれています。医療・福祉分野においてもこれらの考え方が根底にあり、各制度や仕組みにも“スウェーデン・モデル”と呼ばれる特徴がみられます。年間の受診回数や医師の働き方など、日本の医療の在り方とは大きな違いがあるのです。高齢化が進み続ける日本において、福祉制度の改革が課題となる日本は、スウェーデン社会からどのようなことを学ぶべきなのでしょうか。6年間にわたり外交官としてスウェーデンに在勤された、元 駐スウェーデン日本国特命全権大使/日本赤十字社常任理事の渡邉 芳樹(わたなべ よしき)先生にお話を伺いました。


スウェーデン社会の在り方を示す“スウェーデン・モデル”

(当社購入素材)

 

スウェーデン・モデルとは本来、スウェーデンにおける経済政策や労働市場関連で生み出された用語です。物価の安定、完全雇用、経済成長、公正な賃金を目的として作られたモデルで、高い労働組合組織率と労使協調を背景に、同一労働・同一賃金、成長産業への労働移動と積極的労働市場政策、国民全員特に女性の就業と自立、企業資産の公有ではなく税・社会保険料による高度の再分配政策などを特徴としています。しかし、広義には経済や労働だけでなく市民生活全体が含まれており、スウェーデン・モデルは“スウェーデン社会の在り方そのもの”を示しているといえるでしょう。

 

また、闘争ではなく協調を好む実利主義であることも、スウェーデン・モデルの根底にある大切な考え方の1つです。さらに注目したいのが“ソーシャル・エンジニアリング”で、社会全体の生活水準を向上させるための手段を指します。具体的には、普遍的な児童手当や男女の育児休業と所得保障、医療や保育所費用のタックスマクサ(家計負担上限)、小学校から高校までの原則無料の教育、大学生の教育・生活・住居の公的保障による親からの独立(子どもからの親の独立)を確立する制度などです。

スウェーデンの社会や医療・福祉に対する考え方は日本とはかなり異なります。それらを知ることで、高齢化が進み変革が求められている日本の医療がより多角的・遠近法的に見えてくるのではないでしょうか。以下に、スウェーデン・モデルの基盤となる考え方であり、スウェーデン社会の文化を理解するうえで大切なキーワードを説明します。


スウェーデン・モデルの根底にある国民性

スウェーデン・モデルを理解するにあたっては、下記の3点が重要なポイントとなります。

自律(立)と平等、特に男女平等

スウェーデンは、国家全体として“自律(立)と平等”を掲げています。不平等な関係に身を置かず、お互いが頼り合わないなかに真の愛や友情があるという考え方です。そしてスウェーデン人は、そうした生き方こそが個々人の力を最大限に発揮させ、よりよい社会を作ると信じているのです。

“平等”の考え方の中でも、近年は経済的平等以上に男女平等を強くうたっています。たとえば育児休業については、配偶者に譲れない休日である“パパクオータ”“ママクオータ”制度があり、男女が平等に育児休業を取得できるよう制度化されているのです。女性の就業率も高く、2015年時点で20~64歳の男性の就業率が83%であるのに対し、女性は78%と、大きな差はありません。ちなみに高等教育は女性の80%近くが受けているのに対し男性は50%弱です。また、婚姻関係にあるカップルが離婚した場合、刑事犯罪でない限り慰謝料の請求はできません。結婚も男女平等で相手に依存しないという考え方に基づいているため、性格の不一致等に対して慰謝料を請求することは認められていないのです。代わりに、離婚時の子どもの養育費は監護に当たっている親又は福祉事務所からの請求に基づき社会保険事務所を通じて国が先払いする仕組みになっています。最終的には本来養育費を負担すべき者から償還・徴収されますが、その者が再婚し新しく家族を扶養していれば償還は免除・軽減されます。

 

社会への信頼と個人主義

スウェーデン人は、国家や政府、社会を“Government is something nice.(政府というものは何か素晴らしいものだ)”と評価します。すなわち国民は、公的な福祉が発達する以前から幅広く漠然とした、強い信頼を国に対して置いているのです。汚職はもっとも嫌われます。その根底にはやはり個人の自律(立)と平等があり、国家は自律(立)した平等な個人のためにあるものだといった信念が存在します。スウェーデンでは、“個人”が何よりも強い存在として位置付けられているのです。政治家はそうした“個人”と平等な同輩と見られており、秘書が運転する黒塗りの車に乗る“偉い人”ではないのです。さもなくば非スウェーデン的な異質の存在として非難されます。古代ゲルマン部族の時代からの伝統的な法思想であるとも言われます。

国や社会は自律(立)した個人のためにあると信じ、国に対する強い信頼があるからこそ、国民は政治へ積極的な姿勢を示します。自分にとって好ましい人生を送るために納税を投資と捉え、投資資金の使い道(納めた税金の使い方)を決めるために投票へ参加するのです。

 

変容と革新

古のバイキング時代からの記憶なのか(最近のNATO加盟申請で変化が見られますが)、19世紀以来の中立政策がもたらした長い平和による経済成長は、スウェーデン人をして経済でも学術や医療でも常に世界で一番の高みをめざし、国を開き世界の人材を取り込み変容と革新を通じて国際社会の荒波を乗り越えようとする意識の強さが伝わります。毎年のノーベル賞授与にも見られます。世界のマスターの一員という意識は強く、米国を牛耳るとされるWASP(アングロサクソン系新教徒)の一員でもあります。欧州における小さな米国と自らの国を称した首相もいました。そうした自信から自らの国を大きくて小さな国とみなし、2011年のダボス会議でも、お互いに依存しないスウェーデンの愛の流儀こそ経済再生の鍵であると訴えたこともあります。

平素は、何かの“問題”が発生したときに、問題そのものに焦点を当て論じ続けるのではなく、その中から解決するべき“課題”を抽出し、課題について述べるのが政治家でありプロフェッショナルだと彼らは考えます。このような国民性を持つスウェーデン人から見ると、日本社会は年金、医療介護、子ども子育て分野でもさまざまな問題を繰り返し取り上げているものの、解決すべき課題について正面から議論されていないように感じ、違和感を抱く場面があるのかもしれません。

個人を尊重し、国家全体として自律(立)した個人を目指すスウェーデンからは、何事にも強気で前向きな姿勢の国民性がうかがえます。


医師と患者の平等性が重要視されるスウェーデンの医療

基本的な仕組み

スウェーデンの医療は地方税を財源とし、日本での都道府県にあたる自治体(ランスティング:Landsting)単位で提供されています。公平性や効率性を重視した医療モデルが特徴で、医療従事者と患者さんが対等な立場であることを基本としています。労働条件は医師もほかの職業と同じものが定められていて、週40時間労働が原則です。正直なところ、スウェーデンの医療は“患者さんに優しい医療”とは言えませんが、患者さんも医師を個人として尊重したうえで医療サービスを受けています。

一方、日本の医療現場の多くは“医療従事者が患者さんに奉仕する”といった考え方が根強く、多くの医師はどれほど疲弊しても患者さんを診ますし、患者さんは高頻度に通院します。これは、スウェーデンの医療とは対照的といえるでしょう。

2019年にOECD(経済協力開発機構)が発表したデータによると、日本は年間1人あたりの外来受診回数が12.6回とOECD加盟国の中で第2位でした。対するスウェーデンは、1年に2.8回の受診と主要国の中では最少です。医師たちが疲弊せず万全な状態の中ででき得る最大限の医療を提供する、医学的に難易度の高いケースに意欲的に取り組むというのが、スウェーデンにおける医療の考え方なのです。

 

医療への“待機期間の解消”の課題とケア保証制度

スウェーデンの医療では、かつては医師に会うのは首相に会うのより難しいとも言われていました。大病院中心主義で身近な医療サービスは地区保健師のみに委ねられていました。大病院の医師が自宅でこっそり自由診療することも見られました。今では地域にプライマリーケアセンターが整備されてきましたが、実際に診察や治療を受けるまでに患者さんが長い時間待たされる“待機期間”は驚くほど長く、その解消がいつも大きな課題です。この対策としてスウェーデンでは2010年以来、患者さんに一定期間内の診察や治療を保証するケア保障制度を設けており、2019年の改善を経て▽受診を希望するとまず地区診療所に即日電話等でコンタクト、その後3日以内に医師等による診察▽専門医の診察や治療が必要と判断された場合は、地区診療所による紹介状の交付から90日以内▽治療内容の決定から実施まで90日以内などと定めています。これでも日本の常識では考えられないでしょう。専門医が診察後も5週間の長い夏休みをまたいで治療を始めるのは普通のことです。全体としてケア保証の達成度合いは改善傾向ですが、ランスティング(県)による格差が生じていたり、個別では長期間にわたって待機しなければならない事案が発生していたりと、予算制約とあいまって課題は残されています。


介護や福祉にも根付く“自律(立)”の考え方――コロナ禍でみえた課題

基本的な仕組み

スウェーデンの介護・福祉は市町村民税を財源とし、市町村(コミューン)が提供します。財源は日本のような介護保険制度ではなく住民税として徴収し、収入の多寡にかかわらず自治体により一律の税率が適用され国税庁がまとめて徴収します。医療を提供する都道府県と合わせた住民税は全国平均で32%と大変重い負担です。サービス改善のため近年も少しずつ税率は引き上げられています。スウェーデンでは、住民税が学校教育や福祉、医療、地域交通などの生活サービスを提供する原資となっているため、住民全員から一律で徴収することになっています。

 

医療は都道府県、介護・福祉は市町村と、運営する自治体が分かれているのもスウェーデンの特徴です。スウェーデンでは、原則として医療は介護や福祉に介入しません。介護の場面においても自律(立)の考え方が根底にあります。スウェーデンでは、体が不自由な人向けの食器や器具が発達していて、最期まで自力で食事を取ろうとする意識が強くみられます。逆に介護者による積極的食事介助や栄養点滴、胃(体に栄養を入れるために作るお腹に開けた孔)は一般に見られません。“最期まで自律して生きる力を保つ”、“自分で食べられなくなったら穏やかに最期を迎える”といった感覚が根付いているようです。90年代に高齢者医療介護の制度改革として有名な“エーデル改革”がありました。医療と介護の一体的連携が必要な認知症グループホームなどの施設が廃止され、特別高齢者住宅に切り替わりました。しかし往診・在宅医療や入院という外部医療は最小限、特別高齢者住宅も供給不足、介護職員も不足で、介護は自宅でホームヘルパーと家族で行う方向に変容しています。

これは特別養護老人ホームや老健施設や介護医療院という施設介護に加えてグループホームや訪問看護ステーション、特に看護小規模多機能型居宅介護などの整備が進み医療と福祉の連携を強めている日本とは大きく異なる体制です。

 

コロナ禍初期の施策からみえたもの

コロナ禍の施策においても、“国は自律(立)した個人のためにある”という国家個人主義の考え方は貫かれました。コロナ禍は長期戦になると予測し、抑止よりも緩和を意識した戦略が取られたのです。実際には、高齢者施設への立ち入りや50人以上の集会が禁止されたものの、ロックダウンや小中学校の休校はありませんでした。また、レストランも席を離しながら営業を続けました。ソーシャルディスタンスと社会経済活動の調和を図ることで、社会の持続性を維持しようとしたのです。

結果として、スウェーデンでは医療崩壊が起こりませんでした。ただし、介護施設では移民の方を中心に多数の死者が出たのも事実です。介護と医療が横割りでの運営になっていること、平時から行われている年齢と基礎疾患によるICU入室トリアージによって多くの高齢者が高度医療より緩和ケアに委ねられたことや、日頃集住する移民たちに依存した介護職員自身の罹患と職場に備えるべき防具類の予算が十分に組まれていなかったことによる入所者の感染が原因と考えられています。

 

スウェーデン介護・福祉の在り方からみえる日本の課題

一方で、医療と介護の連携が進んでいる日本にも、スウェーデンとは異なる課題があります。医療と介護の折り重なった部分でサービスを作ってきた日本でも往々にして高齢者に対しても救急移送の対応が行われますが、そもそも環境の変化は大きなストレス源です。高齢者の場合、ICUに入ったり緊急処置を受けたりといった、医療を受けるための環境変化自体が持病を悪化させ、時には命に関わるほどの大きな負担になってしまい逆に死亡が増えることもあります。実は救急処置より緩和ケアが求められるケースが多くあります。とはいえ、スウェーデンの介護施設における死者の多さの内実を見ると、現在超高齢社会である日本が批判できるようなものではないのです。なお、2023年3月12日のスウェーデン国営テレビのニュースではコロナ禍を卒業したスウェーデンの超過死亡率(2020~2022年)は欧州諸国でもっとも少ないことが報道されています。


スウェーデン社会の在り方から学んだことを日本の未来に生かす

(当社購入素材)

 

他国について学ぶことは、自国の姿を鏡に映すことだと私は考えています。ここまで述べてきたとおり、スウェーデンは“自律(立)”の考え方が根底にあり、患者と医師を平等な“個人”として捉えながら医療を提供したり、受けたりしています。対して日本では、救える命は救うとして医師が自身の体力の限界まで患者さんに“奉仕”する、またそうでなければ家族や世間が許さないといった状態があると言えるでしょう。医療制度や医師の働き方も両国では大きく異なりますが、日本は今後、医師の働き方改革やかかりつけ医機能強化のための制度改革が間近に迫り医療提供の現場が大きな変革を求められています。国を越えて外の社会を見つめ、自国の在り方を見直すことは、これからの日本をよりよくするためにも重要なことだと私は考えます。

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