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自然災害大国 日本におけるBCP総論――医療・病院が担う役割とは

一般社団法人Healthcare BCPコンソーシアム 理事長 有賀徹先生

事業継続計画(Business Continuity Plan:BCP)は、災害やテロ、システム障害などが発生した場合にも組織の事業を継続することを目的として、発災時の限られた必要資源を基に非常時の優先業務を目標時間・時期までに行えるよう策定する計画を指します。世界の社会・経済活動に甚大な影響を与えた新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)パンデミックもまた大きな“災害”であったことは自明です。BCPの重要性が再確認される今、一般社団法人Healthcare BCPコンソーシアム(災害時福祉・医療機能存続事業連合体)理事長の有賀 徹(あるが とおる)先生は何を思うのか――地域社会を守るBCPの総論を語っていただきました。【前編】


自然災害に加えて新興感染症の脅威も

日本はその位置や地形、気象などの自然的条件により、地震や津波、台風、洪水、豪雪、火山噴火といった種々の自然災害が発生しやすい国土となっています。実際に全国の市町村の97%は水害・土砂災害を2008年からの10年間で経験しており、近年では風水害も激甚化してきました。さらに、地球温暖化に伴ってSARS(重症急性呼吸器症候群)や高病原性鳥インフルエンザなどの新興感染症のリスクが高まり、2020年からはCOVID-19パンデミックにより世界中が混乱に陥りました。

また今後の想定として、南海トラフ巨大地震(マグニチュード8~9クラス)の40年以内の発生確率は90%程度(2022年1月1日時点)、首都直下地震(マグニチュード7クラス)の30年以内の発生確率は70%と予測されています(2021年1月13日時点)。

 

写真:PIXTA


真っ先に“災害弱者”となる高齢者

地震や風水害、火災、感染症などの災害は多くの人にさまざまな被害をもたらしますが、中でも特に高齢者は災害に対して脆弱(ぜいじゃく)です。たとえば、2019年の台風19号による死者のおよそ65%は高齢者(65歳以上)でした。このように、災害による死傷者に占める高齢者の割合は一般人口に占める高齢者の割合よりも高いのです。

超高齢社会の日本で「医療」が担うべき役割を考えると、その1つは、日常診療の延長線上で、地域で生活する高齢者への災害対策に寄与することではないでしょうか。


BCPと「地域防災計画」「地区防災計画」

まず前提をお話しすると、組織が策定するBCPとは別に、都道府県・市区町村など自治体が策定する「地域防災計画」があります。これは「災害基本法」に基づき市民の生命・財産を災害から守ることを目的として、災害対策に関わる実施事項や役割分担などを規定するための計画です。

また、2014年の災害基本法改正により「地区防災計画制度」がスタートしました。これは当該地区の住民・事業者等が防災計画(素案)を作成し、市町村防災会議に提案できるというボトムアップ型の仕組みです。自助・共助による自発的な防災活動を促進し、平時からの防災への取り組みを強化する目的があります。

一方、BCPは元々サイバー攻撃に対する備えとして情報セキュリティ分野で生まれたと聞きますが、それが徐々に大企業、中小企業における地震を想定したBCPの策定へと広がりました。ただ、医療・介護に関しては、災害拠点病院におけるBCP策定義務化が2017年、介護保険制度関連組織でBCP策定が義務化されたのが2021年であり、近年ようやく対策が具体化されてきたところといえます。


地域を守るBCPの中で慢性期病院が活躍できる場面は?

一般企業と病院でBCPがどのように違うかというと、まず一般企業は発災時に業務停止することが可能ですが、病院の場合はすでに入院患者等を抱えていることも多いため、「しばらくお休み」というわけにはいきません。むしろ発災した時点から病院には一定数の傷病者が押し寄せ、通常よりも負荷がかかります。

ただしこのような発災後に急増する医療ニーズ・病院への負荷は、地域における平時からの「住民と医療との関係性」で変わる可能性があります。すなわち、災害拠点病院ではない医療・介護の組織が日頃から災害発生時の対応能力を高めておくことで、自らの対応可能範囲が拡大し、災害拠点病院の負荷が減らせるのです。ここはまさに、慢性期病院が活躍できる場面の1つでしょう。また日頃から住民が発災時の初期対応に関する医学的な知識・技術を蓄積しておくことで、医療への過剰なアクセスが減らせるかもしれません。これら対策が進めば、地域の災害レジリエンス(予防力と災害を乗り越える回復力を合わせた総合的な力)は格段に高まるでしょう。

 

写真:PIXTA


避難確保計画の作成と実施には課題も

全国で豪雨や台風などの水害が激甚化し、逃げ遅れによる多数の死者や甚大な経済的損失が発生したことを受け、2017年に水防法および土砂災害防止法が改正されました。たとえばその中の1つとして、浸水想定区域や土砂災害警戒区域内の要配慮者利用施設(医療機関や社会福祉施設、学校など、市町村地域防災計画にその名称および所在地が定められた施設)の管理者は、避難確保計画の作成と避難訓練の実施が義務化されたのです。

ところが日本病院会の調査によると、避難確保計画を自治体に提出している病院は全体の4割にも満たないようです。この背景には、計画提出義務化の情報が十分に行き届かない状況があるのかもしれません。というのも、水防法の改正は国土交通省が管轄しており、都道府県の医師会にまで必要な情報が届いていないケースがあるのです。

河川の周囲には都市が発展しやすく多くの人が生活していますが、現状、河川の氾濫や洪水などの対策が十分ではありません。実際、非常用の発電機を1階や地下に備える病院も少なくないのです。たとえば、2019年10月、伊豆半島に上陸し関東から東北を進み三陸沖に抜けた台風19号により川崎市周辺でマンションや駅が浸水する被害が起こったことも記憶に新しい出来事です。今後は病院単体でのBCPはもちろんのこと、地域全体で災害に備える街をつくる必要があります。


今後は一般病院にもBCPが求められる

今後の流れとして、BCPは災害拠点病院だけの問題ではなくなり、慢性期病院を含む一般病院にもBCPの考え方と実行力が求められるようになるでしょう。

また災害対策の公的な拠点は行政ですが、発災直後に急増する医療ニーズの多様性を考えると、行政の画一的・標準的な計画だけではカバーしきれない地域の事情や課題を踏まえて地域防災計画および地区防災計画、医療、BCPを一連のまとまりと捉え、平時から対策を進めていくことが必要になると考えられます。

後編では、災害に強い地域づくりと病院運営についてお話しします。

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