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小林武彦先生の経営者としての原点と学び――慢性期医療に対する思い

愛生館コバヤシヘルスケアシステム 名誉理事長 小林 武彦先生

愛生館コバヤシヘルスケアシステム 名誉理事長 小林 武彦(こばやし たけひこ)先生は、医療法人愛生館 小林記念病院の院長と法人理事長を兼務されていた2003年頃、看護師をはじめとする従業員の大量退職を経験しました。病床の一部閉鎖も行われ、病院経営も赤字となったそうです。その後小林先生は院長を退き、経営者として生きる道を選びました。そして経営指針「愛生館フィロソフィ」を組織に浸透させ、2022年現在、同法人は碧南市で地域包括ケアシステム*をリードする存在にまで成長しています。経営者として試行錯誤されてきた小林先生の道のり、今後の医療に対する思いを伺います。

 

*地域包括ケアシステム:住み慣れた地域で自分らしい生活を最期まで続けることができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が一体的に提供される体制のこと


外科一筋の医師から経営者への転身

私のかつての本職は外科医でした。学生時代は医学の知識を習得し、技術として定着させるための訓練だけを、毎日地道に繰り返していました。その時期はインターン闘争が行われていたこともあって、医師のあるべき姿について喧々諤々(けんけんがくがく)と議論を交わしたこともありましたね。思えば、その経験が今の病院経営で役立っている部分もあると思います。

 

卒業後はまさに修羅場のような日々の中で、外科一筋で患者さんを診てきました。医師として朝から晩まで土日祝日関係なく働いていると、忙しい毎日が習慣として染みつき、医療の世界ではそれが当たり前かのような錯覚に陥りがちです。しかし病院は、看護師や薬剤師、検査技師から清掃スタッフまで、医師以外にも多くの人が関わって成立しています。医療の理想を追い求めるあまり、医師の「当たり前」をほかの従業員に押し付けてしまうような職場環境では、離職者が続出するでしょう。父の後継ぎとして実際に自分が病院を経営し、給与を支払う立場になって初めて「従業員に満足して働いてもらうためにはどうすればよいのだろう」と考えるようになりました。そうして突き詰めるなかで、医師として生きる道を捨て、経営者として現場に立つことを決めたのです。

 

一から経営を学ぶことに決めた私は、院長を中心とした多くの医療関係者、そして経営コンサルタントの方々に話を聞きに渡り歩きました。そして最終的に京セラ名誉会長の稲盛 和夫(いなもり かずお)さんが運営する盛和塾*にたどり着いたのです。稲盛さんが監修した「京セラフィロソフィ」も拝見する中で、経営には具体的な技術以上に「人生に対する考え方」や「従業員に対する人間としての接し方」が大切だと学びました。そして、京セラフィロソフィなどを参考に、医療の現場に即した形の経営指針となる「愛生館フィロソフィ」を作成し、全従業員に示すことにしたのです。

 

愛生館フィロソフィの冒頭には、愛生館の使命「人々の人生をより豊かにします」と、理念「全従業員の物心両面の幸福を求めると同時に 質の高い医療と手厚いサービスを通して人々の人生をより豊かにします」を記しました。この愛生館フィロソフィは私が作成したものですが、私の上に位置する存在であり、日々行う経営判断も全てこの「愛生館フィロソフィ」に基づいています。

 

*盛和塾:1983年に開塾。「心を高め、会社業績を伸ばして従業員を幸せにすることが経営者の使命である」との経営哲学に基づき、36年にわたり多くの塾生を指導。塾生数は約15,000名(国内56塾、海外48塾)にまで発展を遂げ、2019年閉塾。


盛和塾・稲盛 和夫氏の姿から学んだこと

愛生館フィロソフィには、リーダーのあり方についても記しています。私は、リーダーの役割は「部下にとって働きやすい環境を作り、やる気を引き出させて目標を達成すること」だと考えています。決して叱責することや正解を示すことではありません。仕事は自分で考えて作るからこそ面白いし、意欲が湧くものだと思います。部下が自ら気付き、考える癖を身に着けることが重要です。

 

また仕事をするにあたっては、互いに欠点や問題点を遠慮なく指摘し合うことも重要です。和気あいあいを重視するあまり、それらを指摘せずに和を保とうとするのは間違いです。「何が正しいか」に基づき、本音で議論して切磋琢磨していことの重要性も、愛生館フィロソフィで示しています。

 

提供:PIXTA


こうしたことを考えるうえで、稲盛さんの立ち振る舞いから学んだことは多くありました。稲盛さんに同行して日本や世界を渡り歩いた際の印象的なエピソードを1つご紹介します。盛和塾では、自分の経営方針や経営内容について発表する世界大会が開催されていました。発表後には稲盛さんからコメントをいただくことができるのですが、聴衆の前で完膚なきまでに叩きのめされた発表者がいました。当然本人はひどく落ち込んでしまったのですが、その後バスでの移動中、わざわざ稲盛さんが発表者のところに近寄り「これでも食べろ」とパンを差し出したのです。その言葉以外特にフォローはなかったのですが、打ちのめされていた人間がふっと立ち直り、気が晴れる瞬間を目の当たりにしました。このとき、経営者の人間味がいかに重要であるかを感じましたね。


変わりゆく日本、世界を見てきた

医師、経営者として長年医療に携わってきましたが、その間に私たちの生活環境や医療のあり方はどんどん変化してきました。

 

私は学生時代、無医村・無医地区問題に携わっていたのですが、最近は道路が整備されてアクセスがよくなったり、そもそも経済的に非効率だから住まないほうがよいという話が出ていたりします。人里離れてポツンとある一軒家よりも、街中の集合住宅のほうがはるかに快適で安全ということでしょう。

 

また、私は草原乗馬が好きで過去に何度もモンゴルを訪れました。モンゴル出身者には、有名力士である逸ノ城がいますが、彼が日本に来て最初に驚いたのは、蛇口をひねると水が出たことだったそうです。モンゴルでは、毎朝小川に水を汲みに行って、その水で顔を洗いますからね。また彼らは、住居であるゲルの中央にある小さなストーブに、石炭を置いて火を炊くような生活を送っています。しかし最近はゲルを畳んで、鉄筋コンクリートの集合住宅を建設し、ボイラー塔を作って熱源を供給する仕組みに代わってきているそうです。

 

こうした世の中の変化がよいか悪いかということは一概に言えませんし、物質的な豊かさをどこまで求めるべきか、という点についても判断が難しいところですが、私たちの生活環境は50年前と比べて劇的に変化したことは確かです。それに伴い医療、ひいては慢性期医療のあり方も大きく変化しています。日本は世界的にみても素晴らしい医療技術を持っているので、今後の医療を担う若い医療者の手によってさらなる成長・発展を遂げてほしいですね。

 

モンゴルの風景(提供:PIXTA)


これからの慢性期医療はどう変わるのか

経営者に転身してから、損得など考えずにひたすら目の前の課題と向き合ってきました。もちろん私だけでなく現場の従業員一人ひとりの努力があり、やっと病院経営が軌道にのってきたという段階です。しかし、当グループもまだまだ発展途上ですし、日本や世界を見渡しても多くの問題が山積しています。私自身は、引き続き地道に目の前の問題点と向き合っていく必要があります。特に高齢者医療は重要なテーマですが、状況や人々の考え方は刻一刻と変化しているので、オープンな議論を続けていくことが重要でしょう。

 

日本人は本当に真面目で、丁寧な仕事をします。慢性期医療の分野では「良質な慢性期医療がなければ日本の医療は成り立たない」をキャッチフレーズとして慢性期医療の重要性と必要性を訴え続けた前日本慢性期医療協会 会長 武久 洋三(たけひさ ようぞう)先生の功績もあって、非常によい方向に進みつつあると感じています。この流れを止めることなく、今後もさらなる発展を目指してほしいと思っています。


「人はいかに生きるべきか」を念頭に――若い人々に向けて

日本の医療現場では、若手が本当によく頑張ってくれています。そんな彼らにとってよりよい職場環境を作ってあげるのが、リーダーの立場にいる者の役割だと思っています。今後医療の世界でも、時代の変化と共にロボットやコンピューターなど、多くの発明・進化が続いていくでしょう。ただし、いつの時代も、「人はいかに生きるべきか」という根本的な問題に向き合っていけば、おのずと道は拓けてきます。そのうえで、後の時代を背負っていく若手には、今後生まれる文明の進化をどう利用していくべきか、自ら考え取り組んでいってほしいと思います。そしてリーダーとなった人には、若い人たちが変革を起こしやすい環境づくりをしてほしいですね。

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