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がんによって失われた自分の力を取り戻す「第二の我が家」−世界に広がるマギーズセンターの取り組み

マギーズ東京 共同代表理事・センター長 秋山正子さん

緑に囲まれた建物と、手入れの行き届いた中庭。大きな窓からは水面の揺らめきを望み、海風を感じることもできる。マギーズ東京は、がんになった方やご家族、友人など、がんに影響を受ける全ての方が、気軽に訪れ、「自分の力を取り戻す」ことを目指す場所です。

マギーズの取り組みは、1996年、英国で最初のマギーズセンターが設立されたことに端を発します。マギーズの成り立ちやその活動について、秋山正子さん(マギーズ東京 共同代表理事・センター長)にお話を伺いました。

※マギーズセンターは、宿泊施設ではなく、また治療や投薬を行う医療機関でもありません。


「マギーズセンター」とは?−その成り立ち

がんに影響を受ける全ての方に開かれた「第二の我が家」

マギーズセンターは、がんになった方やご家族、友人など、がんに影響を受ける全ての方に開かれた空間です。そのような方々が、気軽に訪れ、安心して話をしたり必要なサポートを受けたりするなかで、自分の力を取り戻すことを目指しています。

 

初のマギーズセンターは1996年、英国で創設された

初めてのマギーズセンターは、1996年に英国で創設されました。

造園家、造園史家であったマギー・K・ジェンクス氏は、47歳で患った乳がんが5年後に再発し、「余命数か月」と医師から告げられました。強烈な衝撃を受け、不安や戸惑いにおそわれるなかで、担当看護師のローラ・リー(現 CEO)氏と共に、余命を告げられてからもよりよく生きるために、必死に模索したといいます。

 

マギー氏は、がんの再発に直面し、治療の方向性や家族のことなどさまざまに思い悩むなかで、「がん患者のための空間が欲しい」と強く感じました。そして、入院していたエジンバラの病院の敷地内の建物を借り受けて改装し、がんにかかわる全ての人が「第二の我が家」のように気軽に立ち寄り、自分の力を取り戻すことのできる空間をつくろうと考えました。これが、マギーズのはじまりです。

 

1995年、第二の我が家の完成を見届けることなく、マギー氏はこの世を去りました。しかし、彼女の遺志は夫のチャールズ・ジェンクス氏に受け継がれ、1996年、「マギーズ・キャンサーケアリング・センター」が誕生しました。

 

▼英国エジンバラのマギーズ外観

 

その後、たくさんの人々の共感を得て、マギーズセンターの数は徐々に増えていきました。現在(2019年5月時点)、英国内で20か所以上、英国外では香港やバルセロナなどでもマギーズセンターが運営され、がんに影響を受ける全ての方の「第二の我が家」として機能しています。

 

そして、ここマギーズ東京は、たくさんの方にサポートしていただき、日本における初のマギーズセンターとして、2016年10月にオープンしました。

*マギーズ東京を開設するまでの経緯については、記事2をご覧ください。


マギーズセンターとは、どのような空間なのか

マギーズセンターが掲げる「第二の我が家」というコンセプトが意味するものは、「美術館のように魅力的であり、教会のようにじっくり考えることができ、病院のように安心でき、家のように帰ってきたいと思える場所」です。このコンセプトを実現するために、マギーズセンターの建物は、以下の建築要件を満たすことが提案されています。

 

✔︎ 自然光が入って明るい

✔︎ 安全な(中)庭がある

✔︎ 空間はオープンである

✔︎ 執務場所から全て見える

✔︎ オープンキッチンがある

✔︎ セラピー用の個室がある

✔︎ 暖炉がある、水槽がある

✔︎ 1人になり、ゆったりと過ごせるトイレがある

✔︎ 建築面積は280平方メートルほど

※建築デザインは自由

 

▼マギーズ東京の空間


マギーズセンターの癒しの環境のなかで「自分の力を取り戻す」−その意味とは?

「I am a cancer」ではなく「I have a cancer」であることを思い出す

マギーズ東京は、がんの種類やステージなどに関係なく、予約なしでいつでも来訪していただけます。来訪者は、読書をしたり、お茶を飲んだりしながら、ゆっくりと時間を過ごすことができます。また、看護師や心理士、保健師などがお話を伺い、ご自身のなかにある答えにたどり着けるようサポートします。

 

 

がんは日本人の死因の第1位であり、未だにがんという病気に対して不安や恐怖を感じる方も多くいらっしゃることと思います。2016年にマギーズ東京をスタートして以来、がんというものが人々に及ぼす影響を痛感する瞬間は少なくありません。がんを患うことで、戸惑いや不安、孤独などを感じ、本当は「I have a cancer」、つまりがんであることは自分の一部でしかないのに、「I am a cancer」自分ががんそのものになってしまった、という感覚に陥ってしまうことがあるようです。

 

私たちは、そのような方々の話をじっくりと聴き、寄り添いながら、ご自身のなかにある答えを見つける過程をサポートします。そのなかで、2つの大切なポイントがあります。

1つ目は「アドバイスをしない」ことです。看護師や心理士は、その仕事柄、誰かから相談を受けると、医療的な視点で助言する癖があります。しかし、それではご本人が答えにたどり着くことができません。

2つ目は、条件反射的に何か言ってしまいがちなところを「最低でも20秒間は黙って話を聴く」こと。たとえ沈黙が20秒間続いたとしても気にならないように居心地のよい空間をつくっているので、来訪者が話し始めるタイミングを待ち、雑談からでもよいので、少しずつお話を引き出します。何気ない話をするなかで徐々に自分の答えが形成されていくことは多く、案外、雑談めいた話に重要なヒントが隠されているものです。

 

 


マギーズセンターにはどのような方々が来訪されるのか?−マギーズ東京の例

マギーズ東京は、2016年10月にオープンしました。東京都江東区、豊洲市場の近くにあります。木のぬくもりに溢れた空間で、大きな窓からは悠々と流れる晴海運河の水面を望みます。

 

マギーズ東京には、オープン以来、月に500名ほど(年間6,000名ほど)の方が来訪されています。来訪者の内訳は、がんを経験されたご本人が4割、ご家族と専門職(医療関係者)がそれぞれ2割ほどで、そのほか見学や取材などの方が2割です。

ご本人の場合は、がんの種類やステージを問わず、がんと診断された直後、治療中、治療後など、さまざまな方がいらっしゃいます。また、医療関係者の場合、がん患者さんの主治医や担当看護師、あるいはご自身ががんになり、周囲の方にはなかなか相談できないとお悩みになって来訪されるケースもあります。

*2016年10月11日〜2018年6月30日データ


マギーズ東京 共同代表理事・センター長を務める秋山正子さんの思い

 

ある日突然、「あなたはがんです」と知らされたら、多くの方は、きっと何も手につかないでしょう。自分はどのような状態なのか、明日からどう生きていくのか、家族はどうなるのか。いろいろな思いが頭を巡りながらも、目の前の医師や看護師に、はっきりと質問できるわけもありません。

一方、医療現場は常に忙しく、医療者は十分に説明しているつもりでも、伝えきれない部分があるかもしれません。さらに、大抵の場合、患者さんの気持ちをゆっくりと聞くためのゆとりがないことが多いのです。

 

マギーズ東京は、がんに影響を受ける全ての方に開かれた場所です。私たちは、そのような方々が話をするなかで、一緒に思いを整理し、自分自身で答えを見つけるためのお手伝いをします。その先には、きっと希望があるはずです。


マギーズ東京の常勤看護師、岩城典子さんの思い

 

私は、もともと大阪府にある病院で看護師として働いていました。神経難病やリウマチ、心不全といった慢性疾患の患者さんをたくさんみるなかで、保険診療上、なぜホスピス病棟にはがんとエイズ(後天性免疫不全症候群)の方しか入れないのだろうという疑問を抱くようになりました。

そのような思いから、がん以外の方のためのホスピスや在宅療養支援診療所の立ち上げに参画したのち、「もっと地域看護を学びたい」と思い、千葉大学に編入しました。その頃に、マギーズセンターの理念に基づき立ち上げられた「暮らしの保健室」がオープンしたと聞きつけて見学に赴き、秋山さんにお目にかかりました。

 

そこからご縁があり、オープン当初からマギーズ東京で相談支援を担当しています。

日々さまざまな方に会ってじっくりとお話をするなかで、それぞれの物語や思いに触れ、来訪者さんが希望を見出していく姿を目の当たりにすると、とても感動します。同時に、病院に勤めていた頃の自分が、いかに患者さんの表面的な情報しか知らなかったのかを実感するのです。


マギーズ東京におけるこれからの展望について

医療者と患者さんの関係性は、歴史のなかで大きく変化してきました。

古くから、治療については、医療の専門家である医師が判断して決定し、患者さんは医師を信頼して全て任せればよい、という父権主義的な考え方(パターナリズム)が一般的でした。

けれども、20世紀半ばから、医療情報の普及によって医療に対する一般の人たちの意識が高まり、さらに、患者さんの意志を尊重しようとする動きが医師の間にも広がりました。医師は、本人の知る権利を尊重し、治療の内容(効果とリスク、代替の治療法など)を説明すること、そして、本人がそれらを納得したうえで自ら同意して治療に臨むこと、という考え方を「インフォームド・コンセント」とよび、現在の医療では不可欠なものとされています。

 

さらに、医療者と患者さんがエビデンス(科学的な根拠)を共有し、コミュニケーションをよくとりながら、患者さんにとって最良の選択を一緒に決定するという「シェアード・ディシジョン・メイキング(協働的意思決定)」の考え方が、いま、広がりつつあります。その考え方は、「自分自身で答えを見つける」ことを基本とするマギーズの相談支援のあり方と同じものです。マギーズは、シェアード・ディシジョン・メイキングの実践の場であり、これを日本中に広めていく発信の場でありたいと考えます。

 

私たちはこれからも、がんに影響を受ける全ての方に対し、気軽に訪れ、自分の力を取り戻す場所を提供するために歩み続けます。

 

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