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「鳴門が大好き」だから地域を元気にしたい――鳴門山上病院のあゆみ

鳴門山上病院 理事長 山上敦子先生

徳島県鳴門市に位置する鳴門山上病院は、1977年の開設以来、主に高齢の方のリハビリテーションや療養に携わってきた病院です。鳴門市出身で同院の理事長を務める山上 敦子(やまかみあつこ)先生は、「鳴門が大好き」という思いから、患者さんもスタッフも含めて地域を元気にする病院づくりに尽力してこられました。

今回は、鳴門山上病院 理事長の山上 敦子先生に、これまでの病院のあゆみと、同院が目指す姿などを伺いました。


鳴門山上病院のあゆみ

 

さまざまな困難を乗り越えてきた鳴門山上病院

当院の歴史は、京都に病院を開設した義父の山上 仁(やまかみひとし)が、1977年に2箇所目の病院として徳島県鳴門市に開設したことに始まります。義父は鳴門市出身だったので、「故郷に錦を飾りたい」という思いがあったようです。しかし、その後はさまざまな苦労が待ち受けていました。

まず1981年、経営悪化に伴って京都の病院を売却することになりました。そして、山上 久(やまかみひさし)前理事長は、当院で再出発を図り、2つの病院が抱えた借金を当院だけで返すという困難に立ち向かっていったのです。

転機は、1988年に介護老人保健施設を開設したことです。当時は老健施設の黎明期で、いち早く施設の一部を転換して運用を開始したことで、経営は徐々に落ち着いていきました。しかし、1990年に再び経営が悪化し、スタッフ一同で立て直しに奮闘しました。その頃、介護力強化病院制度が発足したこともあり、夫の山上 久前理事長はケアの重要性に気づいたと言います。当院のリハビリテーションとケア、とりわけ高齢者医療に特化した医療の提供は、ここからスタートしました。そこから、地域の高齢者医療、介護、福祉を担う中核施設として歩んで参りました。

 

スタッフ一丸となって病院の建替えに尽力

2014年6月に前理事長が急逝し、かねてより検討中であった将来計画なども一時中断となりました。そんななか、2014年8月に鳴門市を巨大台風が直撃しました。今まで経験したことのない暴風雨に見舞われ、院内をひどい雨漏りと吹き込みが襲うなか、スタッフたちが夜を徹して患者さんを守ってくれました。皆さんが懸命に業務をこなす姿を見たとき、私は「このスタッフたちの頑張りになんとか報いたい。ここから頑張らなくてどうする」と思い、前に進むことを決めました。その冬から、第2の創業を目指し、病院の建替えという一大プロジェクトが始まったのです。スタッフたちは一丸となって計画を立ててくれ、新病院に関する希望が各部署から寄せられました。できるだけ皆の希望をかなえたいと熟考して、結果的に大多数のスタッフの希望を取り入れることになりました。

2018年5月1日に完成した新病院は、「職員が働きやすく、患者さんにも優しい病院にしたい」という、スタッフたちの思いが形となったものです。


鳴門山上病院の強み

当たり前のことを当たり前にできる“チーム力”

当院は、介護力強化に取り組み始めた当初から、多職種が力を合わせて患者さんの治療に向き合うことを当たり前のように続けてきました。その背景には、高齢者ケアに力を入れていたことがあります。高齢者ケアを行うときはさまざまな職種の協力が必要ですから、知らず知らずのうちに多職種協働を実践していたのです。

当院のカンファレンスでは、医師、看護師、介護職員、薬剤師、管理栄養士、理学療法士(PT)、作業療法士(ST)、言語聴覚士(OT)、社会福祉士(MSW)が参加します。多職種でのカンファレンスを始めた当初は、患者さんの状況を短冊に手書きして、それを貼り付けた用紙をコピーしてカンファレンスに臨んでいました。今でこそ、診療情報支援システムで作成したデータベースに入力して情報管理していますが、行っていることは変わりません。チームで協力することを当たり前にできている総合力、それが私たちの強みです。

 

美しい景観に合う新病院で地域を元気に

鳴門山上病院外観 大きな窓から景観を一望できる新病院

 

私自身、鳴門生まれの鳴門育ちで、生まれ育ったこの鳴門が大好きです。そこで、地域の一員として「この美しい景観に合った病院をつくりたい」、「ここでリハビリをして、リフレッシュして、患者さんには元気に帰っていただきたい」という思いがありました。そのため、新病院建設の際に、外観や院内から見た景色に非常にこだわりました。当院に入院された患者さんに「鳴門っていいね」「鳴門に住みたいな」と思ってもらえたら嬉しいです。

鳴門市は人口が減少し続けており、当院は海と山に挟まれた厳しい立地のためさらに過疎化が進んでいます。ほかの医師から「患者さんのいないところに病院があっても仕方がない」といった指摘を受けることもありました。しかし、新病院建設後は、この病院のリハビリ設備や景観を求めて、鳴門市だけではなく県外からも患者さんがいらっしゃるようになりました。ピンチをチャンスに変えて、景観のよさを生かした建物を建設してよかったと実感しています。


鳴門山上病院の今後の展望

在宅医療を提供する体制の構築

地域の高齢化が進むなかで、今後は院内での協働だけでなく、院外の施設とも協力していかなければ、現場をうまく回すことはできないだろうと考えています。たとえば、地域の高齢の患者さんは増加し続けており、在宅医療のニーズが高まっています。しかし、医師の人数は限られるため、従来のマンツーマン方式で現場を回すことは困難です。そのため、地域の現状を共有し、新たなやり方が必要であると医療従事者の意識を変えていくところから取り組もうと思っています。そして、持続可能な在宅医療の構築に貢献したいと考えています。

 

地域包括ケアシステムにおいて、一人ひとりの力を発揮し、“地域力”向上に貢献

今後は地域包括ケアシステムの中で、共助(保険)や公助(行政)だけにとどまらず、自助(個人)や互助(近隣)の支援にも力を入れていきたいと考えています。現在は、地域の介護教室などに、当院のリハビリテーションスタッフを派遣し、地域の方に対して指導やアドバイスを行っています(2020年1月現在)。今後は、より多くの専門職を地域に送り出し、“地域力”の向上に貢献したいと思います。

当院のスタッフにも、さまざまな場所において一人ひとりの力を発揮できるよう、プロフェッショナルとして向上心を持って勉強を続けていってほしいと思います。


「お母さんが元気でないとあかん」が私の原点――山上 敦子先生の思い

 

私が子どもを産んだとき、スタッフの看護師が「お母さんが元気でないとあかん。先生、体に気を付けてね」と励ましてくれたことを覚えています。確かにその通りだと思います。私が元気でニコニコしていると、スタッフもニコニコしているようになり、そして、利用者さんや患者さんが元気になれるのだと気づいたのです。

それからは、私自身が笑顔を心がけるとともに、スタッフが働きやすく笑顔で過ごせることを第一に考えるようにしています。スタッフ全員の希望をかなえることは簡単ではありませんが、これからも「こうしたら働きやすいかな」、「みんなが元気になれるかな」、「地域が元気になるかな」という思いのもと、頑張ってまいります。

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