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「手のひらサイズのAI」が人生をサポートする――パーソナルデータの利活用が叶える未来

東京大学大学院情報理工学系研究科附属ソーシャルICT研究センター 教授 橋田浩一先生

近年日本で推進されているパーソナルデータ*(以下、PD)利活用。うまく使いこなせば、国民生活の利便性は格段に向上すると期待されます。「PDの利活用が進めば、AIエージェントが人生を最適化してくれるようになる」と話す橋田 浩一(はしだ こういち)先生(東京大学大学院情報理工学系研究科附属ソーシャルICT研究センター 教授)に、今後どのような世界が実現していくのか、その可能性と展望を伺いました。

*パーソナルデータ:個人の属性情報、移動・行動・購買履歴、ウェアラブル機器から収集された個人情報を含む、個人に関するさまざまな情報。このうち個人を識別できる氏名・生年月日・住所などを個人情報と呼ぶ。


PDの利活用により実現する世界

PDの利活用で生活がどのように変わるのかを分かりやすく表現すると、“手のひらサイズのドラえもん”のようなAI(人工知能)エージェントが専属で自分についてくれるイメージです。

このAIエージェントは、生活習慣病の予防、学業成績の向上、仕事のパフォーマンスの最大化などにつながるような日常生活行動を本人に促し、人生全体を最適化してくれます。それができるのは、AIエージェントが本人のあらゆるPDにアクセスでき、PDをフル活用して本人の行動に適切に介入するからです。

こうした機能の一部は、すでに私たちの実生活で機能しています。現段階でPDがもっとも有効に活用されている場面は、本や動画コンテンツ(映画やドラマなど)の購買情報からのリコメンデーションです。これらは購買情報が評価情報とほぼイコールになるため、購買履歴を基に顧客に対して「こちらをお探しですか?」という関連商品の推奨がうまく行くのです。そしてもっと機微なPDも利活用することにより、本人の行動にさらに深く的確に介入することが可能になります。AIエージェントは、本人が望むように、本人と周囲がより幸せになるように人生を支援する存在になるでしょう。それにより、これまで医療機関が積極的に関与できなかった生活習慣病の予防や、感染症対策なども可能になると期待されます。

 

素材:PIXTA


PDの利活用はビジネスの発展をもたらす

実のところ、PDの利活用を実現するのに必要な技術はすでにそろっています。いわゆるシンギュラリティ*のような高度なAIは必要なく、現存の技術でも十分に実現は可能なのです。必要なものは現存のAI技術、質のよいデータ、さまざまなサービスの情報です。ということは、それをビジネスに応用するサービスの実現までの道筋はかなり見えています。今は「さて、誰が先に着手するのか」という段階なのです。

記事1でお話ししたように、残念ながら日本では現状、歴史的な経緯からPDの利活用が思うように進んでいません。一方で、PLRと親和性の高いビジネスでは新たなプロジェクトが始動しています。たとえばアンケート調査を受託する企業において、情報漏洩(ろうえい)などのリスクを回避するために機微な情報は自社で保有せず、AIとサーバーを介して顧客それぞれにデータを管理してもらうモデルを採用しようという計画がその1つです。

*シンギュラリティ:AIが人類の知能を超えて技術の発展の様相が変わる転換点(技術的特異点)、またはそれにより人間の生活に大きな変化が起こるという概念


ポイントは“データポータビリティ”

PDの利活用を考えるときに重要な概念の1つがデータポータビリティ(データの可搬性・持ち運びやすさ)です。データポータビリティとは、個人のデータは本人が自由に使えるべきであるという考えに基づき、企業などのデータ管理者がサービスを通じて得たデータを本人に対して扱いやすい形式で電子的に提供し、本人は自らの意思で自由にデータを活用できる、あるいは他者に開示できることを指します。


分散管理を実現する“PLR”

データポータビリティに応じたPDの分散管理を実現することを目指して、私はPLR(Personal Life Repository:個人生活録)を提唱しています。PLRにはPDが蓄積されていき、本人がそのデータを管理・活用し自らの意思で他者に開示・共有することが可能になります。PLRは記事1でお伝えした、PDを分散管理する方法の1つです。

AIを社会で実際に運用し価値を創出するためには、AIを使ったサービスの対象者に関する詳細で質の高いデータを簡易に利用できる状況が必要です。その状況を叶えるには、各自治体が保有するPDと民間事業者サービスで生じる購買などに関するPDを本人が扱いやすい形で本人に電子的に開示し、そのデータをアプリで管理・活用できるようにしなければなりません。このような考えに基づき提唱したのがPLRです。


PLRの仕組みとメリット

PLRは、個人・事業者のアプリに組み込んで使うソフトウェアライブラリ(コンピューターを動かすプログラムを複数まとめて1つのファイルに収納したもの)で、これを使えば本人がスマートフォンなどでPDを管理することができます。たとえば、日常生活における行動や服薬の状況をPLRアプリで記録しておき、病院を受診した際に医師にデータを共有することで、より適切かつ精度の高い診断・治療に活用できます。

 

 

PLRはPLRクラウド(Google Drive・Dropboxなど既存のオンラインストレージの集合体)にデータを保管します。PLRを組み込んだ特定のアプリでないとPDにアクセスできないため、このアプリの機能を制限することで安全性を担保できます。特にPLRから暗号を解いた状態のデータをファイルに保存したり他者に共有したりすることはできないので、ユーザーの過失によってデータが流出する恐れもありません。

PLRクラウド上のデータは暗号化されており、本人の明示的な同意がない限り他者がPDを使うことは技術的に不可能です。従来のようなPDの集中管理ではシステム管理者が全データにアクセスできることから機微な情報の提供に心理的なハードルがありましたが、PLRではそのような問題が解決されるでしょう。

また、PLRクラウドはユーザー自身(個人か事業者)が管理・運用するので、PLRを用いたサービスの提供者にとっては管理・運用のコストがかかりません。つまりユーザーの数が膨大であっても運用コストが一定で、安定稼働するというスケーラビリティ(拡張可能性)の高い仕組みなのです。

※PLRの実用化と実例については、次の記事をご覧ください。

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