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ユマニチュードの実践によるケアと組織の変化――調布東山病院・小川理事長の思い

医療法人社団 東山会 調布東山病院 理事長 小川 聡子さん

年間約2,700台の救急車を受け入れている医療法人社団 東山会 調布東山病院(地域包括医療病棟、以下地メディ病棟83床)。高齢化に伴う認知症患者さんの増加により現場には大きな負担が生じていました。その状況に変化をもたらしたのが、フランス発祥の認知症ケアメソッド“ユマニチュード*”です。患者さんを人として尊重するケアを提供し、現場のスタッフがやりがいを持って働ける環境を作る――2023年の日本ユマニチュード学会によるユマニチュード施設認証ブロンズ取得まで、10年超にわたる組織変革の軌跡について調布東山病院 理事長 小川 聡子(おがわ としこ)さんにお話を伺いました。

*HUMANITUDEおよびユマニチュードの名称およびそのロゴは、日本国およびその他の国における仏国SAS Humanitude社の商標または登録商標です。


調布東山病院が抱えていた課題

調布東山病院は医療法人社団 東山会が運営する地域密着型二次救急病院(2024年度9月まで入院基本料1、2024年度10月以降地メディ病棟83床)で、法人では他に外来人工透析(計140床:本院と2つのクリニック)、予防医療(本院とサテライト施設)、訪問看護ステーション、居宅事業所も設けています。法人として救急医療・急性期医療と介護が一体となった包括的なサービスを両立して提供することで、地域からの「今助けて」に速やか、かつタイムリーに応え、廃用を防ぎできるだけ入院前の生活に戻れるように支援することを目指しています。
当院のある北多摩南部医療圏では二次救急機能が不足していたため、83床の小規模な当院でも積極的に救急搬送を応需し、その結果2024年度は年間約2,700台(2023年度は3,000台)の救急車を受け入れるに至りました。人口動態の変化に伴い高齢者の救急搬送が増加していますので、必然的に認知症の患者さんを受け入れることも多くなっています。夜間や休日など、人手が限られるなかで救急車の受け入れを続けることは大変です。加えて、認知症の患者さんや認知症でなくても混乱やせん妄状態にある患者さんに向き合う現場のスタッフの負担は相当なものです。そのため、高齢者の認知症を適切にケアするための知識と技術を、現場のスタッフに習得させる必要性を強く感じていました。


ユマニチュードとの出合いと決断

私たちが認知症のケアメソッドであるユマニチュードに出合ったのは2013年頃のことです。ユマニチュードとは、本田 美和子先生(国立病院機構東京医療センター 総合内科)が、2011年に渡仏して学び日本に伝えたものです。

当時、認知症対応技術をどう学んだらよいか悩んでいたときに、外部の数名の方から同時期にユマニチュードについて教えていただきました。その中のお一人から「今度、初めて施設で勉強会があるから、現場の看護師さんを参加させてみてはどうか」とご提案いただいたのです。看護部長に相談して看護師に希望を募り、手が挙がった3名を勉強会に参加させました。するとその後、紹介してくださった方が「参加した看護師さんが涙を流して、聞いていましたよ」と教えてくださったのです。看護部長と話し合い、日々認知症患者さんの対応に疲弊しているスタッフがそれほど心揺さぶられるメソッドであればぜひ導入しようと決めました。

その直後、いくつかのご縁がつながって本田先生とコンタクトをとることができたのです。すぐに本田先生が当院までいらしてくださり、ユマニチュードの教材の映像を見せてくださいました。私は映像を目にした瞬間に「これは本物だ」と確信しました。私たちは「現場の真」と言っているのですが、いくらよい理論・技術でも現場のスタッフの心が動かなければ、何事も進まないと思っています。現場のスタッフが心動かされたメソッドであれば、きっと実践されスタッフの助けになってくれるだろうと考えました。


全国展開に向けた病院団体での研修

私たちがユマニチュードに出合った2013年頃、本田先生もどのように日本にユマニチュードを広めていくか模索されていた時期だったそうです。当時、私は全日本病院協会でプライマリーケア委員会の委員をしており、ちょうど認知症研修会のテーマを探していたこともあり、ここでユマニチュードの研修会を行うことにしました。研修会には全国のさまざまな病院から参加者が集い、ニーズはどこも同じだと実感しました。研修会では、講義のほかにベッドを会場に数台持ち込んで行う技術実習も含まれていて、活気に満ちたものでした。このときの研修会で準備されたカリキュラムがベースとなって、現在日本で提供されているユマニチュード関連の研修のラインナップに発展していると聞いています。


現場での実践と新たな決意

ユマニチュードではよく「1人ではなく複数人で勉強しに来てください」と言われます。それは職種を問わず患者さんに関わる全てのスタッフが、均一な関わりを持つ必要があるからです。患者さんは1日の間にさまざまなスタッフから刺激を受けています。ほとんどのスタッフがユマニチュードのメソッドに沿ったケアを実践しても、そうでなく関わるスタッフが少しでもいると患者さんは混乱してしまいます。そのため、ユマニチュードを実践する仲間を増やし組織全体に根付かせることがとても大切なのです。

ユマニチュードでは、“見る・話す・触れる・立つ”を、ケアの4つの柱とし、その人らしさを尊重したケアを行います。あるとき、私が救急外来で出会った高齢の認知症患者さんに、ユマニチュードの方法論に沿って不十分ながらも関わりをもったところ、混乱が収まって必要な処置ができたことがありました。認知症患者さんの混乱状態は、対応者の関わり方によって適切に情報が患者さんに届いていないことにより引き起こされていると再認識したのです。この経験を通じて、ユマニチュードの効果を改めて実感し、絶対に組織に浸透させようと決意しました。


メソッドが組織に広がり根付くまで

しかし、私たちの病院でユマニチュードの仲間が増え、組織にメソッドが浸透するまでには長い道のりがありました。現場のスタッフにメソッドを広めていくためには、現場で直接やってみせてくれる人が必要です。そこで、私たちは全日本病院協会をはじめ東京医療センターで行われている多くの研修に看護師を派遣しました。送り出した人数は延べ数十人に及びます。皆「素晴らしいですね」と帰って来るものの、「でもね」という発言もそれなりにみられました。知識や技術は一朝一夕に身につくものではありません。忙しい日常業務をこなしながら、新しい技術を身につけそれを周囲に伝えていくことはとても大変です。

変化が起き始めたのは、看護部長の関わりによってユマニチュードを学ぶワーキンググループが立ち上がったことと、日本ユマニチュード学会認定インストラクターが育ち始め現場に自ら関わる覚悟を持ち始めた頃からでした。人事の変化や試行錯誤で6~7年が過ぎていました。インストラクターが病棟の管理職や監督職など一定の権限があるメンバーと協働するようになり、まずは彼らが動機づけされ、自分たちが自分たちの実践を通してこうなりたいと思うようになりました。結果、認知症患者さんの対応について検討する“小タイムカンファレンス”を、毎日現場主導で開催するようになったのです。あるとき、3年間一言も話していないという患者さんが入所中の施設から救急搬送されてきました。ところが、当院入院当日にインストラクターと担当の看護師がユマニチュードの技法で触れて、耳元で話しかけたところ、言葉こそ発しないものの患者さんが一筋の涙を流したのです。「ああ、この人は全部分かっている」と感じました。このようにユマニチュードのメソッドを実践してみせることで、看護師たちは従来の関わり方との患者さんの反応の違いを目の当たりにすることになり、少しずつ現場での変化が表立って共有される機会が多くなってきたのです。


ユマニチュード施設認証取得と組織にもたらされた変化

ユマニチュードの施設認証制度が始まったことも、施設の取り組みを前進させる大きな後押しとなりました。取得を目指したブロンズ認証では、「ユマニチュードに組織を挙げて取り組む体制ができあがっていること」「職員がユマニチュードの基本を理解し、実践に取り組んでいる組織であること」が求められます。職場への成果を創出するための職員の行動変容を促す、MBAなどでも学ぶ、課題解決教育の在り方・実践行動を促すことであり、医療安全(品質管理)・病院機能評価でも組織浸透・成熟において同じことが問われていると思いました。スタッフ全員の努力により、2023年6月、当院の全2病棟はユマニチュード施設認証ブロンズを取得しました。

この施設認証の取り組みを通して、さまざまな変化がもたらされましたが、中でも大きかったのは、幹部の一貫した関わりです。かつて、「上は本気?」と現場の推進者たちに言われたことがありました。現場で奮闘してくれているメンバーの属人的なところから、「組織人」として多くの職員が取り組むためのトップマネジメントの後押しが強くなり、現場の自分事感の向上と診療部の参画に進みました。まさに、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの言葉どおり「成果とは『習慣」である』を実感しています。今年は、3年目の更新の年ですが、組織への浸透と維持することは本当に難しく、今回更新できるかどうかは分かりません。

ユマニチュードを実践し施設認証を取得している病院であることが認知されるにしたがって、求人の応募数も増加してきました。ケアの質が上がったことで平均在院日数の短縮、身体拘束の減少(拘束率1%以下*)にも貢献しました。廃用を防止できているため、退院時は入院前の環境にスムーズにお戻しできる循環ができていると感じています。ただし、身体拘束率1%以下達成・廃用防止は、ユマニチュードだけではなく、認知症ケアサポートチーム(DST: Dementia Support Team)・医療安全・臨床倫理・入退院支援・私たちが長年取り組んできた生活支援型急性期活動(その結果、地メディ病棟)など、院内のさまざまな取り組み全ての総和であることは、明確にしておきたいです。実際に、ユマニチュードを取り入れていない病院、施設でも身体拘束率を低く維持しているところがあることも存じ上げています。

*調査機関:調布東山病院、調査対象:調布東山病院の入院患者28,151人(18歳以上の在院患者延べ人数)、うち拘束は233人(拘束延べ人数)、調査期間:2024年4月~2025年3月


ユマニチュード導入を検討されている施設の皆さんへ

ユマニチュードの魅力は、単なる技術ではなく「人とは何か」「ケアする人とは何者か」を問う理念にあると学びました。ただ、それを現場に導入し実践することは容易ではありません。これまでの常識や体に染みついた習慣を変えていくためには膨大なエネルギーが必要です。だからこそ、孤独にならず仲間を増やしながら少しずつ前に進んでいくことが大切です。
幹部の役割として重要なのは「ユマニチュードをやれ」ではなく、病院の方針として、医療とは人生をできるだけ良いものとする土台である生命を整えることが役割であり、人の尊厳を大切にすることを常に職員に示すことです。その中の一つの取り組みとして、ユマニチュードの浸透に取り組んでいると明確に示し、自らがその意義を実感し、推進者となって、矢面に立っている現場の職員たちを支えることでしょう。さらに、現場の管理職がユマニチュードを推進するスタッフと同じ方向を向いて取り組みを進めることができるよう、管理職への教育もおろそかにしないことが重要だと考えています。

 

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