介護・福祉 2024.11.01
日常診療に“光”を当ててくれるのが総合診療――地域医療にかける横田雄也さんの思い
岡山大学病院 総合内科・総合診療科 助教 横田 雄也さん
総合診療医とはその名のとおり年齢や領域にとらわれることなく、さまざまな健康問題を総合的に診療する医師です。その専門領域には病気に対する治療だけでなく、患者さん個人が抱える社会的な問題への対処も含まれており、幅広く多面的な医療を行う必要があります。若手医師からはハードルが高く捉えられがちな総合診療ですが、岡山大学病院 総合内科・総合診療科 助教の横田 雄也(よこた ゆうや)さんは「領域別の専門医と必要な知識量はさほど変わらないのではないか」と言います。総合診療医として診療を行いながら教育・研究にも取り組む横田 雄也さんに、総合診療科の意義について改めて聞くとともに、その魅力や若手医師へ伝えたいことなどについて伺いました。
医師を志したきっかけや、“総合診療”との出会い
医師を目指したきっかけを振り返ると、祖母の死が影響しているように思います。当時中学生だった私にとって、初めて“人の死”を身近に感じる出来事でした。自宅で息を引き取った祖母を見て、幼いながらも「こうやって人は地域の中で生きて、地域の中で亡くなっていくんだ」と感じたことを覚えています。そして、人の生死を支えているものの1つが医療だと知り、それからは“町のお医者さん”に対する漠然とした憧れがどこかにずっとあった気がします。ただ、初めから地域医療への貢献を強く意識していたわけではなく、将来のことが明確になり始めたのは、医学部に進学してからです。大学で講義を受け、さらに実習で患者さんと接していく中で“人を診る”とはどういうことなのか、少しずつ実感できるようになっていきました。
勉強を重ねていくうちに「せっかくなら学んだ知識を全て生かせる診療科に進みたい」という気持ちが強くなり、そうして選択したのが総合内科です。この時点ではまだ総合診療という言葉は知らず、領域を限定しない科ということから総合内科を選択しました。もともと医師を目指したきっかけが町のお医者さんへの憧れだったこともあり、初期研修は医療生協*の病院である岡山協立病院を選びました。当時、岡山協立病院の内科は領域ごとに細分化されておらず、内科医はさまざまな病気に対する診療を行っていました。これがまさしく総合診療医の姿であったことに気付いたのは後になってからですが、“患者さんの全てを診ること”への興味が具体的になったのはこの頃です。当時の指導医の先生から指導を受ける中で、“総合診療”や“家庭医療学**”に出会い、本格的に総合診療の方向に進むことを決断しました。
*医療生協:医療生活協同組合。地域の人々が組合員となり出し合った出資金を資本金の一部として病院や診療所、介護施設などの運営を行う。
**家庭医療学:個人(患者)・家族・地域にとってどのような医療やケアが望ましいのか、どのようにすれば公平かつ効果的に医療やケアを提供できるのか、さまざまな視点から研究し実践する学術領域
“人を診る”総合診療医――特定の領域に限定されないことが難しさであり面白さでもある
患者さんの人生に寄り添えるのが総合診療科の特徴
総合診療医の特徴の1つは、“包括性”です。老若男女問わず、急性期から慢性期、終末期までさまざまな病状の患者さんを幅広く診療します。さらに言えば、病気を患っていない人のケアができるのも総合診療医ならではです。地域に対する保健予防活動なども含めて人、そして地域を診られるのが総合診療医です。
医療の進歩に伴って各医療分野は高度に細分化されてきましたが、その複雑化した専門科を横断的に統合していく役割を担っているのが総合診療科だと考えます。複数の病気を抱える患者さん、あるいは社会的・心理的な問題が複雑に絡まっていたり、白黒はっきりとせず、明確な線引きができなかったりするような健康問題を抱える患者さんに対してどのようにバランスを取りながら診療すべきかを考えるのが我々の役割の1つです。もちろん総合診療医でなくとも診療は可能ですが、病気の治療にとどまらず、その先の“Well-being(安らぎ、安寧)”を見据えた医療を提供できるのが総合診療医の強みだと思っています。
これまでの経験全てが診療に活かせるのが総合診療の面白さ
何らかの症状があり来院した患者さんに対して、その症状以外の側面でも対応できるのは総合診療科だからこそできることだと感じます。「こんなこと相談していいのか分からないんですけど……」という患者さんに対して「どうぞなんでも相談してください」と言えたり、その悩みに対して解決方法を提案できたりすることは、総合診療をやっていてよかったなと思う瞬間の1つです。
あとは、医学の知識だけではなく、これまでの人生で経験してきたことの全てが活かせるのも総合診療の面白さだと感じます。たとえば、子どもを持てば子育て世代の人がどのような困難を抱えているか考えを巡らせることができますし、自分が過去に経験した悩みを抱える患者さんがいればその気持ちに共感することもできます。
明確な領域がないゆえに分かりにくいといわれがちな診療科ですが、線引きできないのが総合診療科の特徴であり、面白さの1つだと思っています。
必要な知識量は領域別の専門医と大きく変わらない――キャリアに悩む若手医師へ伝えたいこと
診療科にとらわれずさまざまな問題を全て診るというと、膨大な知識と経験を備える卓越したジェネラリストをイメージされることが多く、つい選択するのを躊躇してしまうかもしれません。実際、学生時代は私もそのイメージを持っていましたし、私が普段接する学生からも「どのように総合診療医になったのか」をよく聞かれます。たしかに、総合診療医はなんでも診る医師ではありますが、なんでも診られなければ務まらないわけではないと私は考えています。領域別の専門医であれば臓器など“縦軸”で絞って知識を深めていきますが、総合診療医はそれが“横軸”になっただけで、求められる知識量としてはさして変わりないと感じます。日本全国にいる全ての患者さんを診るわけではないですし、必要とされるのは“自分の活動する職場や地域で求められること”に対応できる知識やスキルです。領域別の専門医もその必要性に応じて知識を選択していくわけですから、総合診療医だからといって領域別の専門医を圧倒的に上回るほどの知識量を備えなければいけないというわけではありません*。
実際にやってみると思っていたほど高いハードルでないことが分かると思いますし、もし興味があるならば、まずは一度飛び込んでみてほしいと思います。
*参考文献:Ian R.McWhinney, Thomas Freeman(著), 葛西龍樹, 草場鉄周(翻訳). マクウィニー家庭医療学 上巻. ぱーそん書房, 東京, 2013.
今後の展望――診療・研究・教育を通してより質の高い総合診療の提供を目指す
現在、私は岡山大学病院に勤務し、診療・教育・研究の全てに携わっています。大学病院の診療では総合内科・総合診療科の外来を担当しているほか、岡山県北西部にある新見市内の診療所で、週に1回診療を行っています。診療所での診察や訪問診療に携わりながら、 地域における持続的な医師の育成について研究しています。
また座学では医学部の学生に総合診療や家庭医療学を教えており、卒前教育に関する研究にも取り組んでいます。地域で活躍する総合診療医を増やすには効果的な教育プログラムが必要ですから、可能な限り体系化することで総合診療医の増員、ひいてはスキルの高い総合診療医の育成・輩出に貢献できればと考えています。
こちらの記事で述べた健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health:SDH)への取り組みはもちろん、家庭医療学の理論的な研究にも注力しています。たとえば、「全人的医療とは何か」「全人的医療の実践にあたってどのようなケアや配慮が必要とされるか」といったテーマについて、哲学をはじめとする人文学的な視点も取り入れながら、家庭医療学を理論的に深めていきたいと考えています。医療の分野では質が数字で示せることも多いですが、総合診療/家庭医療学については数字で示せない部分がある分野です。医学のほかの分野と比べると少し異質に見えるかもしれませんが、概念や思考などに対する研究を積み重ねていくことで定性的な側面も一定のエビデンスが示せるようになればと願っています。
横田先生からメッセージ――日常診療に“光”を当ててくれる総合診療の面白さが広まってほしい
総合診療や家庭医療学は医療の在り方についてさまざまな学問を応用しながら考え、実践していく分野です。普段何気なく行っている診療にあらゆる方向から“光”を当ててくれるのが総合診療/家庭医療学の面白さであり、この面白さがもっと伝わり、総合診療医が増えたら嬉しいです。超高齢者社会を迎えた日本では確実に社会的ニーズの高い分野ですので、ぜひ一緒に理解を深めていけたらと思います。