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1ピースずつ患者さんを知り、支援につなげる――健康の社会的決定要因(SDH)の重要性とは

岡山大学病院 総合内科・総合診療科 助教 横田 雄也さん

生活習慣病などの場合、病気=自己責任といわれることもありますが、必ずしもそうではなくその根底には社会的な背景や環境的な影響が大きく関わっているといわれています。個人ではコントロールができない社会的な要因を“健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health:SDH)”といい、このSDHによってもたらされる不利益は“健康格差”にもつながります。今回は、岡山大学病院 総合内科・総合診療科 助教であり、SDHの視点の普及に取り組む“Team SAIL”のメンバーでもある横田 雄也(よこた ゆうや)さんに、SDHに注目することの重要性や、SDHを把握するためのツール“社会的バイタルサイン(Social Vital Signs:SVS)”の活用方法などについてお話を伺いました。


健康の社会的決定要因(SDH)とは――医療において無視できないものの1つ

健康の社会的決定要因(SDH)とは、読んで字のごとく私たちの健康を決定するさまざまな要因のことをいいます。健康(あるいは病気)というと、遺伝などの生物学的な要因や生活習慣をイメージする人も多いかもしれません。たしかに病気の中にはそれらが関係するものもありますが、実は“社会的な要因”も大きく関わっているのです。

社会的要因とは個人を取り巻く環境のことで、具体的には幼少期の養育環境や教育歴、所得、労働状況、居住地域、家族、社会との関係などが挙げられます。そのほか、さらに広い視点で見れば生まれ育った国の文化や政策などもこれに含まれます。個人の健康はこの社会的要因が相互的かつ多層的に関わり合って形成されており、SDHによって生じる不利益は最終的に”健康格差“にもつながります。SDHは時に健康を決定する要因の50%以上を占めるともいわれており、医療では当然無視できない重要な要素なのです。

たとえば、慢性心不全が急性増悪*して、入院に至った患者さんがいたとします。心不全に対する治療を行って病状が安定し、退院できたとすれば一見問題は解決したように思えるかもしれません。しかし、実はこの患者さんは一人暮らしをしていて、体が不自由なために自炊が難しく、さらに経済的理由により安価で味の濃いお弁当ばかり食べざるを得ない状況だとしたらどうでしょう。一時的に病状がよくなっても心不全増悪の原因になり得る状況が解消されない限り、再び入院となる可能性があり、これでは健康問題の根本的な解決にはなりません。

病気を治療することが医療の目的ではありません。医療従事者がSDHの重要性を理解し、一人ひとりの生活環境や社会背景にも目を向けた診療を行うことが必要だと考えます。

*慢性心不全の急性増悪:何らかの原因で心不全が急激に悪化すること。


SDHを把握するために――社会的バイタルサイン(SVS)とは

人間らしく生活している証を示すもの

SDHを把握することが重要だといっても、もともと社会疫学の概念であり検査値のように何か特定の目安があるわけではありません。このときに有用なツールの1つに“社会的バイタルサイン(以下、SVS)”というものがあります。臨床の現場では、通常、呼吸数や脈拍数、血圧、体温、SpO2(酸素飽和度)といったバイタルサインを測定し、生命の徴候を客観的に把握する指標として活用しています。これに対し、患者さんの置かれている社会的状況、いわば“人間らしく生活している証”を把握する指標として提唱されたのがSVSです。バイタルサインの乱れが生命の危機を表すように、SVSの乱れは生活の危機を表します。

 

日常診療におけるSVSの把握方法

SDH/SVSの項目は多岐にわたり、診療の中でそれらを網羅的に聞き取ることは簡単ではありません。そこで、私が所属しているTeam SAILではSVSを日常診療で実践しやすくするため、患者さんに聴取すべき7つの項目を選定しました。Team SAILは、SDH/SVSを日常の診療現場で活用する方法の研究・開発・普及・実践を目的に活動している団体です。私たちが選定した7項目は、それぞれの頭文字を取って“HEALTH+P”と呼んでいます。

引用:Team SAIL HP「SDH for all clinicians Tool kit

 

上記に加えて、診療で有効的に活用できるよう各項目に対してWhat(何が起きているか)・Why(なぜ起きているか)・How(どのようにするか)を書き込めるアクションシートも作成しています。アクションシートに情報を書き込むことで患者さんの生活や置かれている状況(What)を具体的に把握でき、またその上流にある要因(Why)にも目を向けられ、それらを踏まえたうえでの対応(How)を考えられる仕組みになっています。

引用:Team SAIL HP「SDH for all clinicians Tool kit

 

なお、これらは患者さんを知るための補助的なツールであり、必ずしも7項目を網羅する必要はありません。一問一答形式であれこれと矢継ぎ早に質問をしては、かえって患者さんを不安にさせてしまいます。あくまで診療の中で患者さんと会話をしながら徐々に把握していくことが大切です。

たとえば、足が不自由な患者さんに「今日はどうやって来たんですか?」と聞いて、「バスで来た」と返事があれば、節約のためにタクシーよりも安価なバスを利用した可能性が推測でき、経済的な問題に気付くきっかけになるかもしれません。ほかにも「1人で来た」という患者さんがいれば「一人暮らしなのだろうか」「家族がいないとしたらどのように生活しているのだろうか」とさまざまな考えを巡らせることができます。慢性期医療の分野では患者さんと長いお付き合いになることも多いですし、時間をかけて信頼関係を築きながらパズルのピースを一つひとつ集めていくように状況を把握していくことがポイントです。


SDH/SVSをもとにした診療とは――あらゆる角度でアプローチを検討する

患者さんによって健康に影響している社会的な要因はさまざまですが、その中でも特に多いと感じるのは経済的な困難です。経済的に余裕がない人の場合、病院への受診を控えたり、食費を切り詰めるためにバランスの取れていない食事をしていたりするケースが珍しくありません。経済的な問題に対して医療従事者が直接的に支援することは難しいですが、たとえば医師であればジェネリック医薬品を処方することが可能です。できるだけ安価で、かつ効果のある薬を選択することができれば、患者さんの経済的負担を減らすことに役立ちます。

そのほか、利用できる控除について説明・提案するのも1つの方法でしょう。その場で答えるのが難しい場合は、社会福祉士やメディカルソーシャルワーカー(MSW)、あるいは地域包括支援センターにつなげるなど、他職種のスタッフの力も借りることで支援の幅は広がります。


SDH/SVSを実践するにあたって大切なこと

患者さんや家族の意向・価値観を踏まえたうえで支援する

SVSを把握し、支援をするうえで忘れてはいけないのは、“患者さんやご家族の意向・価値観が基盤にあること”です。SDHに目を向けて社会的な問題が明らかになると、医療従事者はついその問題を解決しなければと思ってしまいがちです。もちろん患者さんが支援を受け入れてくれればよいですが、助けを求められなかったからこそ現在の状況になっている可能性もあります。生活保護という選択肢に抵抗感を示す人もいらっしゃいますし、よかれと思ったケアが患者さんを傷つけてしまう恐れもあります。HEALTHに“+P(Patient preference/values:本人の意向や価値観など)”としているのは、あくまでも社会的支援は患者さんの意向や価値観が基盤にあるという考え方からです。患者さんに寄り添うことは大切ですが、独善的な支援にならないよう注意しなければなりません。

 

多職種で連携し支援につなげる

SDH/SVSの実践にあたっては、1人で抱え込まないことも大切です。外来で忙しくしているなか、医師1人で100%取り組むのはまず不可能ですし、国の政策などSDHの中には一朝一夕にいかない課題もたくさんあります。「手を差し伸べてあげたいのに、うまく支援ができない」というもどかしさを感じる場面も珍しくなく、そのようななかで少しでも前に進むためには、やはり多職種での連携が重要だと感じます。

同じチームのスタッフで情報を共有することで自分とは違った考えが聞けたり、「こういうアプローチがよいかも」と提案をもらえたりすることもあります。さらに、同じ医療機関の中だけではなく、介護福祉施設など組織をまたいで連携ができればまた新たな視点が得られますし、それによって患者さんを“つなげる先”が見つかることもあるでしょう。SDH/SVSの実践にあたっては通常の診療と同じく、やはり多職種での連携が欠かせないと感じます。


諦めずに一歩一歩取り組んでみてほしい

先に述べたとおり、SDHにはすぐに解決できない問題も多く存在します。中には、SDHを実践したものの、思うようにいかず無力感を抱いている人もいるのではないでしょうか。たしかに、全てをすぐに解決するのは難しいのが現実です。ただ、だからといってSDHを無視してよいかというとそうではありません。非医療的な支援方法もたくさんありますし、地域包括支援センターなどまずはいざという時の相談先を知っておくだけでも十分ですので、諦めずに、また焦らずに、日々の診療のなかでSDHに取り組んでみてほしいと思います。

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