介護・福祉 2023.09.21
訪問看護の魅力と未来の医療業界のための取り組み――横山 かよさんの看護師としての思い
訪問看護ステーション高良台 横山 かよさん
福岡県久留米市にある訪問看護ステーション高良台では、退院直後の患者さんや自立した生活を送りたいと希望する患者さんのために在宅療養の支援を行っています。また、看護小規模多機能型居宅介護サービスを提供する事業所として居宅介護・訪問看護を提供し、久留米市周辺の地域医療を支えています。
こちらの訪問看護ステーション高良台で訪問看護に携わりながら管理者として後輩看護師の育成に努めている横山 かよさんに、慢性期医療に携わるなかでのやりがいや、看護師としての今後のキャリアや目標についてお話を伺いました。
看護師としての基盤が形成された高度急性期医療での看護
進路を決めたのは高校2年生の頃でした。その頃から日本は高齢化社会がさらに進むといわれており、そういった時代背景や父の助言もあって、看護師はこれから絶対的に必要になる職業だろうと考え、進路を決めました。
看護師になり最初に入職したのは、病床数が1,000床を超える急性期病院でした。脳神経センターに配属され、主にNCU(神経疾患集中治療室)での看護を担当しました。1年目は右も左も分からず、厳しい環境を耐え抜く日々でしたが、仕事を離れれば気さくに接してくださる先輩方や先生に指導いただきました。同期にも支えられ、人間関係に非常に恵まれ日々の看護にあたることができました。
また、NCUでは患者さんの容体を把握し早急な対応をすることが特に必要になります。そのため、フィジカルイグザミネーション技術や治療の際に扱うデータの見方といった患者さんの容体を把握するための技術について徹底的に指導・助言いただきました。NCUでの経験は、看護観・看護技術のどちらにおいても基盤を形成してくれたと感じています。
回復期看護で得たチーム医療のやりがい
ICUで高度急性期の看護に携わった後は、急性期、回復期と、一般的に患者さんが入院する経緯に沿った形で異動のチャンスに恵まれました。高度急性期・急性期の看護では、“いかに安全に仕事を終えるか”という点に重きを置いて、患者さんと1対1で関わることが多かったように思います。
一方、回復期医療の看護では、リハビリテーション療法士、介護福祉士、管理栄養士など、より多くの職種によるチーム医療の中で患者さんと関わるようになりました。チーム医療ではスタッフそれぞれの職種が異なりますので専門とする分野ももちろん異なります。それぞれの専門性を持ち寄り、患者さんの思いに寄り添って“患者さんを生活の場に戻す”という同じ目標に向かってケアしていくことが、患者さんの容体の改善につながっていることを感じました。
チームでのミーティングの様子 写真提供:訪問看護ステーション高良台
チームで患者さんの回復を支援していく過程や、その支援によって徐々に患者さんの状態がよくなっていく様子に立ち会えたときは大変感慨深い思いでした。
患者さんが生活の場に戻り、安定した日々を送ることができるよう支援する仕事にやりがいも感じますし、一丸となって患者さんの回復を支援するチーム医療の価値や重みを知ったことで、さらに看護師という仕事を好きになりました。こういったチームの中での看護経験は、現在携わっている訪問看護にも生きています。
“家が持つ力”を感じる訪問看護の魅力
訪問看護ステーション高良台に入職してからは訪問看護に携わるようになり、慢性疾患を抱える患者さんのケアを専門としています。訪問看護ではチーム医療の魅力のほかに、家が持つ“患者さんを元気にする力”を感じる場面があります。認知機能の低下によって病院での生活がなかなかままならないという方でも、ご自宅に戻ると、家のにおいや生活音によって認知機能が刺激され、何がどこにあるのかなどを思い出すことができているようです。そういった光景を目の当たりにして、家が持つ力を感じるとともに、患者さんの生活を支える訪問看護でのやりがいを見出すこともできました。
さらなる医療貢献を目指して――慢性期医療に必要な特定行為研修とは
急性期の患者さんに限らず回復期・慢性期の患者さんの容体が突然変化することもあります。そのため、急性期医療を離れ回復期・慢性期医療に携わってからも、看護師として早急に容体の変化に対応することの必要性を感じていました。そのような思いから、2022年の4月から“特定行為に係る看護師の研修制度(以下、特定行為研修)”を利用し、看護師としてのステップアップを目指しています。
特定行為研修を修了した看護師は、医師が事前に用意した手順書に記載されている病状の範囲内であれば、患者さんの容体が変化した際、本来医師にしか実施できない医療行為を手順書に沿って行うことができるようになります。医師への報告や指示を待つ必要がなくなるので、治療の開始を早められることが大きなメリットです。
写真:PIXTA
研修内容はweb上での講習のほか、東京に赴いて看護技術の評価テストを受けたり臨床実習を受けたりとさまざまです。特定行為は専門領域ごとに21区分に分かれており、私は呼吸器(人工呼吸療法に係るもの)関連、血糖コントロールに係る薬剤投与関連、栄養に係るカテーテル管理(中心静脈カテーテル管理)関連などの慢性期医療の現場で必要とされる9区分16行為に関する研修を受けています。
研修では修得すべき内容の難しさを感じることもありますが、特定行為を行うにあたっての判断基準などは緊急時に必要な知識ですから、きちんと理解しておかなければならないと責任を感じながら日々テキストに向き合っています。
臨床実習はつい最近当ステーションでの施設内実習を修了し、これから外部での実習が始まります。これまでの研修を振り返ると、特定行為を行う際に観察項目としてみるべき情報がどのような意味を持つのかを知ることができたことで、患者さんの病状を科学的な根拠に基づいて判断する力が徐々についてきていると感じます。このようなスキルは今後の看護において大きな強みになるのではないかと思いますし、この先特定看護師として実務に入った際に学んだことを生かし、きちんと対応できるよう、さらに学びを深めていきたいと考えています。
2040年問題を見据えた後輩看護師の育成――管理者としての取り組み
当ステーションでの私の主な役割は、管理者として後輩看護師を育成することです。看護師が働く場は肉体的・精神的に大変過酷な面もありますから、なるべく働きやすい環境を整備しながら、教育とリスク管理に重きを置いて日々指導を行っています。
介護・医療業界に限らない課題かもしれませんが、医療現場の人員不足は深刻な問題です。現時点で、どの医療機関でも看護師の人材は非常に貴重かと思いますが、2040年問題*を見据えると介護・医療業界にはさらに人員が必要になることが明らかですし、看護師は今後ますます必要とされる存在だと思います。だからこそ、1人でも多くの看護師が長く働けるよう、働きやすい環境の整備が必要だと考えています。
体位変換のようす 写真提供:訪問看護ステーション高良台
特に訪問看護の場合では、看護師は同じ患者さんと数年単位、あるいは10数年など、長い期間にわたって関わっていくことが比較的多い分野です。患者さんの中には“何曜日の何時からいつもの看護師さんが訪問看護に来る”と待ちわびている方もいらっしゃいます。なので、いま訪問看護の領域で経験を積んでいる最中の看護師が得意分野を伸ばしながら苦手も少しずつ克服していったり、やりがいを見出したりしながら成長し、今後もこの領域に根付くことができるような教育支援をしていく必要があると感じています。
*2040年問題:2040年以降、1970年代前半に生まれた世代(団塊ジュニア)が65歳を迎えることに加え、人口減少も進み日本の全人口に対する高齢者の割合が過去最大になることで、労働力不足や社会保障費の増大などの起こり得るさまざまな危機をまとめて指す言葉。
最期の時間をよりよく過ごせるように――チーム医療としての取り組み
当ステーションは小規模多機能の居宅介護事業所内に位置しているため、介護士とも一緒に患者さんをケアする機会が多くあります。施設の特性上、患者さんの最期を看取る可能性もあるのですが、介護士が看取りに慣れていないケースでは病状がどのように経過していくかを把握していないために“患者さんがいつどうなるのだろう”“いつ看取りを迎えることになるのだろう”という漠然とした不安を抱えてしまうこともあるようです。
この課題に対応するため、あらかじめ病態について医師と看護師が共有し、看護師から介護士に向けて病状や今後現れると考えられる症状やその機序、さらに対処法などについて説明する取り組みを当ステーションで行いました。この取り組みによって、介護士が抱えていた先の見えない不安は軽減され、必要以上に看取りに対して構えることもありませんでした。加えて、どのように対処するかをあらかじめ共有したことで心に余裕が生まれ、これまでより丁寧に患者さんに接することができたというメリットもあったようです。
写真:PIXTA
また、在宅医療では、病院では制限されるようなことも本人の希望に応じて対応できるケースもあります。肺尖部のがんを患った患者さんに一番やりたいことを聞いたところ、「たばこを吸いたい」と仰いました。そこで、体に大きく負担をかけずにたばこを吸えるようベッドに寝た状態の患者さんをベッドごと施設の外に連れていき、患者さんにたばこを吸っていただきました。もちろん患者さんに満足していただくための取り組みでしたが、患者さんの要望をシンプルに分かりやすく反映でき、結果として介護士やリハビリテーション療法士にも満足してもらえる取り組みになりました。スタッフもいつも以上にケアに力が入り、患者さんの最期の時間が気持ちのよいものになるようにチームで一丸となることができた事例でした。このような取り組みが在宅医療の魅力だと感じたとともに、さまざまな職種の人がいるからこそ患者さんや病気に関する情報を共有し協力して対応することが、スタッフの行動変容をもたらすことを知れたよい機会となりました。
患者さんが変わらない日常を送るために
当ステーションでは患者さんが変わらない日常を送ることができることを目指して医療や介護サービスを提供しています。日々の看護のなかで、早期に治療を開始することで回復も早くなることを実感していますので、特定行為研修を修了した後は特定行為に関わる看護師としてリーダーシップを取り、より多くの患者さんができるだけ早く回復できるよう、当ステーションの機能を最大化していければと思っています。
加えて、在宅医療に携わっている者として、訪問看護の分野で長く働き続けられる看護師を輩出できるよう、引き続き教育支援・育成などに努めていければと考えています。