介護・福祉 2022.10.04
うれしい驚きを目指して――患者さんの生きがいを取り戻す慢性期医療の魅力とやりがい
横浜平成会 平成横浜病院 天辰 優太先生
命を脅かすような病気やけがの治療が一段落した後、体力が低下していたり身体の機能が十分に回復していなかったりして、再び自宅に戻って生活することに不安を抱える患者さんやご家族は少なくありません。平成横浜病院はそのような方にさまざまなケアやリハビリテーションを提供する“慢性期医療*”を担っている施設です。退院する患者さんやご家族からは「こんなによくなると思わなかった!」「入院する前よりも元気になった」とうれしい驚きの声がたくさん届くそうです。それを支えるのはさまざまな職種のスタッフが提供する充実したチーム医療の存在です。患者さんの “やりたい”を叶え、生きがいを取り戻すケアとはどのようなものなのか、横浜平成会 平成横浜病院の天辰 優太(あまたつ ゆうた)先生にお話を伺いました。
*本記事における「慢性期医療」は「回復期医療」を含みます。
*この記事は横浜市医療局の「医療マンガ大賞」との連動企画です。
”慢性期医療”とは――病院や診療所の機能分化
日本の病院や診療所は、高度急性期、急性期、回復期、慢性期医療の4種類に分類されています。高度急性期と急性期では、主に患者さんの命を脅かすような病気やけがの治療が行われます。一方、回復期と慢性期では、急性期の治療が終わった後に治療やリハビリテーションを継続したり、患者さんの病状が悪化したりしたときに一時的に入院し、治療やリハビリテーションを行います。いずれの場合も、再び患者さんが住み慣れた自宅で暮らせるようになることを目指しています。
しかし、実際は「体が弱ってしまったから家に帰るのは無理じゃないかな……」「家族に迷惑をかけたくないから施設に入りたい」と考える患者さんやご家族が少なくありません。それはなぜなのでしょうか。
入院する前よりも元気に――”慢性期医療”の誤解を払拭する
”慢性期医療”については、漠然と”リハビリをするところ”と認識されていることが多く、その実態についてはあまり詳しく知られていません。患者さんが自宅で過ごす際、心強いサポートとなる介護保険のサービスについても同様です。現在の医療・介護制度はとても複雑化していて、患者さんやご家族がその全てを把握し、それぞれの特徴を理解したうえで、必要なものを選ぶことはなかなか難しくなっています。そのため「本当は家に帰りたい……/家で面倒をみてあげたい……」と思っていても、どのような支援があるのか分からず、その願いを諦めてしまう人も多いのです。
当院では、さまざまな職種のスタッフが協力して、患者さんが再び自宅で安全に生活することができるようにサポートを行っています。時には「そこまでやるんだ」と驚かれることもありますが「こんなによくなると思わなかった!」「入院する前よりも元気になった」と喜んでいただけるケアの提供を目指しています。
チーム医療で患者さんの生きがいを取り戻す
患者さんには、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、歯科衛生士、介護職員など、たくさんのスタッフが関わります。入院中はそれぞれの職種の視点に基づいた意見を積極的に出し合ってカンファレンスを繰り返し開催します。
当院が大切にしているのは、患者さんやご家族の「家に帰りたい/家で面倒をみてあげたい」という思いに沿った具体的な目標を設定すること、そのうえで入院中に行う必要がある治療やケア、リハビリテーションを逆算して考えていくことです。これらは患者さんやご家族とも共有し、モチベーションを高められるようにしています。
病棟でのカンファレンス
画像提供:平成横浜病院
当院には各病棟に入退院を調整する看護師と相談員が1名ずつ在籍し(2022年現在)、担当するリハビリスタッフと一緒に、患者さんが入院されている間にご自宅を訪問して実際の生活環境(トイレや浴室、段差や階段の有無など)を把握するとともに、ご家族に患者さんのご自宅での過ごし方などについてヒアリングを行います。訪問が難しい場合は、ご家族から写真を提供いただくこともあります。そのうえで、患者さんがご自宅に戻って安全に生活するためには何が必要か、チーム全員で話し合い実行していきます。
食べる楽しみを支える
食事は栄養の観点でも非常に重要ですが、食事自体に楽しみを感じてもらえることを目指しています。そのために、管理栄養士が毎日患者さんのもとに伺い、食事の柔らかさや形態を調節しています。提供する食事は経管栄養の流動食も含め、既製品は極力使用せず、調理師が一つひとつ調理を行っています。入院期間が長い方でも食事に喜びを感じていただくために、四季を感じられるような旬の食材を使用したり、全国各地の郷土料理をメニューに取り入れたりするなど工夫しています。消化器官に問題がなければ”口から食べてもらう”ことを最後まで諦めません。
舌でつぶせる硬さに調整したお食事
画像提供:平成横浜病院
そして、歯科衛生士が毎日口腔(こうくう)チェックを行い、口腔衛生の管理を行います。誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)などを防止し全身状態を良好に保つためにも口腔衛生はとても重要です。また、しっかりと噛むためには患者さんに合った義歯を使用することが大切なため、必要に応じて調整も行います。
自宅で安全に生活する
理学療法士や作業療法士が、自宅での生活動作を踏まえたリハビリテーションを行います。浴槽の高さに合わせて足をまたぐトレーニングを行ったり、ご自宅の階段の段数や歩かなければいけない距離に合わせて階段昇降や歩行訓練を行ったりします。リハビリテーションはだんだん強度が上がって大変になりますが、具体的な目標があることで「頑張らないと!」と患者さんのやる気もアップすると感じています。
リハビリにおける入浴動作の評価
画像提供:平成横浜病院
また、ご家族と相談しながら介護保険のサービスを利用して、自宅のトイレや浴室に手すりを設置する、患者さんの寝室を2階から1階に移動する、布団を介護用ベッドに変更するなど、安全に生活するための環境も整えていきます。
患者さんの”やりたい”を叶える
患者さんがご自宅で”やりたい”と思うことをリハビリテーションに取り入れるのはとても大切だと考えています。たとえば、バスに乗って外出することができれば行動範囲も広がりますし、献立を考えて調理をすることは患者さんの喜びにもつながります。患者さんのその人らしさや生きがいを取り戻せるように支援していきたいと考えています。
当院のキッチンで調理訓練
画像提供:平成横浜病院
これからの”慢性期医療”とは――その魅力とやりがい
日本は2007年に世界に先駆けて65歳以上の人口が全体の21%を超える”超高齢社会”を迎えました。今後も人口に占める高齢者の比率は増え続けると予測されており、2025年には約30%、2060年には約40%に達すると考えられています。これからの時代、慢性期医療のニーズはますます増大していくと思います。
私自身は厚生労働省での医系技官としての勤務を経て、当院で患者さんと関わらせていただくようになりました。厚生労働省では介護報酬の改定などを担当していましたが、その過程で得ることができた”退院後の暮らしを見据えて今すべきことを考える”という視点は、今の業務にとても役立っていると思います。慢性期医療では、さまざまな職種のスタッフがそれぞれの専門性を生かしながら、患者さん一人ひとりとゆっくり向き合い、生活や暮らしそのものを支えていくことができるので、大きなやりがいを感じています。
多くの方に慢性期医療について正しく知っていただき、もし「家に帰りたい/家で面倒をみてあげたい」という思いがあるなら、ぜひ一度ご相談いただきたいと思っています。そして、ご興味を持っていただける医療職の方がいたら、一緒に患者さんやご家族を支える仲間として活動していきましょう。