病気 2022.02.09
「起き上がり小法師」作者Solaeさんに聞く 児童教育や文学への思いと道のり
Solaeさん、のんさん、やまみさん
児童教育や文学に高い関心を持ち、小学校の図書館支援員として子どもへの絵本読み聞かせや素話(絵本や紙芝居などの道具を使わずに声だけで物語を伝えること)などを続けていた愛媛県在住のSolae(ソラ)さん。2009年に交通事故に遭い高次脳機能障害*を抱えるも、逆境に負けず自身の経験や思いを「起き上がり小法師(こぼし)」という絵本に昇華させ、多くの方々に勇気や安心感を届けてきました。ソラさんに絵本や児童教育との出合い、これまでのあゆみを伺います。【前編】
*高次脳機能障害:事故による外傷や病気などで脳が損傷した場合、言語、記憶、視空間認知(物の位置や向きを認識する能力)、思考といった神経の機能が障害されることがある。
母との時間で培われた大切な価値観
私の価値観に大きな影響を与えてくれたのは母です。児童教育や文学への強い興味、あるいはクリスチャンであることが特に大きな要素ですが、どれも母と共に過ごした時間で培われたものだと思います。
母は愛媛県の小さな町で幼稚園の教員をしており、父との結婚をきっかけに北海道へ居を移しました。母は私が幼い頃から足踏みオルガンで童謡を弾きながら一緒に歌ったり、本を読み聞かせてくれたりしました。それはとても大切な時間だったのです。
また小学生の時から教会の日曜学校へ行くようになり、中学校は女子校のミッションスクール(キリスト教主義学校)に通いました。信仰を持って過ごす毎日は穏やかで好きでしたが、女子だけの世界というものが少し苦手でしたね。特有の空気があるのです。私は自分の意見を控えて他人に合わせるような子どもではなかったので、いろいろと衝突することもありました。
教会(イメージ) 写真:PIXTA
「書くこと」への興味と活動
中学3年生以降は、父の転勤に伴って千葉や京都などさまざまな土地に住みました。高校は公立の学校に行き、そこで入ったのが文芸部です。当時は詩やエッセイを書くことが好きで、同じ趣味の友人にも出会うことができました。文学に対するマニアックなこだわりがあり、「もし友達がいなくても活字があれば生きていける」とまで思っていました。
本や文学に触れる機会の多い高校時代を過ごしながら、将来は絵本作りなど児童文学に携わる仕事をしたいと考えるように。そして卒業後は日本児童教育専門学校へ進むことにしたのです。当時は絵本作りを学べるコースがあったのですが、周りに「世の中そんなに甘くないよ」と言われ、保育士・幼稚園教員を目指すコースへ。当時の講師陣には漫画家・絵本作家の馬場のぼる先生など尊敬する方がいましたので、そのような中で児童教育を学べることがとても楽しみでした。
図書館支援員は“天職”だと思った
専門学校を卒業した後は保育園には就職せずに歯科医院の事務職を含めてさまざまな仕事をしながら、その間に結婚と出産を経験しました。子どもが小さい頃は専業主婦をしていたこともありましたが、子どもが成長し仕事を再開することにしました。そのときに勤めたのが、松山市立八坂小学校です。当時は松山市の小中学校に図書館支援員を配置する動きがあり、また、図書室の本をデータベース化してバーコードで管理するという現行の体制にシフトする時期でもありました。
私は、そこで初めて日本十進分類法(図書の主題となる知識を1~9の数字を用いて分類し、どの区分にも属さないものには0を用いる分類法)の存在を知り、学びながら図書館支援員の仕事を懸命にこなしました。校長先生にお誘いいただき大学の関連セミナーに参加する機会も得て、新しいことを学ぶ毎日はとても楽しかったです。2年目には、校長先生から「学んだことを今後は子どもたちのために還元しなさい」と言われたことを覚えています。教育とはインプットしたものをきちんとアウトプットすることだと改めて気付きました。松山市立八坂小学校では5年ほど働き、実り多い経験をさせていただきました。
図書館(イメージ) 写真:PIXTA
仕事を通じて学んだ読み手としての技法
図書館支援員の仕事の中で、絵本の読み方や本を通じたコミュニケーションについても学びました。その1つが「素話」という技法です。素話とは、ストーリーを丸ごと覚えて絵本を見ずに語るというものです。視覚的な情報がないぶん聞き手はストーリーに集中し、想像力を使います。物語の中にいるような感覚になるのか、子どもたちは表情豊かにお話を聞いてくれて、時には息遣いまで聞こえてきました。読み手としても非常に楽しく、目まぐるしく変わる子どもたちの表情を見ては、なんともいえない高揚感を覚えました。
また、「ブックトーク」も面白い手法です。ブックトークとは選んだテーマに合わせたいろいろな本を紹介することで、たとえば星をテーマにして絵本や小説、科学書などを選び、本の一部を読んだり概要を紹介したりして、聞き手に興味を持ってもらい実際に本を手にするきっかけを提供します。子どもの場合、読む本やシリーズが固定化されがちですが、ブックトークがきっかけとなり新たな本に出合えたり、読書そのものへの興味が高まったりするという効果があります。
これらの手法を仕事の中で学び実践していくと、教員たちから「子どもたちの想像力が育まれて他者を思いやることができるようになりました」「教室で子どもたちが話をよく聞くようになりました」という声や評価をいただくようになり、とてもうれしかったです。図書館支援員の仕事は奥深く、私にとっては天職のように感じました。
思いがけぬ事故
図書館支援員の仕事はとても楽しかったのですが、家庭の事情により仕事を変えることになりました。その2年後に交通事故に遭いました。勤め先から自転車で帰宅する途中、路地から出てきた車と衝突したのです。
中心性頸髄損傷(ちゅうしんせいけいずいそんしょう:脊髄中心部の損傷で、下肢よりも上肢の麻痺が重度となる)と診断されました。事故により左後頭部に強い衝撃を受け、右半身の麻痺と体の障害、高次脳機能障害(頭部外傷や脳血管障害などにより起こる種々の障害)が残りました。その後「起き上がり小法師」という絵本を制作するまでの道のりについては、次のページでお話しします。