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食支援の普及啓発活動を通じて――社会の変化と現状の課題

NPO法人口から食べる幸せを守る会 理事長 小山珠美さん

病気やけがなどの理由で口から食べることが難しくなった場合、胃などに直接栄養や水を取り込む“人工栄養(経管栄養)”を選択することがあります。現状の医療・介護の現場では、口から食べたいという本人やご家族の願いが叶わず、人工栄養となるケースも少なくありません。2013年に“NPO法人口から食べる幸せを守る会”を発足し、普及啓発・研修などの活動に尽力する看護師の小山 珠美(こやま たまみ)さんに、活動の中で感じる社会の変化や現状の課題について伺いました。


NPO法人口から食べる幸せを守る会の活動

口から食べて幸せに暮らせる優しい社会を実現したい

私たちは、口から食べることの大切さに関する普及啓発活動と、より良質な食支援ができる人材育成に努めています。その目的は、“口から食べて幸せに暮らせる優しい社会”を実現することです。現在の会員数は300人ほどで、多職種で構成された理事7人を中心に活動を進めています(2021年5月時点)。

現在日本の高齢化率は28.7%(2020年データ)です。2030年には総人口の31.2%が65歳以上となり、2040年には35%を超えると見込まれています。3人に1人が65歳以上となる社会では、後期高齢者も増加し、認知症の患者さんも増えていきます。すると当然ながら、口から食べることが難しくなる方も増加するでしょう。そのようななかで、口から食べて幸せに暮らせる優しい社会を実現させたいという思いを持ち、その思いを叶えるために知識と技術を重ねられる“実践者”を増やすこと。これが私たちの活動の目標です。


活動の中で受ける相談の一例と回答

問い合わせフォームや講演・研修などを通じて、さまざまな方から相談が寄せられます。主に、食支援をする側の医療者・介護者からの相談、食支援を受ける側の当事者やご家族からの相談の2種類です。

どのような内容かというと、まず支援する側の相談としては「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん:食道へ入るべき唾液や食べ物などが気管に入り、細菌を気道に誤って吸引することにより発症する肺炎)が怖いので口から食べさせることが難しい」「認知機能が低下している方や衰弱している方の食支援が困難」など、患者さんの状態や病気を踏まえた相談が多いです。このような相談に対しては、その思いを叶えるための技術指導を行い、組織・チーム改善の可能性について検討します。患者さんの身体的な要因だけでなく、支援者側の技術や知識、チーム体制を見直すことで、口から食べる可能性を模索するのです。

一方、当事者やご家族からは「食べさせたいのに食べさせてもらえない」という相談が多く見られます。このような相談に対しては、体や病気の状態によって人工栄養が必要なケースもあることをお伝えし、そのうえで医療者・介護者とどのようにコミュニケーションを取れば「食べたい」「食べさせたい」という思いを実現しやすいのかをアドバイスしています。


活動を続けるなかで感じる社会の変化

口から食べることの価値を考える気運の高まり

2013年からNPO法人の活動を続けるなかで、“人生の最期まで口から食べることの価値”を考える方が増えていると感じます。社会の中でそのような機運が高まっているのかもしれません。実際に研修の依頼は多いですし、「食支援の技術を学びたい」「認知症など口から食べることが難しい人をサポートしたい」と言って活動に賛同してくださる方が増えてきました。また、私が在籍する病院でも“人工栄養ありき”ではなく、“まずは経口摂取の可能性を探る”という形に変化しています。

 

写真:PIXTA

 

課題の残る“食事介助技術”の普及

そのような社会の変化が確かにある一方で、不適切な食事介助によって患者さんが不利益を被っているケースはいまだに多く、食事介助の技術が普及していないと感じることもあります。その背景には、高齢化の進展に伴う医療・介護現場のマンパワーの不足や、食支援に対する診療報酬・介護報酬の評価の欠如があるようです。個々のケースに応じた丁寧な介助にはどうしても手間がかかるため、多忙を極める現場では流れ作業的な食事介助になってしまうのかもしれません。「口に入ればよい」「飲み込めないならとろみをつければよい」という発想になり、人としての尊厳を守る食事とはかけ離れた状況に陥っていることが考えられます。

ご本人やご家族が「食べたいのに食べさせてもらえない」という悲しみを持ちながら死に向かっていかざるを得ない状況があることを思うと、とても悔しいです。食事介助の技術に関しては課題が残っているため、今後さらに普及啓発や研修などの活動に力を注いでいきたいと思います。


“口から食べる”を支えたいと思ったら

皆さんが「口から食べることをサポートしたい」と思ったときには、まずはそれを一緒に進めてくれる仲間を作ることから始めてみてください。1人だけで実現することは難しいので、1人でも2人でもよいので理解者を探して、そこから少しずつ知識や技術を活用して食支援を実践し、成果を残すことが大切だと思います。初めから全員の足並みがそろうはずはないので、もし組織の中で温度差があっても気に病むことはありません。私自身も活動を始めたときには反発する人もいて大変でした。

大切なことは、まず目の前の患者さんに心底向き合うことです。「どうしたら口から食べられるのだろう、喜んでもらえるだろう」と考え抜いて、1つずつ成果を積み重ねていくことで、周囲も理解してくれるようになるでしょう。当法人が発信する情報を活用して、周りにいる仲間を頼りにして、共にがんばりましょう。


小山 珠美さんからのメッセージ

急性期から慢性期、在宅医療まで、食支援はどの場面においても重要な役割を担います。たとえば急性期病院で“口から食べること”を諦めてしまったら、仮に病気がよくなったとしても、その先の慢性期病院や在宅医療で再び食べる機能を回復させるのは非常に難しくなってしまいます。そうではなく、医療・介護のどの段階であっても、定期的に機能を評価し、“口から食べる可能性”を探し続けてほしいのです。

食支援に関わる人には、ぜひご自身でも“食べることの楽しさや価値”を感じながら、目の前の患者さんの幸せな時間を一緒に作る支援者になっていただけたらと思います。

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