介護・福祉 2021.02.15
慢性期医療の“看護師特定行為研修”とは? ――その意義と活躍の可能性
多摩川病院 理事長 矢野諭先生
“看護師特定行為(以下、特定行為)に係る研修制度”とは、本来医師しか行えない医療行為を、医師の手順書に基づき実施できる看護師を養成する国の研修制度です。日本慢性期医療協会(以下、日慢協)が行う特定行為研修を修了した看護師は、医師の配置が少ない慢性期病院や介護施設、在宅医療などの現場で活躍し、“チーム医療のキーパーソン”となることが期待されています。特定行為の意義と活躍の可能性について、日慢協 特定行為研修委員会 委員長を務める矢野 諭(やの さとし)先生(多摩川病院 理事長)にお話を伺いました。
日本慢性期医療協会“看護師特定行為研修”とは
日慢協の看護師特定行為研修は2015年10月に第1回をスタートし、現在までに合計230名の修了者がいます(2021年1月時点)。研修の開講は年に2回、次回は2021年4月に開講予定です。現場で働きながら1年間で修了できるプログラムを実施しており、eラーニングによる自己学習、ウェブ会議システムZoom を用いたオンライン研修、シミュレーターを活用した実技の習得、さらには協会研修の特徴の1つである集合研修、実技評価のOSCE(客観的臨床能力試験)を経て、実際の患者さんの症例を対象とした臨床実習に臨んでいただきます。ただ、現在は新型コロナウイルス感染症の影響により、実技研修・評価を除き可能な限りオンラインでの研修を実施しています。
日本慢性期医療協会“看護師特定行為研修”の特徴
慢性期医療の現場で必要な“9区分16行為”は必修
看護師特定行為(以下、特定行為)を行うには、多様な臨床場面において高度かつ専門的な知識・技術が求められます。日慢協の特定行為研修の特徴は、慢性期医療の現場で実践頻度が高いと考えられる“9区分16行為”の研修を“必修”としていることです。これらの研修にかかる時間は合計およそ397時間です。
【9つの特定行為区分、およびそれらに係る16特定行為】
1.呼吸器(人工呼吸療法に係るもの)関連
(1)侵襲的陽圧換気の設定の変更
(2)非侵襲的陽圧換気の設定の変更
(3)人工呼吸管理がなされている者に対する鎮静薬の投与量の調整
(4)人工呼吸器からの離脱
2.栄養および水分管理に係る薬剤投与関連
(5)持続点滴中の高カロリー輸液の投与量の調整
(6)脱水症状に対する輸液による補正
3.感染に係る薬剤投与関連
(7)感染徴候がある者に対する薬剤の臨時の投与
4.血糖コントロールに係る薬剤投与関連
(8)インスリンの投与量の調整
5.精神および神経症状に係る薬剤投与関連
(9)抗けいれん剤の臨時の投与
(10)抗精神病薬の臨時の投与
(11)抗不安薬の臨時の投与
6.呼吸器(長期呼吸療法に係るもの)関連
(12)気管カニューレの交換
7.栄養に係るカテーテル管理(中心静脈カテーテル管理)関連
(13)中心静脈カテーテルの抜去
8.栄養に係るカテーテル管理(末梢留置型中心静脈注射用カテーテル管理)関連
(14)末梢留置型中心静脈注射用カテーテル(PICC)の挿入
9.創傷管理関連
(15)褥瘡または慢性創傷の治療における血流のない壊死組織の除去
(16)創傷に対する陰圧閉鎖療法
素材:PIXTA
必修である7つの共通科目で確固たる理論的基盤を構築し、医師の思考過程を理解
国が定めた特定行為研修制度では、選択する特定行為の数に関係なく、全ての受講生に必修の以下の7つの共通科目があります。多くの場合、医師と看護師では患者さんのアセスメントにおいて思考過程に差異が生じています。特筆すべきは、医師は“診療(診断・治療)”が前提であり、看護師では“ケア”が前提になっている点です。これは、サイエンスとアートの視点とも重なります。しかし多様な臨床場面において、リスクを伴う難易度の高い特定行為を実践するためには、確固たる理論的基盤が必須になってきます。特に感染症治療、脱水の補正、高カロリー輸液の調整、インスリン投与量の決定などにおいては、医師と同様の科学的根拠(サイエンス)に基づく思考過程を十分に理解する必要があります。それらの基盤となる基礎医学の知識を臨機応変に臨床場面に適用するトレーニングを通して、看護教育において欠けているサイエンスの視点を徹底的に涵養すること。これは協会研修の大きな特徴の1つです。必然的に、共通科目にかかる比重は増加します。
共通科目の集合研修の教材を作成する際、私は最新の医師国家試験の症例を中心に選択し、設問を一部改変するなどの工夫をしています。医師国家試験は、多くの場合オーソドックスな内容から構成されており、病歴、検査所見もそろっています。そのため医師の思考過程がよく理解でき、標準的な治療の理解にも最適です。また、できるだけ区分別科目との関連項目が多い症例を選択することにしています。このように、膨大な時間と手間をかけて教材と資料の作成に取り組んでいます。協会の集合研修では、各症例をグループでディスカッションし、結果を発表してもらう型式が基本です。共通科目では成書を参照してもポイントが十分に把握できないことがあり、症例を通して考えるほうがより理解が深まると好評です。特に共通科目の中では、特殊な検査や画像診断に依存しないフィジカルアセスメント(問診、視診、聴診、触診、打診などを通じて体の状態を評価すること)の能力を研鑽し、的確な臨床推論ができるようになることを目指しています。
共通科目の研修に要する所用時間の目安は合計331時間ほどです。
【共通科目】
1.臨床病態生理学
2.臨床推論
3.フィジカルアセスメント
4.臨床薬理学
5.疾病・臨床病態概論
6.医療安全学
7.特定行為実践
日本看護師協会の認定看護師制度とは何が違う?
日本看護師協会(日看協)が長年にわたって実施してきた認定看護師制度では、すでに2万人以上の認定看護師が誕生しています。これは国とは別に、独自に日看協が専門領域ごとに認定するものであり、少数の領域の選択受講が可能です(1領域でも受講可能)。
この制度は、たとえば呼吸器関連、排泄ケア関連、創傷管理関連など、特定の領域においてそれぞれの専門性を高められるという特徴があります。いわば、臓器別専門性と重なるものでしょう。一方、日慢協の特定行為研修は全ての受講者に9区分16行為を必修としています。1科目でも不合格があれば修了証は出しません。慢性期医療の現場では日常から多くの合併疾患を有する多彩な病態の患者さんに遭遇する機会が多く、少数の限定した行為の習得では活動の場が限定されます。医師と同様に看護師にも “総合診療”の視点が重視されなければなりません。
また、日看協の認定看護師の場合、診療の補助行為を実施できるのは、従来と同じように必ず“医師の指示の下”とされています。これに対して、国が定めた特定行為修了看護医師は、あらかじめ医師が作成した手順書に基づき、研修を修了した医療行為に関しては医師の指示を待たずに行うことができるという点が大きく異なります。実際、日慢協の研修修了者は、病院でも特別養護老人ホームでも、1人の看護師が医師の指示を待たずに、手順書に基づいて同日に複数の特定行為を実践することが可能になっています。
特定行為研修を修了した看護師はどのように活躍できる?
医師がいない現場でタイムリーかつスムーズな対応が可能に
特定行為研修を修了した看護師は、医師の数が少ない慢性期病院や介護施設、すぐ医師が対応できないこともある在宅医療などの現場で活躍できる可能性が増大し、すでに多くの実績も上げています。たとえば、在宅医療で患者さんに状態の変化が見られた場合、バイタルサイン(呼吸数、脈拍、体温、血圧、意識レベル、尿量)を迅速に測り、臨床推論を行って病態を把握し、緊急度や必要な薬剤を判断できます。また、常駐医師のいない特別養護老人ホームでは、患者さんに異変があったときには医療機関に患者さんを搬送し、対応までに時間を要することがありましたが、研修を修了した看護医師なら的確なフィジカルアセスメントを行い、その場で必要な対応を判断できるのです。それにより不必要な外来受診を回避することもできますし、非常勤嘱託医への電話連絡も極端に減少します。このようにタイムリーでスムーズな対応を行えることは、特に医師が常駐しない現場において非常に有益なことです。特定行為修了看護師は、より研ぎ澄まされたアセスメント能力を涵養するようにトレーニングされており、当然生命に関わる緊急度の高い病態の判断と対応においても力を発揮します。
“チーム医療のキーパーソン”となる存在
写真:PIXTA
医療の複雑化・多様化に伴い医療・介護の専門職が増加する今、多職種が協働する“チーム医療”の重要性は自明であり、当然、医師はその中でリーダーシップを発揮するべきです。しかしながら、看護師の情報や記録、サポートなしに診療を成立させることはできません。看護師はそのような診療の補助に加え、患者さんの療養上のケアを行いますから、ほかのどの職種よりも患者さんの近くにいて、多くの時間を共に過ごします。そのため患者さんの“代弁者”あるいは“相談役”となることも多く、看護師は情報共有、院内連携などを通じてチーム医療を円滑化するキーパーソンとなりうるのです。さらに、特定行為研修によって最新の医療知識・技能を習得し、サイエンスに裏付けされた議論を深めることができます。研修では最新のガイドラインを意識した教育を実施しますので、現場の診療の標準化にも貢献します。
*次の記事では、特定行為研修の課題や質向上についてお話しします。