病院運営 2020.05.20
日本リハビリテーション医学教育推進機構 設立の経緯と取り組み
日本リハビリテーション医学教育推進機構 理事長・機構長 久保俊一先生
日本リハビリテーション医学教育推進機構は、リハビリテーションに関わる医師や専門職の教育体制の整備を目的に2018年10月に設立された一般社団法人です。リハビリテーション医学・医療教育における教材作成、研修会の開催、リハビリテーション専門職の教育・認定、リハビリテーション医学・医療の質向上に対する研究・開発などの活動を行っています。
今回は、日本リハビリテーション医学教育推進機構 理事長・機構長の久保 俊一(くぼ としかず)先生に、リハビリテーション医学教育の重要性についてお話を伺いました。
リハビリテーション医学とは何か
“リハビリテーション”の歴史について
リハビリテーションという言葉が医学的に使用され始めたのは、約100年前の第一次世界大戦のときです。数百万人もの戦傷者をいかに社会に復帰させるかという課題に対応するため、アメリカの陸軍病院にphysical reconstruction and rehabilitationという新たな部署が設けられたのが最初といわれています。リハビリテーションは医学的治療と並行して進めるものであるという位置づけでスタートし、その後、第二次世界大戦でさらにその有用性が認められ、1949年にアメリカではリハビリテーションがboard of physical medicine and rehabilitationという独立した診療科となり、“臨床を行って社会に返す”という形がスタンダードとなりました。
日本にリハビリテーションの概念が入ってきたのは1950年代です。日本では、リハビリテーション医学の中にphysical medicine(物理医学)が含まれていることを念頭に、“physical medicine and rehabilitation”がリハビリテーション医学として取りまとめられることとなりました。
人々の活動を育むのがリハビリテーション医学
日本リハビリテーション医学会はこれまで、“障害を科学的に捉え、合理的な解決を求めるのがリハビリテーション医学”であると定義していました。これは1986年に初代理事長により定められたもので、病気や外傷で低下した身体・精神機能を回復させ、障害を克服することを示しています。
しかし、少子高齢化が進むなかで、必要とされる医療の内容は変化してきました。たとえば、近年実践されている心臓リハビリテーション、がんのリハビリテーション、摂食嚥下リハビリテーションなど、疾病や障害によってリハビリテーション医療の内容は異なり、その形態は多岐にわたります。また、同じ病気でも、急性期・回復期・生活期という時間軸によってリハビリテーション医学・医療の内容は異なります。今や、単に“障害を乗り越える”という考え方では不十分な状況といえます。
そこで同学会では、2017年に“人々の活動を育むのがリハビリテーション医学”と定義を改訂しました。従来の定義を踏まえたうえで、さらに私たちの日常の営みの基本である“活動”に着目し、その賦活化を図る過程をリハビリテーション医学と再定義したのです。
なぜ今、リハビリテーション医学・医療が重要なのか
超高齢社会の現在、リハビリテーション医学・医療はほぼ全診療科に関係する疾患、障害、病態を扱う領域になっています。脳血管障害、頭部外傷、運動器疾患、外傷、脊椎損傷、神経筋疾患、切断(外傷・血行障害)、関節リウマチ、呼吸器疾患、循環器疾患、がん、摂食嚥下障害、フレイル(虚弱)、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)などが含まれます。
そして、それらの対象に対し、“活動”の低下を防いで離床を促す急性期から、“活動”の改善を目指す回復期、さらに“活動”の維持および環境調整のサポートに至る生活期までほぼ全領域が対象となります。
しかも、疾患、障害、病態は複合的に絡み合い、その発症や増悪に加齢が関与している場合も少なくありません。今やリハビリテーション医学・医療はすべての医療分野に不可欠です。
さらに、平均寿命と健康寿命の差(日常生活に制限のある不健康な期間)が延びるにしたがって、病院や施設だけでなく、一般家庭でも良質なリハビリテーション医学・医療が求められています。
人間にとってもっとも重要なことのひとつは、自分で動けるという安心感です。日常生活や社会生活を送るうえで、自立して“活動”できることを実現するために大切な手段が、リハビリテーション医学・医療といえます。したがって、“活動”という視点から、病気の予防や自立に対する取り組みを一般の方々に啓発し、医療の分野だけでなく、介護の分野でも介護の必要な方を減らしていくことが、リハビリテーション医学・医療の大切な役目と考えています。
リハビリテーション医学教育を推進する意義
リハビリテーション医療に関わる医師および専門職の現状について
前述のように、リハビリテーション医学・医療が不可欠であるにもかかわらず、全国の大学および医科大学の医学部で、リハビリテーション医学の講座を設置しているところは限られているのが現状です。卒後臨床研修においても、リハビリテーション科は必修ではありません。急性期、回復期、生活期のリハビリテーション医療施設はそれぞれ独立していることが多く、一貫した教育体制が取りにくい状況です。
また、リハビリテーション医学・医療の特徴として、リハビリテーション医療チームの多種多様さがあります。リハビリテーション医療は、リハビリテーション科の医師だけでなく、さまざまな専門職がチームで行うため、チーム内で解釈の違う用語もでてきます。しかし、医療チーム内で“お互いに同じ認識”をもつためには、共通言語を使用することが必須です。定義や用語が定まっていないことから、医療チーム内での誤解や意思疎通の不足が生じる可能性があります。
定義や用語を学べる環境の重要性について
たとえば“リハビリテーション”という言葉を使うとき、状況によっていつも同じ内容を表しているとは限りません。内容のあるリハビリテーションをしっかりと伝える表現を使用するためには、リハビリテーション医学・医療・診療・診断・治療などを適切に使い分けることが大切です。それを実現するには、まずは定義をしっかりと理解している必要があります。
リハビリテーション医学とは何か。それは、前記したように“活動を育む医学”です。その活動について、どのようなナチュラルコース(自然経過)をとるのか、すなわち急性期から回復期、生活期までの長期的視野に立ってナチュラルコースを読み解くことが“リハビリテーション診断”になります。状態が悪くなっていく活動を改善させる目的で、運動療法などを中心に各種の方策を組み合わせて実施していくのが“リハビリテーション治療”です。ご自宅に戻ってからも円滑に暮らせるよう、環境調整などをサポートすることが“リハビリテーション支援”です。これらは基本的なことですが、リハビリテーション医学・医療に関わる方々でも、教育のなかで学んだことはないかもしれません。
しかし、2018年度から、日本専門医機構による専門医養成教育が始まっています。リハビリテーション医学に基づく“質”の担保されたリハビリテーション医療を行っていくためにも、教育体制の整備は喫緊の課題であると考えています。
日本リハビリテーション医学教育推進機構の取り組み
日本リハビリテーション医学教育推進機構では、リハビリテーション医学・医療の教育体制を整備するためにさまざまな取り組みを行っています。
リハビリテーション医学に関するテキストの作成
リハビリテーション医学教育推進機構は、“リハビリテーション医学教育の全体像をつくる”ことを目的としてスタートしました。そこで最初に着手したのがテキストの作成です。リハビリテーション医学・医療に関わる方々に、その全貌を把握し、具体的に何をすべきか理解してもらうことをコンセプトとしています。
第一弾として、『急性期のリハビリテーション医学・医療テキスト』『生活期のリハビリテーション医学・医療テキスト』を発刊しました。回復期のテキストは2020年6月を目途に出版します。疾患別、あるいは専門職向けに編集したハビリテーション医学・医療テキストの作成も進めており、順次発刊予定です。
リハビリテーション医学・医療教育に関する研修会の開催
医師向けおよび専門職向けの研修会も開催しています。
<医師向け>
・急性期病院でのリハビリテーション指示書の書き方研修会
・生活期リハビリテーション医療にかかわる医師のための研修会
など
<専門職向け>
・急性期病棟におけるリハビリテーション関連専門職研修会
・総合力のつくリハビリテーション専門職研修会
など
今後開催予定の研修会については、こちらをご覧ください。
未来に向けて壮大な構想がある――久保 俊一先生の思い
リハビリテーション医学・医療では先進的な治療法も取り入れられつつあります。そのひとつは再生医療です。従来から、けがや疾患が治ったあとに残る固定された状態の障害では、その障害に応じたリハビリテーション治療やリハビリテーション支援が行われてきました。これに対し、細胞を使った新たな医療である再生医療の登場により、障害自体の程度を変えられる可能性がでてきました。“活動を育む”リハビリテーション医療の中に、どう再生医療を入れていこうかという今までにない構想もできるようになってきています。まさにパラダイムシフトといえます。
ここまで述べたように、少子高齢化が進み、医学・医療が進歩する現代社会において、リハビリテーション医学・医療の対象は拡大し続けています。今後、リハビリテーション医学・医療における標準的な教材や研修機会が、急性期、回復期、介護を含む生活期まで一貫して整備されれば、バランスのとれた質の高い人材が育成されるものと考えられます。当機構は、学問体系を整理し、人材育成に尽力することで、リハビリテーション医学教育に貢献することを目指していきます。