病気 2018.09.12
認知症予防を目標とした研究:金沢大学「なかじまプロジェクト」
金沢大学附属病院 山田正仁先生
金沢大学 神経内科学では、2006年より、石川県中島町在住の60歳以上の住民2千数百名を対象とした大規模認知症コホート研究「なかじまプロジェクト」を進めています。認知症の予防を目標とする本プロジェクトは、「緑茶の摂取習慣と認知症発症の関連」など、有用な研究成果を残しています。
石川県中島町における認知症コホート研究「なかじまプロジェクト」とは?
石川県中島町に在住の高齢者を対象に行う認知症の大規模調査
「なかじまプロジェクト」とは、石川県七尾市中島町に在住の60歳以上の住民2千数百名を対象に頭部MRI撮影を含むもの忘れ健診を行い、長期間にわたり認知症や軽度認知障害の発症にフォーカスを当てた追跡調査を実施するコホート研究です。
*コホート研究・・・現時点(または過去のある時点)で、研究対象とする病気にかかっていない人を大勢集め、将来にわたって長期間観察し追跡を続けることで、ある要因の有無が、病気の発生または予防に関係しているかを調査する観察研究
本プロジェクトは、神経内科医、保健師、臨床心理士、看護師等からなるチームで、地区の公民館や集会所を活用し、さらに自宅訪問調査を併用し、地域脳健診(一次健診)を行います。
一次健診の内容は以下のとおりです。
- 生活習慣のアンケート
- 脳老化に関連した項目の採血
- タッチパネルテスト
- 認知機能検査
- 頭部MRI
さらに、一次健診を経て認知症が疑われる方については、頭部MRI、脳血流シンチ、WMS-Rなどを通して精査(二次健診)を行います。
基本的な目標は「認知症の予防」
本プロジェクトの基本的な目標は、認知症の予防です。地域住民の認知機能の推移を観察し、認知症や軽度認知障害の発症を予防するための糸口をみつけるために調査を実施します。
ある時点で認知機能が正常な60歳以上の方々について、ライフスタイルなどを把握し、その後の認知機能の変化を、5年、10年、―――という長期間にわたり調査します。
本調査によって、ライフスタイルなどが、将来の認知機能にどのように影響するのかを観察することができます。ある種のライフスタイルが将来の認知機能低下に防御的に作用するとすれば、そこには認知症予防のヒントがあります。
地域コホート研究のポイント なかじまプロジェクトの例
健診に訪れるのは、もともと健康に関心のある方だけ?
なかじまプロジェクトでは、2006〜2010年度の5年間で1,154名(のべ2,557名)の脳健診を行いました。しかし、これは中島町における60歳以上人口の4割ほどに過ぎません。
なぜ、受診率が低くなってしまうのでしょう。そして、残りの6割はどのような方々なのでしょうか。私たちは、公民館等での集団脳健診には、もともと健康に関心の高い住民が多く参加している、つまり健診バイアスが生じている可能性を疑いました。
悉皆調査により9割の方の調査を実現。結果を国際誌に発表した
そこで、2010年には、中島町の一地区で60歳以上全員の認知機能を調査する、自宅訪問形式を併用した全数調査(悉皆(しっかい)調査)を行いました。結果、住民のみなさんの協力により、9割超の方を調査することができました。
その結果、自宅訪問を必要とする方は、公民館等における健診受診者よりも、認知症や軽度認知障害の率が高いことが明らかになりました。考えてみれば当然のことかもしれませんが、もの忘れ健診に積極的に参加するのは認知機能が正常な方が多いということは、こうした研究や健診活動を実施する上で重要な事実です。
さらに、最近の私達の研究では、公民館受診者、自宅訪問受診者ともに、「認知症健診を受けることは自分のためになる(メリットを感じる)」という認識が高いほど、将来の認知症健診の参加を希望する方が多いことを明らかにしました。
認知症健診に参加して早期に認知機能の低下を発見して適切な診療を受ければ、症状を軽減する、あるいは進行を遅らせる対策を講じられることを、日頃から地域住民に理解していただくこと(= 啓発活動)が大切であるとわかったのです。
以上2点、悉皆調査委の結果に関しては、国際誌に発表しました。
早期診断・治療の重要性を普及啓発することが必要
認知症を予防するためには、まず、早期診断・治療の重要性を普及啓発すること、そして脳健診のメリットを理解してもらうことが必要であると考えます。そのため、認知症に関する知識の啓発を目的として、2006年からは中島町で市民公開講座を定期的に実施しています。
認知症の予防に関する、なかじまプロジェクトの成果
なかじまプロジェクトでは、認知症予防・治療に関するさまざまな成果が出ました。本項では、その一例をご紹介します。
緑茶の摂取習慣が認知症を予防する? ロスマリン酸の研究へ
本プロジェクトでは、緑茶を飲む頻度と認知機能低下との関連を調査しました。
緑茶をまったく飲まない群と較べ、緑茶を週に1~6回飲む群では、5年後に認知機能が低下するリスクが約2分の1に、緑茶を毎日1杯以上飲む群では、約1/3に減少していることを見出しました。その結果、緑茶を摂取する習慣が、認知機能低下に予防的効果を持つ可能性が示唆されました。
さらに我々は、緑茶等の食品に含まれる天然化合物(ポリフェノール類)について、作用機序の解明を進めることにしました。
その結果、アルツハイマー病モデル動物や試験管内モデルにおいて、ポリフェノールの一種であるロスマリン酸が、認知症の発症にかかわる「アミロイドβ」の凝集を抑制し、凝集体のシナプス毒性を軽減することなどを発見しました。
現在、ロスマリン酸を豊富に含む「レモンバーム抽出物」の認知症に対する予防効果を検証しています(2018年8月時点)。