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介護保険制度の創立から20年を経て――現状の課題とは

上智大学総合人間科学部社会福祉学科 教授 香取照幸先生

まだ“介護”という言葉もなかった1980年代から構想され、日本社会の将来像を見据えて構築された介護保険制度。2000年の介護保険制度創設から20年が経過した今、見えてきた課題とはどのようなものでしょうか。介護保険法の制度設計を担当された香取 照幸(かとり てるゆき)先生(上智大学総合人間科学部社会福祉学科 教授)にお話を伺いました。


身体介護モデルから、認知症介護モデルへ

記事1でお話ししたように、介護保険制度が成立した時代には寝たきりの高齢の方や社会的入院が問題となっていました。当時は、たとえば脳卒中で救急搬送され命は助かったけれど長期にわたり障害が残るケースが多く見られました。つまり身体的な障害のある高齢の方を支える介護の必要性が高かったというわけです。そのため、当時はリハビリテーションを地域で行う仕組みが重要視されました。

しかし現在は、認知症の増加に伴い、身体的な障害よりも認知症が主体の介護モデルに切り替わってきています。つまり、地域でいかに認知症の患者さんを支えるかということが大きな課題になっているのです。


目指すべき1つの到達点は“地域包括ケア”

介護保険制度の創設当初から変わらない課題として、“どのように医療と介護を一体化して提供するか”があります。保険制度上、医療が過剰に抱えていた介護の部分を切り離したわけですが、実際には要介護の人に医療サービスがいらないかといえば、そんなことはない。特に高齢であればあるほど複数の病気を抱えている可能性があるため、むしろ医療と介護どちらも必要であり、もっといえば生活支援も必要になります。このような考えに基づき現在の地域包括ケア、すなわち医療、介護、介護予防、生活支援、住まいを一体的に提供する仕組みが構想され、でき上がってきました。その意味では、現在の介護保険制度が目指す1つの到達点は“地域包括ケア”であるといえます。

 

地域包括ケアは、“Integrated Care(インテグレーテッド・ケア)”、すなわち“全ての人々が自立してQOLを維持しながら生活するための支援”という理論に基づき、主治医とケアマネージャー(以下、ケアマネ)の連携体制や、地域の資源を活用したサービス提供のネットワークを構築することを目指すものです。これはまさに介護保険制度創設の基本理念そのものと言ってもいい。しかし、それらはいまだ実現に至っていません。そこには、介護やケアマネージャーに対する医療者の理解の不足、ケアマネのリカレント教育の不足などさまざまな課題があり、関係者間のネットワークや連携が十分に機能していない現状があるのでしょう。

 

写真:PIXTA

 

一方で、地域医療に携わる人々は、「医療だけでは高齢の患者さんをケアできない」ということに気付き始めています。医療に介護サービスをうまく組み合わせなければ、あるいはケアマネと連携しなければ、地域医療が成り立たないことを実感しているのです。たとえば、曜日を決めて週に1回は医療者とケアマネが相談する時間を設けるなど、現場のニーズに応じて工夫している医師会もありますし、地域ケア会議などを通じて積極的に地域の介護サービス事業者とのネットワークを構築する在宅支援医療機関も増えてきました。

 

制度創設当初に比べれば、医療サイド、特に地域医療を担う在宅支援診療所や在宅支援病院の意識は大きく変わってきました。病診連携という意味でも、往診中心に活動する開業医を支援するバックベッド機能を積極的に担おうとしている地域病院も増えています。

医療と介護の垣根が低くなっている今こそ地域包括ケアのネットワークを強化し、医療と介護が切れ目なくつながる状態を目指すことが重要と考えます。また、制度を改革する者は、残る課題を解決するために何が必要か、現場の声をよく聞くこと。たとえばケアマネの質が問題だという声があるなら、リカレント教育を行う、あるいは看護職がケアマネになれる仕組みをつくるなど、さまざまな方法が考えられます。現場で必要のない制度や診療報酬をつくっても意味がないですし、形骸化していくのは目に見えていますよね。それぞれの地域の人口構造やその将来推計、医療・介護資源に応じて最適な形を検討し、概念としての“地域包括ケアシステム”をきちんと形にしていくこと、これが今重要な課題なのだと思います。


介護の施設類型を見直す必要がある

現在、介護の施設には特養(特別養護老人ホーム)、老健(介護老人保健施設)、療養病床という3つの形がありますが、これらの施設類型を見直す必要があると考えています。この議論はもう、それこそ制度創設時からあるのですが、なかなか進んできませんでした。

特養や老健では利用者に一定以上の医療が必要となる可能性があるにもかかわらず医療機能が保障されていない(特養の場合、配置医師以外みだりに往診してはいけない、という規定が残っていて、「特養は医療過疎」という批判さえあります)、また、療養病床には医療と同時に介護の必要性が高い人が入院するため療養環境(生活環境、というべきかもしれません)の確保が必ずしも十分でないといった課題があります。

これから超高齢社会を迎え、医療と介護を同時に必要とする高齢者が一般化していくなかで、そもそも3施設に分ける意味があるのかを根本的に見直す必要があるのです。

基礎体力の落ちた高齢の方が何らかの病気になって介護が必要になる、あるいは急性増悪して入院治療が必要になるといった患者さんの状態像を考えれば、介護の施設類型はそれぞれ断絶したものではなく、もっと連続的なものであるべきでしょう。たとえば医療療養病床ならより整った療養環境が必要ですし、特養には中付け・外付けどちらでもよいので医療を保障する必要があります。発想としては、介護医療院の特例として要件緩和の対象となっている“居住スペースと医療機関の併設”のようなイメージに近いです。


介護人材の不足――処遇の改善やキャリアパス形成の必要性

医療がそうであるように、介護にも一定の専門性と質が求められますから、単に人間の頭数だけ合わせれば問題が解決するわけではありません。たとえば1ユニットに5人のスタッフを配置するとき、そのうちの少なくとも1人はユニットリーダーとして働ける知識や経験が必要です。そうなると現在の患者像や将来のニーズに応じた介護人材の育成が必要となります。

 

写真:PIXTA

 

また、“介護の世界には明確なキャリアパスがない”という問題もあります。たとえば介護福祉士として特養に入職し20年介護職として経験を積んだ方がいるとします。この方のキャリア(経験)はどのように評価されるのでしょうか。残念ながら今の介護現場では、キャリアを積むことで処遇が上がったり役職に就けたり、あるいは自己実現が叶うといった明確なキャリアパスや選択肢が極めて限られます。ほとんど選択肢がないと言ってもよいでしょう。これは保育士の世界にも共通する、福祉現場の大きな問題です。

一方、たとえば看護職の場合であれば、病棟に勤め続けて主任、病棟トップ、副院長とキャリアアップする人がいますし、専門性を追求して特定行為研修を受ける、保健師や助産師の資格をとる、訪問看護で開業する、研究職・教職の道に進むなど、さまざまなキャリアパスがあります。臨床の現場で活躍するだけでなく、看護師の資格を生かしていろいろな仕事に就ける可能性があるのです。このように介護の世界でも、明確な給与体系とそれを保障するような報酬改定を行うなどして、本人がやりがいを感じ将来に希望を持てるようなキャリアパスの可能性を増やしていく必要があるでしょう。そうしなければ人材は集まらないし、よい人材が育っていかないのではないかと思います。

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