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高齢化社会時代に重要な“病院の外の医療”――地域で生きるための在宅医療とは

おうちの診療所中野 院長 石井 洋介先生

日本社会の高齢化に伴い、慢性疾患を抱えた患者さんが在宅医療を受けながら地域の中で生活することが増えていくと予想されます。病気を抱えながら生活するためには、現場・制度の両側面から在宅医療や地域医療の在り方を見直し、その質を高めるための工夫をすることが重要です。今回は、おうちの診療所中野 院長の石井 洋介(いしい ようすけ)先生に、同診療所の取り組みや、石井先生が目指す理想の在宅医療・地域医療の姿についてお話を伺いました。


日本社会の変化に伴う医療の変化

日本は、今後どんどん高齢化が進んでいきます。かつて結核などの感染症が疾病構造の中心だった時代は、早く搬送して早く治療する急性期型の医療が重要でした。しかし医学の進歩と発展に伴い、近年では慢性的な病気を治療しながら生きていく時代へ変化してきており、今後も慢性期型医療の拡大は続いていくと思います。寿命が尽きるまで生きていける時代となり、“治して死なせない医療”から“支えて看取る”医療に変化していく。そうなると、看取りの場所が足りなくなり在宅医療のニーズは高まると考えています。

ただし、社会の変化が起こっても制度が変化するには少し時間がかかります。社会の変化に合わせた制度が整うまでは、現場と制度との間にギャップが発生してしまいますが、そのギャップを埋められるような現場医療をプレイヤーとして行っていきたいです。


地域包括ケアシステムと“病院の外の医療” の重要性

事例紹介――地域で患者さんを見守る仕組み作りを検討

画像提供:PIXTA

 

散歩コースとしてスーパーに買い物に行くのが日課だった認知症の患者さんが、会計前の食品を口にしてしまい、警察に捕まったことがありました。その後、患者さんはスーパーを出入り禁止になり、外出の機会が減って認知症が進んでしまいました。

このようなケースに触れ、医療者としてもっとできることがあるのではないかと考えました。たとえば、認知症の患者さんが来店した場合の対応を事前にスーパーに共有することや、何か問題が起きたときに当院に連絡してもらえるように地域とつながっておくことなどです。今後認知症の患者さんも増えていくと考えられるため、病院の外で地域住民と見守れる環境が作れないか模索していきます。

 

病気とともに生きていく時代を見据えて――病院外でできる4つの支援

在宅医療に求められる病院外の医療としては以下の4つが挙げられます。

(1)退院支援

(2)日常の療養支援

(3)急変時の対応

(4)看取り

これからは、病気になった方全員が入院するのではなく、病気になっても地域の中で生きていく時代です。そのような時代の中で、医療者として提供できる医療の幅をさらに広げていきたいと考えています。


質の高い在宅医療の拡大を目指して――おうちの診療所の取り組み

おうちの診療所が目指す在宅医療の在り方

おうちの診療所では、“ワクワクする活動を通して暮らしを豊かにする医療の提供”を目指しています。

病院の中の医療では“大腸がんのAさん”と、どうしても生物体として患者さんをみる必要性があります。病院の外の医療では、“あの街に住み、〇〇が好きなAさんは大腸がん”のように、患者さんを生活体としてとらえることが大事だと考えています。そして患者さんの暮らしや希望に合わせた提案をして、患者さんの人生がよりよいものになることを目指しています。

ジェットコースターのように悪化するタイプのがん、よくなったり悪くなったりを繰り返しながら悪化していく心疾患・肺疾患、穏やかに機能が落ちていく認知症・老衰といったように、病気によって経過は異なりますが、それぞれに適した看取りを提供していきたいと思っています。

 

また、在宅医療はある程度の連続性があるため、早期発見・早期介入が可能です。実際に、転倒や骨折などにより入院するのを防ぐため、手すりの設置など環境調整にも介入しています。

 

在宅医療の質を計るための指標

当院では、イベント数や緊急出動率など“QI-8”と呼ばれる8つの指標を用いて在宅医療の質を測定しており、8つの指標ごとに提供している医療の質を振り返るようにしています。

また、在宅医療では救急搬送や緊急対応の早さが重要視される場合もありますが、私たちはそもそも救急を起こさないことが大事だと考えています。そのためには、緊急出動率の低減を目指す必要があります。当院では緊急訪問数や救急搬送件数、看取り件数などを毎月数値化し年次変化を追うことで、提供する医療の質が低下していないかを測定する取り組みを行っています。

 

医療従事者間の関係性の質を向上させるために――行動指針の策定

医療の質と同様に大切なのが関係性の質です。誰かの犠牲の上に成り立つような医療の仕組みは、長続きしません。患者さんの生活を豊かにするためには、自分たちも豊かにすることが大事だと考えており、そのために当院では以下の3つの行動指針を掲げています。

(1)心理的安全性を担保して関係性の質をあげよう(やさしく)

(2)診療で一定の質を維持し効率的に遂行しよう(つよく)

(3)余白を大切に、ワクワクをつくりにいこう(おもしろく)

たとえば(1)は、仲良く楽しく働きたいというのももちろんありますが、関係の質を高めるためにコミュニケーションの壁を低くし、「医師が忙しそうだから話しかけられない」「こんなことは看護師に伝えるまでもない」とほかの職種が気がかりなことや情報を共有してくれない事態を避けるのが一番の目的です。暮らしを支える在宅医療では、どの職種からの目線や情報も患者の診療の質に直結する可能性があります。医師の見立てだけでなく、看護師の目線やセラピストのアセスメント、事務が電話で得た家族からの情報など、全てを診療に生かすために関係の質を高めたいと思っています。(2)に関しては、業務にできる限り紙を使用せず、さまざまなツールを導入しています。こうすることで作業が効率化して時間的余裕が生まれ、その分(3)の“ワクワクすること”に時間が使えるようになります。このような行動指針が、結果的には自分たちの豊かさにつながると考えています。

 

事業所同士・患者さんとの関係性の質を大事にしたモデル作り

先述した関係性の質は事業所内のメンバーだけでなく、ほかの事業所や患者さんとの関係においても大事です。

事業所同士の関係性が構築できていると、より連携が強化されて患者さんの情報が入りやすくなります。また、その方のお話をじっくり聞いて関係性を構築し、話の中から患者さんがやりたいことを見つけ出すことで、それを目指した医療介入が可能になります。実際に、最初は在宅医療を受けることに後ろ向きだった患者さんに対しても時間をかけて信頼関係を築いていった結果、医療介入できたことがありました。


これからの目標――在宅医療への一石を投じるために

在宅医療の質に関するディスカッションは行われていますが、まだ確立はしていません。ただ、急性期医療においては、DPC*制度の導入により各施設の数値が透明化されたことで、医療全体の質が見直された経緯があります。そこで在宅医療もDPCのように質を定義して数値的指標を出し、診療報酬や制度に落とし込めれば、在宅医療全体の質が上がっていくのではないかと考えています。各事業所による指標の提出が義務付けられることで施設間のギャップを埋め、在宅医療の提供体制を透明化させることが今の私たちの目標です。

 

*DPC:病名や診療内容に応じて診断群分類を分類し、分類ごとに1日あたりの入院費用を定めた医療費の計算方式のこと


地域医療の都市型モデル構築を目指して

在宅医療を受けながら、慢性疾患の患者さんが地域で過ごしていくためにはまち作りが大切ですが、地方とは異なり、都市はそもそもコミュニティが十分に作られていない場合があります。そこでまずは、まち作りの手前にあるコミュニティを形成するために、私たちはゲームを軸にしたり、散歩と銭湯を組み合わせたり、コンテンツをベースに声を掛けたりと、誰もがワクワクするような方法で人がそこに集まるための取り組みを行っています。

このような取り組みを続けて、コミュニティが十分に醸成されていない都市でも慢性疾患の人が住みやすい街は作れるということを示したいですし、それを作る軸になるような発信活動にも挑戦したいと考えています。こうした活動を通して、慢性疾患の方やその周囲の人々の暮らしを豊かにする支援ができれば嬉しく思います。

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