病気 2022.11.24
認知症に対する緩和ケア――和らげるべき苦痛・症状を知り、適切なケアを
東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長/東京都地域連携型認知症疾患医療センター センター長 平原 佐斗司先生
認知症では、急性期から末期にかけてさまざまな身体的・精神的な苦痛を伴い、認知症を持つ高齢者の死亡率が高いことも分かっています。そうした認知症に対する緩和ケアの必要性が叫ばれている中、日本ではその理解が進んでいないのが現状です。平原 佐斗司(ひらはら さとし)先生(東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長/東京都地域連携型認知症疾患医療センター センター長)が、日本が抱える認知症緩和ケアの課題、認知症緩和ケアアプローチの具体策についてお話しします。
※本記事の内容は2022年10月1~2日に開催された日本エンドオブライフケア学会 第5回学術集会のプログラム『認知症の緩和ケアを推進するために(認知症の緩和ケアに関する研究会合同企画)』における平原先生のご講演をまとめたものです。
日本における認知症緩和ケアの課題
認知症の緩和ケアアプローチについて、欧州緩和ケア協会は「終末期の身体的苦痛だけでなく、BPSD(行動・心理症状)や急性期の苦痛を包含するもの」と言及しています。つまり診断直後から、外来や入院での治療・ケア、訪問診療、施設ケアに至るまで、臨床全体をとおして緩和ケアの視点が貫かれている必要があります。
しかし日本での認知症緩和ケアは発展途上であり、主に以下11の課題があると考えています。今回は「認知症末期における身体的苦痛の緩和」「医療行為による苦痛の緩和」「BPSDの対応」の3つに焦点を当ててお話ししていきます。
平原先生ご講演資料(平原先生よりご提供)
認知症末期に対する緩和ケア
認知症末期の方が感じている身体的苦痛について私たちが行った研究では、亡くなる1週間前は「食思不振」「嚥下障害(えんげしょうがい)」の症状が多く、両者ともに7割以上の方に出現するとの結果が出ています。次いで、肺炎による発熱や咳、痰、呼吸困難などの症状が多く、特に呼吸困難は42.3%に出現し、程度も中等度以上であることが分かっています。また死期が近づくにつれて褥瘡(じょくそう)*の発生率も増加します。
*褥瘡……寝たきりなどによって同じ部位に圧力が加わり続けることにより皮膚が障害されること。
食思不振・嚥下障害への支援策
食思不振がある場合は、適切なアセスメント(評価)によって原因を見極め、治療反応性を確認することが重要です。重度から末期認知症における食思不振の大きな原因としては、感染症(肺炎や尿路感染症)、口腔(こうくう)トラブル(義歯不適合や口内炎)、便秘や下痢、脳卒中・がん・心不全などの合併症、薬剤の副作用、電解質異常、せん妄やうつなどが挙げられます。
そのほか、失認*や失行**、注意障害など認知症の中核症状の進行により、「食べる」という行為そのものが難しくなることも要因です。この場合、できるだけ食事に集中できる環境を作ってあげることで症状が改善するケースがあります。症状に合わせて以下のような食支援を実践してみましょう。
<失認・失行がある場合>
- 食べる物を視野の中央に置く
- 利き手と反対の手で茶碗を持ってもらう
- 最初の一口は手を添えて介助する など
<口腔顔面失行(食べ物を口の中にため込んでしまうこと)がある場合>
- 丁寧な口腔ケアを行う
- スパイスをうまく使用する
- 好みの食事を提供する など
終末期には、嚥下機能も著しく低下します。繰り返す肺炎によるサルコペニア嚥下障害が進行したり、嚥下反射が低下したりすることが要因です。食べる楽しみを目的とする「CFO(comfort feeding only)」への切り替えを視野に入れる必要もあるでしょう。認知機能や嚥下機能を踏まえ、治療とケアに関する意思決定支援を行うことが重要です。
*失認……自分の体の状態や物体との位置関係、目の前のものが何であるかの認識が難しくなること。
**失行……運動機能の障害がないにもかかわらず、日常的に行っていた動作ができなくなること。
末期認知症における肺炎の指針・ガイドライン
末期認知症の肺炎に関するエビデンスは限られているなか、オランダでは24人の専門家によるコンセンサス(意見の一致)に基づき、認知症末期の高齢者における肺炎症状を緩和することを目的としたガイドラインが作成されています。痛みや呼吸困難の客観的評価法により、苦痛を定期的に評価することの重要性が述べられており、呼吸困難にはモルヒネの積極的な使用が推奨されています。日本では2022年に、自身が作成責任者を務めた『在宅における末期認知症の肺炎の診療と緩和ケアの指針』が公表されています。
褥瘡ケア
褥瘡は末期認知症の方の約7割に発現すると報告されており、終末期の苦痛緩和における大きな課題といえるでしょう。特に、終末期の循環不全を背景とした褥瘡を意味する「KTU(Kennedy Terminal Ulcer)」に対しては、治癒を目的とした一般的な褥瘡治療とは異なるアプローチが必要と考えられています。
身体拘束や医療行為が苦痛の要因に
日本では、認知症の急性期で入院した方に対して安易に身体拘束をする傾向にあります。また認知症末期の方に対して、経鼻胃管や尿道カテーテルなどの処置を施すこともあるでしょう。
しかし、身体拘束やこのような医療行為はご本人にとって大きな苦痛の原因となります。穏やかに終末期を過ごすという目標と相反しているのです。私たちが医療的介入をする際には、医療行為によりご本人が受ける痛みや不快感を常に考慮する必要があります。身体拘束を最小化するためには医師による医学的アセスメントと看護チームのアセスメントに基づいた、複合的なアプローチが重要です。
平原先生ご講演資料(平原先生よりご提供)
BPSD(行動・心理症状)に対するケア
認知症の緩和ケアにおいてBPSDへの対応が重要な理由は3つあります。
1つ目は、BPSDがご本人の病態変化や身体的苦痛のサインである可能性があるからです。2つ目は、BPSDがご本人の心理的な苦痛(魂の痛み)の表れである可能性があるためです。そして3つ目は、BPSDはご家族にとっても苦しみであり、大きな精神的負担となることがあるからです。
暮らしの場におけるBPSD対策として重要なのは、「介護者やご家族に対する早期からの教育的支援」です。認知症を正しく理解してもらうこと、接し方やご本人とのコミュニケーションを学ぶことが大切です。デイサービスの導入、BPSD悪化要因の除去、非薬物療法(回想法、タクティール<触れること>、アロマ、音楽、園芸、作業療法など)も有効です。こうした対策でも改善しない場合には、薬剤を適正に使用しましょう。
日本における認知症緩和ケアの今後
最後に、日本における認知症緩和ケアをどのように進めていくべきかについて、私の考えをお話しします。
緩和ケアは、緩和ケアアプローチ、一般的緩和ケア、専門的緩和ケアにレベル分けする考え方が提唱されています。しかし日本では、パーソンセンタードケア*、意思表明と選択の支援、かかりつけ医による継続的医療など、緩和ケアアプローチの基礎となる本来の医療とケアが不十分な状況です。在宅・施設・病棟の3か所で認知症ケアの教育や緩和ケアアプローチの教育・研修体制を整えることが喫緊の課題といえるでしょう。これらの認知症の基本的な医療・ケアに、認知症の緩和ケアアプローチをともに融合しつつ推進することで、認知症ケアはよりよいものになると考えます。
*パーソンセンタードケア……認知症の方を1人の人として尊重し、その人の立場になってケアを行うこと。